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全国電子カルテへ📋️第007話|電子カルテが停止したら診療できるのか


プロローグ

午前9時18分。森田クリニックの待合室には、すでに十数人の患者さんがいた。
看護師の美咲が、少し早足で診察室へ入ってきた。
美咲「先生、電子カルテが止まりました」
森田院長「私のところだけ?」
美咲「受付もです。会計も画面が動きません」
森田院長「ベンダーには?」
美咲「電話しています。でも、まだつながりません」
森田院長は待合室を見た。予約患者はまだ続く。いつもの高血圧の患者さんもいれば、初診患者もいる。
森田院長「これ、カルテが戻るまで休診にするしかないのかな」
その日、医院経営と医療DXの相談役である佐伯さんが来院していた。
佐伯「先生、電子カルテ停止と診療停止は、必ずしも同じではありません。
森田院長「でもカルテが見られないんですよ」
佐伯「だからこそ、『診療できるか、できないか』の二択ではなく、何をどこまで安全に続けられるかを考えるんです」

電子カルテがダウンしたら休診、では少し乱暴

電子カルテが停止した。電子カルテがダウンした。そう聞くと、すぐに「今日は診療できません」と考えたくなります。
しかし、実際の診療所ではもう少し細かく考える必要があります。
いつもの患者さんで、院長が経過を把握している。必要な情報を別の方法でも確認できる。紙の診療記録を残せる。こうした状況なら、一定範囲の診療を続けられる可能性があります。
一方、初診で既往歴が分からない。多くの薬を服用している。重大なアレルギー歴を確認できない。過去の検査結果がなければ安全な判断が難しい。そういう患者さんまで「紙があるから診察できます」とはいきません。
つまり問題は、電子カルテが止まったら医院を閉めるかどうかではなく、停止中にどの診療までなら安全に行えるかを、あらかじめ決めているかです。
厚生労働省は2026年6月に「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」を第7.0版へ改定しています。また、医療機関・薬局向けサイバーセキュリティ対策チェックリストとともに、サイバー攻撃を想定したBCPの確認表、手引き、ひな形も公開しています。医療情報システムについては、「止めない対策」だけでなく「止まったときにどう診療を継続するか」まで考えることが求められています。 (厚生労働省)
森田院長「つまり『障害なんて起こりません』ではなく、『起きたらどうするか決めてください』ということですね」
佐伯「その方が現実的です。絶対に壊れない機械より、壊れても医院が動ける仕組みを作る方が現実的です」

まず「何が止まったのか」を確認する

森田院長「とりあえず全部再起動してみます?」
佐伯「ちょっと待ちましょう」
森田院長「なぜ?」
佐伯「同じ『電子カルテが開かない』でも、原因が違えば対応も違うからです」
一台のパソコンだけが固まったのか。医院全体なのか。院内ネットワークなのか。クラウド型ならインターネット回線なのか。電子カルテ事業者側の障害なのか。停電なのか。それともサイバー攻撃の疑いがあるのか。
画面だけ見れば全部「電子カルテ停止」です。しかし中身は違います。
美咲「全員で一斉に再起動、は?」
佐伯「少なくとも万能薬ではありません」
森田院長「危うく院内再起動大会を開くところだった」
美咲「参加賞は出ますか?」
特に、ランサムウェアなどサイバー攻撃が疑われる場合は、単純な故障と同じように操作を続けるべきではありません。院内の手順に従い、ベンダーや保守事業者などへ連絡し、状況によってはネットワークからの切り離しなど専門的な対応が必要になります。
だから最初に院長がすることは、原因を技術的に解明することではありません。
「医院全体の障害なのか」「誰へ連絡するのか」「診療をどうするのか」を判断できる体制を作っておくことです。

受付は電子カルテなしで動けるか

美咲「では、まず受付から考えましょう」
電子カルテ停止時に最初に混乱しやすいのが受付です。
普段なら画面を見れば、予約患者も来院済み患者も分かります。しかしシステムが止まれば、それが突然見えなくなります。
佐伯「今、田中さんが来られたとして、電子カルテなしで受付できます?」
美咲「氏名、生年月日、来院時刻、受診目的を紙に書けば受付自体はできます」
佐伯「では、その紙はあります?」
美咲「……コピー用紙なら」
森田院長「またコピー用紙か」
非常時に必要なのは、立派なシステムとは限りません。
電子カルテ停止時用の受付票が一枚決まっているだけでも、現場はかなり違います。
重要なのは、患者さんを誰が受け付け、何時に来院し、どの順番で診療し、後で電子カルテへどう戻すのかが分かることです。
「紙で受け付ける」ではなく、「紙で受け付けた情報を復旧後まで追跡できる」ことが必要なのです。

診察はできても「情報が見えない」

森田院長「私は患者さんを診察できますよ。診察そのものはパソコンがするわけではない」
佐伯「その通りです。でも、先生は普段、診察前に何を見ています?」
森田院長「前回の記録、検査結果、薬……」
美咲「アレルギーや既往歴もありますね」
そこで問題が見えてきます。
電子カルテは単なる「書く道具」ではありません。過去の診療記録、検査結果、処方、傷病名、アレルギーなどを確認する道具でもあります。
その情報が見えない状態で、どの患者さんまで安全に診察できるのか。
森田院長「毎月来ている患者さんなら何となく分かりますけどね」
佐伯「その『何となく』をBCPには書けないんです」
非常時だからこそ、「知っているつもり」を避けなければなりません。
診療継続で最も重要なのは、普段と同じ診療件数をこなすことではなく、患者安全を守りながら継続できる範囲を決めることです。

処方の「いつもの薬」が一番怖い

美咲「処方はさらに困りますね」
森田院長「いつもの患者さんなら、いつもの薬を……」
佐伯「先生、その『いつもの』を正確に言えます?」
森田院長「降圧剤が……」
佐伯「薬剤名、用量、用法、日数まで?」
森田院長「そこまで言われると画面を見たい」
美咲「だから電子カルテが必要なんですね」
電子カルテが止まったとき、処方は特に慎重に考えなければなりません。
患者さん本人が薬の名前を正確に覚えているとは限りません。「白い錠剤を朝一錠」という説明では確認になりません。
お薬手帳など別の情報源を使えることもあります。しかし、それで常に十分とは限りません。
だから電子カルテ停止時の診療継続では、どの条件なら処方を続けられるのか、どのケースでは確認が取れるまで処方を控えるのかを考えておく必要があります。
森田院長「非常時だから多少大雑把に、では逆なんですね」
佐伯「非常時だからこそ、確認できない情報を確認できたことにしない、です」

会計は後からでも、診療記録は後からでは困る

森田院長「会計まで止まったらどうするんです?」
佐伯「そこは診療とは少し性格が違います」
会計システムやレセコンが使用できない場合、医院の運用によっては復旧後に精算するなどの方法を検討できるでしょう。
しかし、診療内容そのものを後で思い出して記録するわけにはいきません。
誰を診察したのか。何を診たのか。どんな処置をしたのか。何を処方したのか。どんな検査を行ったのか。
その記録は停止中にも残す必要があります。
美咲「つまり、お金の計算は後からでも、診療した事実はその場で残す」
佐伯「そうです。電子カルテ停止時に大切なのは、復旧後に通常業務へ戻せる記録を残すことです。

「紙運用できます」は、一度やってみないと分からない

美咲「ではマニュアルに『電子カルテ停止時は紙運用へ移行する』と書いておけばいいですね」
佐伯「では来週、30分だけ本当に紙運用してみましょう」
美咲「えっ?」
森田院長「カルテが動いているのに?」
佐伯「動いているときだから訓練できるんです」
実際にやってみると、想像していなかった問題が次々に出ます。
受付票がどこにあるか誰も知らない。患者番号が確認できない。診療記録用紙がない。処方確認の手順がない。会計をどうするのか受付が知らない。そして復旧後、紙記録を誰が電子カルテへ入力するのか決まっていない。
さらに重大なのが、誰が「非常時運用へ切り替える」と判断するのかです。
10分待つのか。30分待つのか。復旧見込みが分からない段階で紙へ切り替えるのか。
現場全員が「もう少し待ちましょう」と言い続ければ、電子カルテではなく医院の意思決定が停止します。
厚生労働省の第7.0版ガイドラインと関連資料でも、医療情報システムの安全管理とともにBCPの整備が重視されています。机の引き出しにBCP文書があることより、実際に職員が動ける状態にしておくことが重要です。 (厚生労働省)

30分止まるのか、半日止まるのか

森田院長「でも大抵は少し待てば直るでしょう」
佐伯「それなら『少し』を決めておきましょう」
電子カルテ停止が5分で終わるなら、患者さんへ事情を説明して待ってもらうだけで済むかもしれません。
しかし30分、1時間、午前中いっぱいとなれば話は変わります。
いつ復旧するか分からないまま、患者さんを待合室へ座らせ続けるわけにはいきません。
そこで必要なのが、通常運用から非常時運用へ切り替える判断基準です。
美咲「例えば、復旧見込みが30分以上なら紙運用を検討する、とか?」
佐伯「そういう考え方です。ただし何分が適切かは医院ごとに違います」
診療科も患者数も人員も違います。
「何時間停止しても診療を継続できるのか」という医院自身の限界も違います。
それを知るためにも訓練が役立ちます。

クラウド型なら止まらない、でもない

森田院長「次回はクラウド型電子カルテにすれば、この問題は解決しますか?」
佐伯「止まり方が変わるだけです」
オンプレミス型なら院内サーバーや院内ネットワーク、電源設備などの障害を考えます。
クラウド型なら院内サーバーを持たずに済む場合がありますが、インターネット回線やクラウドサービス側の障害を考えなければなりません。
重要なのは、
「絶対止まらない電子カルテはどれか」ではなく、「自院の電子カルテは何が止まると使えなくなるのか」を知ることです。
森田院長「そして、使えなくなった場合を準備する」
佐伯「そうです」

ランサムウェアなら「紙で続行」だけでは済まない

美咲「普通の障害とサイバー攻撃では、同じ対応では駄目ですよね」
佐伯「そこは重要です」
単純なシステム障害であれば、復旧まで紙運用し、その後システムへ戻すという流れを考えられる場合があります。
しかしランサムウェアなどでは、感染範囲が分からない。ネットワークにつないだままでよいのか分からない。バックアップまで影響を受けている可能性がある。復旧したように見える端末を使ってよいのかも判断が必要です。
厚生労働省の2026年6月版サイバーセキュリティ対策チェックリストでは、医療機関・薬局が優先的に取り組むべき事項が整理され、同じ公式ページからサイバー攻撃を想定したBCP確認表、手引き、ひな形も提供されています。 (厚生労働省)
つまり、「電子カルテが止まったら紙にする」という一文だけではBCPとして足りません。
なぜ止まったのかによって、連絡先も、システムの扱いも、復旧方法も変わります。

ベンダーが直す。でも診療を決めるのは医院

森田院長「とはいえ、結局ベンダーが直してくれるんでしょう?」
佐伯「システムはそうです。でも患者さんをどうするかはベンダーには決められません」
ベンダーから、
「復旧まで3時間ほどかかります」
と言われたとします。
その3時間、予約患者をどうするのか。診療範囲を制限するのか。紙へ切り替えるのか。処方をどこまで行うのか。
これは医院側の判断です。
佐伯「電子カルテ会社に『田中さんを診察していいですか』と聞くわけにはいきませんからね」
森田院長「そこは院長の仕事だな」
電子カルテの技術を院長がすべて理解する必要はありません。
しかし、電子カルテが停止したときに医院をどう動かすのかは、院長が知らなくてよい問題ではありません。

電子カルテが復旧したら終わり、ではない

午前11時。ようやく電子カルテが復旧したとします。
美咲「動きました。終わりましたね」
佐伯「ここから後半戦です」
美咲「まだあるんですか」
停止中に紙で受け付けた患者さん。紙で残した診療記録。処方した薬。実施した検査。未精算の会計。
これらを通常システムへ戻す必要があります。
そのとき重複入力がないか。抜けていないか。誰が転記したか。紙の原記録をどう扱うのか。
森田院長「止まっている間より、直った後の方が忙しいな」
佐伯「だから訓練しておくんです」
BCPとは、障害発生から復旧までの一本道です。
止まる→非常時運用へ切り替える→診療を続ける→復旧する→通常運用へ戻す。
ここまでつながって初めて、診療継続計画になります。

高価な設備を買う前にできることがある

森田院長「BCPというと、予備サーバーや回線二重化で何百万円という話になりません?」
佐伯「必要になる場合もあります。でも最初から設備投資とは限りません」
誰が非常時の責任者なのかを決める。
ベンダーの連絡先をすぐ取り出せるようにする。
非常用の受付票と診療記録用紙を用意する。
紙運用へ切り替える判断基準を決める。
復旧後に誰が入力するかを決める。
そして、一度実際に訓練する。
これだけでも、停止した朝の混乱はかなり違います。
BCPは高価な機械を買う計画ではありません。診療を止めないための意思決定を準備する計画です。

「電子カルテ停止=休診」にしない医院を作る

午後になり、森田院長が美咲に言った。
森田院長「今まで電子カルテが止まったら、『ベンダーへ電話して待つ』しか考えてなかった」
美咲「私もです」
佐伯「それではベンダーが医院のBCPになってしまいます」
森田院長「それは困るな」
医療DXが進めば、電子カルテだけでなく、オンライン資格確認、電子処方箋、予約、問診、検査、会計など、多くの仕事がデジタルにつながっていきます。
便利になるほど、システム停止時の影響範囲も広がります。
だから「電子カルテを止めない」だけを目標にするのではなく、
止まった場合でも患者安全を守りながら、どこまで診療を続けられるか
を設計しておく必要があります。
これは第001話「先生、もし朝カルテが開かなかったらどうします?」から続く、このシリーズの重要テーマです。
そして、診療所医療DX診断では診断C・Eとして、システム停止時の診療継続、非常時手順、連絡体制、バックアップ、復旧後の業務まで確認します。
最後に院長先生へ質問します。
「受付、診察、処方、会計のうち、電子カルテなしで何を継続できますか?」
「全部無理」でも、「全部できます」でも、一度理由を確認してみてください。
受付はできるが予約が分からない。
診察はできるが処方歴が確認できない。
診療記録は紙で残せる。
会計は復旧後に回せる。
そこまで具体的に答えられて初めて、自院の診療継続能力が見えてきます。
もし即答できないなら、最初に買うべきものは予備サーバーではないかもしれません。
まず一枚の紙に、「電子カルテが止まったら当院はどう動くか」を書いてみる。
診療所のBCPは、そこから始まります。

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