🌈ハッピーアワー🔯003|駐車した場所を忘れ、広い駐車場を散歩する
【車はどこへ行った】
買い物を終えたオトキチとレイコが、大型ショッピングセンターの駐車場へ出た。
レイコ「おじいちゃん、車どこ?」
オトキチ「そこじゃ」
レイコ「どこ?」
オトキチ「……その辺じゃ」
レイコ「急に範囲が広くなったね」
見渡す限り、車、車、車。
白い車、黒い車、銀色の車。
オトキチの車も、確かそのどれかである。
レイコ「何番の区画?」
オトキチ「見てない」
レイコ「何階?」
オトキチ「覚えとらん」
レイコ「何を覚えてるの?」
オトキチ「車で来たことは確かじゃ」
レイコ「そこまで戻る?」
オトキチは胸を張った。
オトキチ「慌てるな。こういうときは人間の記憶力ではなく、野生の勘を使う」
レイコ「いま一番信用できないやつだよ」
【散歩だと思えば腹も立たない】
二人は駐車場を歩き始めた。
一列目。
ない。
二列目。
ない。
三列目。
やっぱりない。
レイコ「もう10分歩いてるよ」
オトキチ「健康にええ」
レイコ「車探してるんだよ」
オトキチ「目的を変えれば失敗ではなくなる」
レイコ「出た、人生論」
オトキチ「今日は買い物と散歩を同時にした。効率的じゃ」
レイコ「散歩は予定になかったけど」
オトキチ「予定外の運動ほど尊い」
レイコ「駐車場所を忘れただけでしょ」
オトキチ「それを言うな。歩数計が喜んどる」
さらに歩く。
同じ車に三回出会った。
レイコ「この赤い車、さっきも見たよ」
オトキチ「向こうもわしらを見て、また来たと思っとる」
レイコ「車は思わないよ」
オトキチ「分からんぞ。最近の車は賢い」
レイコ「持ち主より?」
オトキチ「今日はお前、よく刺してくるな」
【文明の利器を使う】
レイコ「鍵のボタン押したら?」
オトキチ「それじゃ」
オトキチはスマートキーのボタンを押した。
遠くで「ピッ」と音がした。
二人は立ち止まる。
レイコ「聞こえた!」
オトキチ「右じゃ」
レイコ「左だよ」
オトキチ「いや、右じゃ」
レイコ「もう一回押して」
ピッ。
二人とも黙る。
オトキチ「……正面じゃな」
レイコ「さっき右って言ったよね」
オトキチ「音は反射する」
レイコ「記憶も反射してるね」
ようやく二列向こうに、見慣れた車のランプが点滅した。
オトキチ「ほら見つかった」
レイコ「文明の勝利だね」
オトキチ「わしの判断力の勝利じゃ」
レイコ「ボタン押しただけ」
【犯人は車だった】
車にたどり着き、レイコが助手席のドアを開ける。
そのときオトキチが、駐車区画の柱を見た。
大きく「C-18」と書いてある。
オトキチ「なるほど」
レイコ「何が?」
オトキチ「次から、この番号を覚えておけばいい」
レイコ「最初からそうして」
オトキチ「いや、問題はそこではない」
レイコ「まだあるの?」
オトキチ「駐車場が広すぎる」
レイコ「責任転嫁が始まった」
オトキチ「昔の駐車場はもっと謙虚だった」
レイコ「駐車場に人格を持たせないで」
オトキチ「それに車も悪い」
レイコ「どうして?」
オトキチ「似たような色と形ばかりしとる」
レイコ「自分の車くらい覚えてよ」
その帰り道。
レイコが突然言った。
レイコ「あれ?」
オトキチ「どうした」
レイコ「買った荷物、どこ?」
二人とも沈黙した。
オトキチ「……カートじゃないか?」
レイコ「たぶん」
オトキチ「戻るか」
レイコ「また歩くの?」
オトキチはうれしそうにシートベルトを外した。
オトキチ「今日はよく運動できる日じゃ」
駐車場所を忘れた日は、少し遠回りになる。
でも二人で笑いながら歩けば、それは迷子ではなく、ちょっと長めの散歩になる。
忘れものも、誰かと一緒なら思い出になる。
レイコ「今度は駐車場所を写真に撮ろうね」
オトキチ「任せろ」
レイコ「スマホどこ?」
オトキチ「……車の中じゃ」
レイコ「今、車の中だよ」
