🌈ハッピーアワー🔯001|冷蔵庫を開けた瞬間、目的だけが逃げていった
【コーヒーが苦い】
ここでいうハッピーアワーは、お酒を飲む時間ではありません。何でもない失敗を、家族で笑える話に変える時間です。
ある午後、じいさまのオトキチは、居間でコーヒーを飲んでいました。
オトキチ「レイコ、このコーヒーは苦いぞ」
レイコ「牛乳を入れたら?」
オトキチ「なるほど。若い者も、ときどき役に立つな」
レイコ「まず、お礼の言い方を覚えてください」
オトキチは立ち上がり、冷蔵庫へ向かいました。
【目的だけが逃げた】
冷蔵庫を開けたオトキチは、中を見つめたまま動きません。
レイコ「じいさま、何を探しているの?」
オトキチ「冷蔵庫を開けるまでは覚えておった」
レイコ「開けたら?」
オトキチ「目的だけが逃げた」
レイコ「冷気も逃げてるから、早く閉めて」
冷蔵庫には、卵、豆腐、麦茶、漬物、昨日の煮物、そしてレイコのプリンが並んでいました。
オトキチ「これだったかもしれん」
レイコ「それは私のプリン」
オトキチ「まだ食べるとは言っておらん。事情を聞くだけじゃ」
レイコ「プリンに何を聞くの?」
オトキチ「お前が、わしを冷蔵庫まで呼んだのか」
レイコ「呼んでいません。戻してください」
オトキチ「しかし、かなり怪しい顔をしておる」
レイコ「プリンの顔は、じいさまにしか見えていません」
レイコはプリンを取り返し、冷蔵庫の扉を閉めました。
【出発地点へ戻れ】
レイコ「最初にいた場所へ戻れば、思い出すかもしれないよ」
オトキチ「人生を振り出しに戻すのか」
レイコ「居間まで八歩です」
オトキチ「年を取ると、八歩にも物語があるんじゃ」
オトキチが椅子に戻ると、テーブルには苦いままのコーヒーがありました。
オトキチ「あっ、牛乳じゃ!」
レイコ「目的が帰ってきたね」
オトキチ「プリンに惑わされて、少し遠回りしただけじゃ」
レイコ「迷子になったのは、じいさまの記憶です」
今度は忘れないように、オトキチは声に出しながら歩きました。
オトキチ「牛乳、牛乳、牛乳……」
レイコ「その調子」
オトキチ「牛乳、牛乳、きゅうり、きゅうり……」
レイコ「途中で変わった!」
オトキチ「どちらも冷蔵庫に住んでおる」
レイコ「住所が同じだけです」
それでも今度は、無事に牛乳を持って戻りました。
オトキチ「どうじゃ。わしの記憶力も、まだ捨てたものではない」
レイコ「牛乳一本に、現場検証とプリンの取り調べが必要だったけどね」
オトキチ「名探偵は遠回りするものじゃ」
レイコ「普通の人は、牛乳を取るだけです」
【若い記憶も冷気に弱い】
その夕方、今度はレイコが冷蔵庫の前で固まっていました。
オトキチ「レイコ、何を取りに来たんじゃ?」
レイコ「……忘れた」
オトキチ「若い記憶も、冷気には弱いようじゃな」
レイコ「じいさまと話していたから忘れたの」
オトキチ「人に責任を押しつけてはいかん。昼に砂糖にもそう言っておいた」
レイコ「砂糖に責任を押しつけていたのは、じいさまでしょう」
オトキチは、冷蔵庫からプリンを取り出しました。
オトキチ「思い出せないなら、これを取りに来たことにすればよい」
レイコ「それ、私のプリン」
オトキチ「ほら、思い出したではないか」
レイコ「じいさま、それが目的だったね?」
オトキチ「わしの目的は、一度も逃げておらん」
忘れたことは小さな失敗です。しかし、二人で笑えたなら、その失敗は小さなハッピーアワーに変わります。
