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🌱100歳現役プロジェクト_精神・知性 第2話 🔯喫茶去――まずお茶を一杯飲んでから考える


プロローグ

すみれ「導師、大変です。ずいぶん失礼なメールが届きました。すぐに返信しないと、負けたような気がします」
導師「喫茶去
すみれ「いま必要なのは返信文です。お茶ではありません」
導師「だから、お茶なのじゃ」
すみれ「相手は、私がお茶を飲み終わるまで待ってくれますか」
導師「相手は待たんかもしれん。じゃが、返信は待たせることができる
すみれ「この怒りを、すぐに文章にしたいのです」
導師「怒りは湯気と同じじゃ。しばらく置けば静かになる。熱いまま送信すれば、今度は相手の頭から湯気が出る」
すみれ「では、この長文の反論はどうしますか」
導師「下書きに保存しておけ」
すみれ「あとで送るのですね」
導師「いや。明日読んで、恥ずかしくなったら削除するためじゃ」
すみれ「ずいぶん現代的な禅ですね」
導師「禅寺には送信ボタンがなかった。あったなら、修行はもっと難しかったじゃろう」

「喫茶去」とは何か

喫茶去は、「きっさこ」と読みます。文字どおりに受け取れば、**「さあ、お茶を飲みなさい」**という意味です。

中国・唐代の禅僧、趙州従諗にまつわる公案として伝えられています。趙州禅師は、寺に来たことがある僧にも、初めて来た僧にも、事情を尋ねた院主にも、同じように「喫茶去」と告げました。青岸寺の禅語紹介

すみれ「来たことがあってもなくても、お茶ですか。相談内容を聞く気がなかったのではありませんか」
導師「そう見えるところが、公案のおもしろさじゃ。人は経歴、立場、知識、好き嫌いを背負って目の前に現れる。しかし、茶を飲む瞬間には、まず茶を飲む」
すみれ「過去の説明も、将来の心配も、いったん横に置くのですね」
導師「うむ。頭の中の物語から離れ、いま目の前にある一杯へ戻る。それが喫茶去の入口じゃ」
すみれ「では、お茶は飲み物というより、現在地に戻るための標識ですね」
導師「よいことを言う。茶菓子も付けてやろう」
すみれ「悟りより先に、サービスが充実しました」

人は問題より先に反応する

問題が起こったとき、人は冷静に状況を分析してから動くとは限りません。

腹が立てば言い返し、不安になれば悪い未来を想像し、焦れば十分に確認しないまま決断します。

そのとき本人は、「自分はいま、最善の判断をしている」と思っています。しかし実際には、感情が決めた結論を、理性があとから説明していることがあります。

すみれ「私は、理性的に怒っています」
導師「怒っている者は、たいていそう申告する」
すみれ「相手の文章には、明らかに悪意があります」
導師「相手が書いたのは一通のメールじゃ。しかし、すみれの頭の中では、すでに十通分の反論が完成しておる」
すみれ「想像力が豊かだと褒めてください」
導師「怒りに文学賞は出んぞ」

怒りや不安をなくす必要はありません。それらは、自分にとって何かが重要であることを知らせる信号です。

ただし、信号が鳴った瞬間に、その信号へ運転を任せてはいけません。

感情は情報として受け取り、判断は少し時間を置いて行う。その小さな間をつくる精神技術が、現代の喫茶去です。

メールは「一杯分」だけ待たせる

すみれ「では、失礼なメールには、どう返信すればよいのですか」
導師「まず、送信ボタンから手を離す」
すみれ「はい」
導師「茶を一口飲む」
すみれ「はい」
導師「そして三つに分けて考える。事実は何か。自分の感情は何か。返信の目的は何か
すみれ「事実は、納期について苦情が来たこと。感情は、私だけの責任ではないのに腹が立ったこと。目的は、事情を説明して納期を調整することです」
導師「それなら、反論の名文は不要じゃな」
すみれ「三十分かけて書いたのですが」
導師「三十分で書き、一杯の茶で消す。たいへん効率のよい修行じゃ」

メールでは、事実と解釈が混ざりやすくなります。

「確認をお願いします」は事実ですが、「私を信用していないに違いない」は解釈です。「ご説明ください」は事実ですが、「責任を押しつけようとしている」は推測かもしれません。

相手の言葉に返信するのか、自分の想像に反撃するのか。

お茶を一杯飲む時間が、その違いを見分けさせてくれます。

顧客の怒りには、反論より一杯の余白

顧客との会話でも、すぐに自分を守ろうとすると話がこじれます。

すみれ「顧客から『説明が分かりにくい』と言われたら、きちんと説明した事実を伝えるべきではありませんか」
導師「それを最初に言えば、相手には『あなたの理解力が足りない』と聞こえることがある」
すみれ「そこまでは言っていません」
導師「人は、言葉だけでなく、言葉の後ろに隠れた槍まで受け取るものじゃ」
すみれ「では、どう聞けばよいのでしょう」
導師「『どの部分が分かりにくかったでしょうか』と尋ねればよい」
すみれ「反論する前に、困っている場所を確認するのですね」
導師「うむ。怒っている人の奥には、困っている人がいる。表の怒りだけを相手にすると、こちらも怒りで応戦することになる」

顧客対応での喫茶去は、実際にお茶を出すことだけではありません。

相手の話を遮らずに聞く。聞いた内容を短く言い直す。すぐに結論を出さず、「確認してからお答えします」と時間を置く。

それだけで、対立は「どちらが正しいか」から、**「何を解決すればよいか」**へ移っていきます。

家族との衝突では、勝っても負ける

すみれ「家族との口論でも、喫茶去は使えますか」
導師「むしろ家族にこそ必要じゃ。家族は遠慮が少ないぶん、言葉の刃物を裸で持ち歩く」
すみれ「身に覚えがあります」
導師「口論になったら、『ちょっとお茶を入れよう』と言ってみるがよい」
すみれ「逃げたと思われませんか」
導師「黙って立ち去れば逃げじゃ。『落ち着いてから、もう一度話したい』と伝えれば、間を置くための合意になる」
すみれ「それでも、相手が追いかけてきたら」
導師「茶を二杯用意せよ」
すみれ「禅は、追跡者にも親切ですね」

家族との会話では、正しいことを言えばよいとは限りません。

正論で相手を追い詰め、議論には勝っても、その後の食卓が冷え切ることがあります。

目の前の一言に勝つことより、長い関係を守ることのほうが大切です。

喫茶去は、問題をうやむやにする教えではありません。相手を傷つける言葉を増やす前に、話し合える状態へ戻るための知恵です。

投資判断の前にも、お茶を一杯

すみれ「株価が急落しているときも、お茶を飲むのですか」
導師「うむ」
すみれ「飲んでいる間に、さらに下がったらどうします」
導師「慌てて売った直後に上がれば、今度は茶のせいにするのか」
すみれ「お茶には責任を取ってもらいたいです」
導師「茶は株価を上げん。判断の温度を下げるだけじゃ

投資では、恐怖と欲が判断を急がせます。

急落すると「すべて売らなければ」と感じ、上昇すると「今買わなければ二度と機会がない」と思います。しかし、その切迫感そのものが、冷静さを奪っている可能性があります。

投資判断の前には、価格だけでなく、前提が変わったのかを確認します。

自分はなぜ買ったのか。許容できる損失はいくらか。長期の方針に照らして、本当に今動く必要があるのか。

相場が動いたことと、自分の方針まで動かす必要があることは、同じではありません。

「止まる」と「先延ばし」は違う

すみれ「何でもお茶を飲んでいたら、決断できない人になりませんか」
導師「喫茶去は、永遠に茶を飲み続ける教えではない」
すみれ「少し安心しました。導師なら一日中飲んでいそうです」
導師「一度止まり、整えてから動く。そこまでが修行じゃ」
すみれ「止まったままでは、ただの休憩ですね」
導師「うむ。一服は知恵になるが、十服は先延ばしになることもある

反応する前に止まることと、問題から逃げることは違います。

喫茶去の目的は、決断を避けることではありません。怒りや焦りに決断させず、自分の価値観と目的に基づいて行動を選び直すことです。

お茶を飲んだあとは、必要なメールを送る。顧客に説明する。家族と話し合う。投資方針に従って決める。

止まるのは、動かないためではなく、間違った方向へ走り出さないためなのです。

現代の「喫茶去」五つの動作

すみれ「実際には、何をすればよいのでしょう」
導師「難しく考える必要はない。次の五つでよい」
①手を止める
②呼吸をゆっくり整える
③お茶か水を一口飲む
④「いま何を感じているか」を言葉にする
⑤「何を実現したいか」を確認してから動く
すみれ「『腹が立つ』と認めてもよいのですか」
導師「もちろんじゃ。怒っていないふりをする必要はない」
すみれ「怒りを消すのではなく、怒りにハンドルを渡さない」
導師「そのとおり。感情は助手席に座らせよ。運転席に座らせると、たいてい速度超過になる」
すみれ「不安はどうしましょう」
導師「後部座席じゃな。よく騒ぐが、目的地を決めさせてはいかん」

100歳現役を支える「一杯の間」

100歳現役を目指す人生では、特別な決断だけでなく、日々の小さな反応が重要になります。

腹を立てるたびに言い返し、不安になるたびに方針を変え、焦るたびに無理をすれば、心は少しずつ消耗していきます。

長く現役でいるために必要なのは、何が起きても動じない鉄の心ではありません。

揺れたとき、自分で元の場所へ戻れる心です。

すみれ「導師、さきほどのメールを読み直しました」
導師「まだ送りたいか」
すみれ「反論の半分を削除しました」
導師「半分だけか」
すみれ「もう一杯、お茶をください」
導師「よかろう」
すみれ「二杯目を飲んだら、全部削除するかもしれません」
導師「それなら三杯目には、相手へ感謝できるかもしれんな」
すみれ「そこまで飲むと、別の意味で判断力が心配です」
導師「ははは。では最後に、必要なことだけを短く書くがよい」

すみれは湯飲みを両手で包み、立ち上る湯気を眺めました。

問題は、まだ解決していません。相手の言葉も、状況も変わっていません。

しかし、すみれの中では、問題と感情の間に小さな余白が生まれていました。

その余白があれば、人は反応ではなく、行動を選ぶことができます。

答えを急ぐ前に、まず一杯。

それは問題から逃げる時間ではありません。

自分の心を取り戻し、最もよい一手を選ぶための時間です。

導師「喫茶去」
すみれ「はい。まずお茶を一杯飲んでから考えます」
導師「ただし、締切まで茶で流してはいかんぞ」
すみれ「禅にも納期管理があるのですね」
導師「100歳まで現役でいるつもりなら、なおさらじゃ」

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