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100歳現役の知性・精神🍎百歳現役とは、100歳まで無理をすることではない


なぜ、100歳現役を目指すのか

放課後の大学教室。黒板には、教授の字で大きく**「100歳現役」と書かれている。教室に残っているのは、ミカと教授、そして、このブログを主催する私の三人である。
ミカ「いよいよ、100歳現役プロジェクトの精神編が始まるのですね」
私「はい。ただし、私は100歳まで現役でいる方法を知り尽くしているわけではありません。まだ100歳になっていませんから」
教授「100歳になってから研究を始めたのでは、論文が完成する前に時間切れになるかもしれない」
私「ですから、今のうちから考え、試し、失敗しながら学んでいこうと思っています」
ミカ「でも、なぜ100歳なのですか。90歳ではいけませんか」
私「90歳でも十分です。ただ、100歳という少し遠い目標を置くことで、今から何を準備すべきかが見えてくるように思うのです」
教授「では、120歳を目標にすれば、もっと遠くまで見えるぞ」
私「そこまで遠くを見ると、景色より霧のほうが多くなりそうです」
もちろん、100歳まで生きられる保証はない。寿命は、自分の努力だけで決められるものではない。それでも、長く生きる可能性があるのなら、できるだけ長く学び、働き、人とつながり、自分の意思で一日を使えるように準備しておきたい。それが、私の考える
100歳現役プロジェクト**である。

100歳まで働き続けるという意味ではない

ミカ「100歳現役というと、100歳まで毎日会社へ行く姿を想像します」
教授「100歳で満員電車に乗れば、出勤なのか迷子なのか、周囲も判断に困るだろう」
私「私が考えているのは、そのような働き方ではありません」
100歳現役とは、若い頃と同じ時間、同じ方法、同じ体力で働き続けることではない。病気でも休まず働くことでもなければ、老いを認めず、若い人と競争し続けることでもない。年齢や体調に応じて活動の形を変えながら、自分なりの役割を持ち続けることが、100歳現役の基本だと私は考えている。
教授「では、毎日仕事をしなくてもよいのか」
私「もちろんです。休む日があってよいと思います」
教授「昼寝も活動に含まれるのか」
ミカ「教授の場合、昼寝が主な活動になりそうですね」
教授「睡眠は脳の整理時間だ」
私「整理するほど脳を使ったかどうかは、別の問題ですが」

現役とは、会社に勤めることだけではない

ミカ「現役という言葉は、会社員やスポーツ選手に使うことが多いですね」
私「しかし、会社に所属していなくても、現役でいることはできると思います」
仕事をすることだけが現役ではない。新しいことを学ぶこと、文章を書くこと、楽器を演奏すること、作品を作ること、地域活動に参加すること、家族を支えること、若い人に経験を伝えることも、その人なりの現役の姿である。報酬を得ているかどうかではなく、自分の知識や経験を使い、誰かや社会と関わりながら、自分の意思で一日を使っているかどうかが大切なのだと思う。
教授「肩書がなくなっても、現役でいられるということだな」
私「はい。むしろ、肩書がなくなった後に何が残るかが大切だと思います」
ミカ「知識、技術、経験、人とのつながりですね」
私「そして、まだ何かを学びたいという気持ちです」
私自身、立派なことを言えるほど完成された人間ではない。ただ、組織や肩書だけに頼るのではなく、何歳になっても自分なりの役割を持てるように、少しずつ準備していきたいと思っている。現役とは、肩書を持つことではなく、役割を持つことである。

大きな問題は、精神のあり方

教授「100歳まで活動するなら、最大の問題は健康だろう」
私「健康はもちろん重要です。しかし、同じくらい大きな問題があると思います」
ミカ「何でしょうか」
私「精神のあり方です」
年齢を重ねると、体力や記憶力、集中力にも変化が生じる。しかし、活動を止める原因は身体の変化だけではない。「もう年だから」「今さら始めても遅い」「若い人にはかなわない」「失敗したら恥ずかしい」「新しいことは難しい」と自分自身に言い続けていると、身体より先に心が動かなくなる。
ミカ「誰かに止められる前に、自分で自分を止めてしまうのですね」
私「はい。私自身も、そうならないように気をつけたいと思っています」
教授「とはいえ、年齢を無視して、何でもできると思うのも危険だ」
私「そのとおりです。老いを否定するつもりはありません」
若い頃と同じようにできなくなることはある。しかし、同じ方法でできないからといって、何もできないとは限らない。体力で補えなければ仕組みを使い、記憶力に頼れなければ記録を使う。長時間できなければ短い時間に分け、一人で難しければ人の助けを借りればよい。
教授「つまり、根性ではなく工夫だな」
私「はい。私は根性に絶対の自信がありませんので、工夫を大切にしたいと思います」
ミカ「それは謙虚なのですか」
教授「単なる正確な自己分析かもしれない」

健康は目的ではなく、活動の基盤

ミカ「それでも、長く現役でいるには健康が第一ではありませんか」
私「健康は欠かせません。ただ、健康そのものが最終目的ではないと思うのです」
歩くこと、よく眠ること、食事を整えること、定期的に検査を受けること、疲れたら休むことは、長く活動するために必要である。しかし、健康記録の数字をよくすることだけが人生の目的ではない。学びたいこと、続けたい仕事、楽しみたい趣味があるからこそ、健康を整えるのである。
教授「道路を整備するだけでなく、その道路を使ってどこかへ行く必要があるということか」
私「はい。健康は目的地ではなく、人生を動かすための道路です」
ミカ「道路ばかり立派で、どこにも出かけなければ寂しいですね」
教授「道路を眺める趣味もある」
私「教授は、何でも趣味にして話を終わらせようとしますね」

精神の若さは、好奇心から生まれる

教授「精神的に若い人とは、どのような人だろう」
私「私は、知らないものに近づこうとする人だと思います」
新しい技術を見たときに、「難しそうだからやめておこう」と考えるのか、「分からないから少し触ってみよう」と考えるのか。知らない言葉を聞いたときに、「自分には関係がない」と遠ざけるのか、「それは何だろう」と調べるのか。この違いは、年齢を重ねるほど大きくなる。
ミカ「新しいことを学んでいる人は、年齢に関係なく若く見えます」
教授「私も毎日、昼食の献立には強い好奇心を持っている」
ミカ「それは好奇心ではなく食欲です」
私「食欲も大切ですが、もう少し広い分野に関心を持ちたいものです」
英語を学ぶ。楽器を練習する。知らない分野の本を読む。新しい仕事の方法を試してみる。最初は分からないことばかりだが、分からないことがあるからこそ、これから学ぶ楽しみが生まれる。学ぶ人は、自分の未来を増やす。

若さとは、未来に予定があること

ミカ「好奇心のほかに、精神の若さを保つものはありますか」
私「未来に予定を持つことではないでしょうか」
来月読みたい本がある。来年完成させたい仕事がある。練習したい曲がある。訪ねたい場所がある。会いたい人がいる。そのような未来の予定を持つ人は、自然に前を向く。
教授「私にも、来週歯医者へ行く予定がある」
ミカ「楽しみな予定とは少し違うと思います」
教授「逃げずに未来へ進むという点では同じだ」
過去を振り返ることは大切である。しかし、過去の話だけで一日が終わるようになると、心の時間は少しずつ後ろ向きになる。**人は思い出によって慰められ、予定によって前へ進む。**何歳になっても、自分を未来へ引っ張ってくれる予定を一つは持っておきたい。

休みながら続ける

ミカ「100歳現役という言葉には、休まず頑張る印象もあります」
私「そこは、最も誤解されたくないところです」
長く続けるには、休むことが必要である。体調が悪ければ休み、疲れていれば作業を減らし、予定どおりに進まなければ計画を見直す。毎日二時間できなければ失敗、一日でも休んだら継続ではないという考え方では、何十年も続けることは難しい。
教授「若い頃は、何日も徹夜して仕事をしたものだ」
ミカ「今もできますか」
教授「できる」
私「翌日も普通に働けますか」
教授「翌日は休む」
ミカ「それなら、最初から眠ったほうがよいですね」
今日は一時間、今日は三十分、今日は十分でもよい。体調が悪ければ休み、元気になったらまた戻ればよい。継続とは、一度も休まないことではなく、何度でも戻ってくることである。
私「100年間、一日も休まない計画は、最初から無理があります」
教授「皆勤賞より、長期在籍を目指すということだな」
私「はい。そのほうが私には向いています」

道具と仕組みで補う

年齢を重ねれば、記憶に時間がかかり、集中できる時間が短くなり、疲れからの回復にも時間が必要になるかもしれない。それをすべて精神力で補おうとすれば、無理が生じる。
ミカ「では、どうすればよいのでしょう」
私「道具と仕組みを使えばよいと思います」
メモを取り、チェックリストを作り、予定をカレンダーに登録する。同じ仕事は手順を決め、作業を小さく分け、重要な仕事は集中しやすい時間に行う。忘れないように頑張るのではなく、忘れても困らない仕組みを作るのである。
教授「昔は、何でも頭の中に入っていた」
ミカ「昔は、覚えるパスワードも少なかったのではありませんか」
教授「確かに、昔は銀行へ行っても顔認証などなかった」
私「今は、記憶力だけで乗り切るには情報が多すぎます」
道具を使うことは、能力を放棄することではない。眼鏡を使うことが、見ることを諦めることではないのと同じである。**自分の変化を認め、それを道具と仕組みで補う。**それも、100歳現役を支える大切な知恵だと思う。

一日の小さな行動が未来を作る

ミカ「100歳という数字は、やはり遠く感じます」
私「私もそう思います。あまり遠くを見すぎると、今日何をすればよいか分からなくなります」
教授「100年分の予定表を作ればよい」
ミカ「最初の一週間で嫌になりそうです」
100歳現役は、一つの大きな決意によって完成するものではない。今日少し歩き、今日少し学び、今日一つ仕事を進め、今日一人に感謝を伝える。その小さな行動の積み重ねが、未来の自分を作る。
私「100歳の自分は、ある日突然現れるわけではありません。今日の自分が、一日ずつ年齢を重ねた先にいるのです」
ミカ「今日の過ごし方が、未来の自分につながるのですね」
教授「では、今日は休講にして、明日から始めよう」
ミカ「先延ばしを積み重ねても、未来は作れませんよ」
私自身、毎日理想どおりに過ごせているわけではない。予定が崩れる日もあれば、何もしたくない日もある。それでも完全に諦めず、次の日に小さく再開する。その繰り返しでよいと思っている。

100歳現役は、今日の生き方である

教授「結局、100歳現役に最も必要なものは何だろう」
私「健康、知識、技術、人とのつながりなど、いろいろ必要です。ただ、それらを支えるのが精神のあり方だと思います」
分からないことを恥じない。変化を恐れすぎない。必要なら助けを借りる。失敗しても再開する。疲れたら休む。過去にしがみつかず、未来に小さな予定を持つ。老いを否定せず、老いに支配されない。そのような柔軟な精神が、長く現役でいるための土台になる。
ミカ「100歳にならなければ、このプロジェクトは失敗ですか」
私「いいえ。100歳に届かなかったとしても、学び、働き、人とつながり、自分の一日を大切にできたなら、意味はあったと思います」
教授「100歳は目的地ではなく、方角なのだな」
私「はい。その表現が一番近いと思います」
100歳まで生きられるかどうかは分からない。
しかし、今日を現役として生きることはできる。
100歳現役とは、未来の年齢ではない。
今日の生き方なのではないか。

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