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「クラウドて何や」🌨️質問の形をした否定に、どこまで付き合うのか💦


答えを知りたいわけではない質問

「教授、昨日、ひどい目に遭いました」
研究室に入ってきたミカは、鞄を置くなり椅子に沈み込んだ。
「どうした。税務署から三年前の領収書でも聞かれたか」
「もっと答えにくい質問です」
「結婚しないのか、と聞かれた?」
「それよりは技術的です。親戚の爺様から、突然こう聞かれました」
クラウドて、何や
教授はコーヒーカップを置いた。
「それは危険な質問だな」
「クラウドがですか」
「いや、その聞き方がだ」
爺様は筋金入りのガラケー信奉者である。
スマートフォンを見るたびに、
「最近の若いもんは、電話ばっかり触りおって」
パソコンを見るたびに、
「機械に使われとる」
と言う。
そのくせ、自分は朝から晩までテレビのリモコンを離さない。
「テレビは機械じゃないんですか」
「爺様にとって、昔から家にある機械は家具だ」

雲みたいなものです

ミカは一応、クラウドを説明しようとした。
「インターネットを通じて、外部のコンピューターにデータを保存したり、サービスを利用したりする仕組みです」
爺様はすぐに言った。
「そんなもん、危ないに決まっとる」
「教授、説明が一秒で終わりました」
「質問ではなく、否定するための呼び水だったんだな」
まともに説明しても仕方がないと思い、ミカは適当に答えた。
「まあ、雲みたいなものです」
爺様は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「ほら見い。雲みたいな、つかみどころのないもんに、大事なもんを預けるんか」
「本物の雲に預けるわけではありません」
「ほな、なんでクラウド言うんや」
「昔、複雑なネットワークを図にするとき、雲の形でまとめて描いたからです」
「最初から複雑やないか。そんなもん、信用できるか」
教授は感心したようにうなずいた。
「見事だ」
「何がですか」
どんな説明を入れても、同じ否定が返ってくる
「最初から答えが決まっているんですよ」
「質問の形をしているが、実際には『わしの嫌いなものだと言え』という命令だな」

YouTubeは、つまらないものばかり

クラウドを否定し終えた爺様は、次にYouTubeへ話を移した。
「孫がYouTubeばっかり見とる。くだらん動画ばっかりや」
「どんな動画ですか」
「若いもんが騒いどるやつや。何がおもろいのか分からん」
「YouTubeには、大学の講義も、料理も、音楽も、歴史番組もありますよ」
「そんなもん、誰が見るんや」
「私です」
「お前は変わっとる」
ミカは教授に訴えた。
「私、クラシック音楽の演奏も、外国語の講義も、プログラミングの解説もあると言ったんです」
「爺様は何と?」
「孫は、そんなものを見ていないと言いました」
教授は静かに答えた。
「それなら、YouTubeがつまらないのではなく、孫がつまらない動画を選んでいるという話だな」
「そこまで言うと、角が立ちます」
「では、丸く言おう。YouTubeは巨大な図書館だが、お孫さんは入口のガチャガチャで遊んでいる」
「少し丸くなりましたが、中心は尖っています」
「道具の評価を、たまたま身近にいる一人の使い方だけで決めるのは乱暴だ」
YouTubeには、娯楽もあれば教育もある。
名演奏もあれば、三分後には忘れる動画もある。
何を見るかは、YouTubeが決めるのではない。
見る人が選んでいる。
もっとも、見続けるほど似た動画がおすすめされるため、やがて画面はその人の好みで埋め尽くされる。
「つまり、YouTubeの画面は何なんですか」
その人の関心を映す鏡だ」
「では、くだらない動画ばかり出てくる人は?」
「鏡に文句を言う前に、映っているものを確認した方がいい」

LINEは、うるさいだけ

爺様の批判はLINEにも及んだ。
「家族がLINE、LINE言うとるけど、あんなもん、ピコピコ鳴ってうるさいだけや」
ミカは説明した。
「通知は止められますよ」
「止めたら連絡が分からんやないか」
「必要な相手だけ通知を出すこともできます」
「そんな面倒なことまでせなあかんのか」
「電話でも、出る相手は選びますよね」
「電話は用事があるからかけてくるんや」
「LINEも用事があるから送っているのでは」
「家族が、どうでもええ写真ばっかり送ってくる」
「どんな写真ですか」
「今日食べたもんとか、犬が寝とるとかや」
教授は首をかしげた。
「それはLINEの問題か?」
「私もそう思いました」
「LINEは文章や写真を運んでいるだけだ。どうでもいい内容を送っているのはLINEではない」
「家族です」
「そういうことだ」
LINEが騒がしいのではない。
家族が騒がしいのである。
LINEが内容を薄くしているのでもない。
もともと薄い内容が、素早く届いているだけである。
「教授、それを本人に言っても大丈夫でしょうか」
「家庭の平和をクラウドに保存してから言った方がいい」

道具は、人柄を拡大する

教授はホワイトボードに大きく書いた。
道具は、人を立派にも愚かにもするのではない。もともとの使い方を拡大する。
「包丁は、料理人が使えば刺身になる」
「はい」
「乱暴者が使えば事件になる」
「急に物騒ですね」
「自動車は、運転の上手な人が使えば便利な移動手段になる」
「乱暴な人が使えば?」
「道路で性格診断が始まる」
「たしかに、ハンドルを握ると人が変わる人もいます」
「変わるのではない。隠れていたものがアクセルを踏むんだ」
YouTubeも同じである。
学びたい人が使えば、世界中の講義や技術に触れられる。
暇つぶしだけを求める人が使えば、暇つぶしの動画が次々と並ぶ。
LINEも同じである。
家族の安否確認にも使える。
仕事の連絡にも使える。
写真一枚で安心を伝えることもできる。
一方で、返事を急かしたり、どうでもよい話を一日中送り続けたりもできる。
便利な道具ほど、使う人の知性と節度が表に出る。
「つまり、爺様が批判しているのは道具ではなく……」
「身近な人間の使い方だ」
「でも、それを言うと家族批判になります」
「だから道具のせいにしているのかもしれん」

スマホが人を駄目にしたのか

爺様は言った。
「昔は、こんなもんなくても、みんな立派に生きとった」
ミカは聞いた。
「昔の人は、全員立派だったんですか」
「今よりは、ずっとましや」
「昔も、つまらないテレビ番組を一日中見ている人はいたでしょう」
「テレビには教養があった」
「全部の番組にですか」
「少なくとも今よりはあった」
「昔も長電話をしている人はいましたよね」
「電話は人と人との会話や」
「LINEも人と人との会話です」
「文字やないか」
「手紙は?」
「手紙は心がこもっとる」
「LINEには心がこもらないんですか」
爺様はしばらく黙った。
「スタンプ一個で返すようなもんに、心があるか」
教授は笑った。
「手紙でも『了解』と二文字だけ書けば、同じようなものだ」
「結局、媒体ではなく、書く人なんですね」
「そうだ。紙に書けば名文になるわけでも、スマホで送れば駄文になるわけでもない

体験が一番、という説教

爺様は、少し不利になったと感じたのか、椅子に深く座り直した。
「ええか。お前らは何でも機械に頼りすぎなんや。人生はな、体験が一番なんや」
ミカは教授に言った。
「ここからが長かったんです」
「出たな。『わしらの若い頃は』の前奏曲だ」
案の定、爺様は始めた。
「わしらの若い頃はな、分からんことがあったら、自分の足で調べた」
「はい」
「人に会って、頭を下げて教えてもろた」
「立派ですね」
「失敗して、恥をかいて覚えたんや」
「はい」
「今の若いもんには、その体験がない」
「でも、今の人には今の体験がありますよ」
「スマホを触ることが体験か」
「新しい道具を覚えるのも体験でしょう」
「そんなもんは苦労とは言わん」
「苦労しないと体験にならないんですか」
「そういう屁理屈を言うから、今の若いもんはあかん」
ここから話は、爺様の就職時代へ移った。
怖かった上司。
初めて任された仕事。
取引先へ何度も頭を下げた話。
徹夜で働いた話。
景気の良かった頃の接待。
社員旅行。
初めて買った自動車。
昔の電話は交換手がつないでいたという話。
クラウドもYouTubeもLINEも、とうに消えていた。
残ったのは、爺様の昭和回顧録・完全版だった。

四時間分の体験を受信する

「どれくらい聞いた?」
教授が尋ねた。
四時間です
教授はコーヒーを置く手を止めた。
「それは会話ではない。拘束だ」
「昼から始まって、気づいたら夕方でした」
「大容量だな」
「途中から、何の話をしていたのか分からなくなりました」
「爺様はクラウドを否定しながら、自分の過去を君に保存させたわけだ」
「私の記憶容量を勝手に使わないでほしいです」
「しかも、同じ話が何度も同期される」
「初めて買った車の話は三回聞きました」
「バックアップは万全だ」
「社員旅行の話も、行き先だけ変えて二回ありました」
「それは別ファイルだと本人は認識している」
ミカはため息をついた。
「体験が大事なのは分かります。でも、自分の体験だけで今の道具を全部否定するのは違いますよね」
「そのとおりだ。体験は知恵になるが、体験だけを絶対視すると壁になる
昔の苦労には価値がある。
しかし、昔苦労したからといって、今の人まで同じ苦労をする必要はない。
洗濯板で苦労した人が、洗濯機を怠け者の道具と呼んでも、洗濯物はきれいにならない。
「便利になると、人間が駄目になると言う人もいます」
「便利さで駄目になる人は、不便な時代にも別の方法で駄目になっていた可能性が高い」
「厳しいですね」
「道具は、人間を新しく作るのではない。もともとの人間を効率化することがある」

質問の形をした否定に、どこまで付き合うか

ミカは尋ねた。
「教授、ああいう質問には、どこまで付き合えばいいんでしょう」
「まず、相手が本当に知りたいのかを確かめることだ」
「どうやってですか」
「クラウドの仕組みを知りたいのですか。それとも、不安な点を聞きたいのですか、と尋ねればいい」
「なるほど」
「仕組みを知りたいなら説明すればいい。不安を話したいなら、不安だけを聞けばいい」
「ただ否定したいだけなら?」
「短く答えて終わる」
「質問されたのに?」
質問されたからといって、無制限に説明する義務はない
まじめな人ほど、質問を見ると答えようとする。
しかし、相手が答えを求めていなければ、説明は会話ではなく、否定のための材料になる。
丁寧に説明しても、
「やっぱり危ない」
「昔はそんなものはなかった」
「便利すぎるのはよくない」
という結論へ戻っていく。
「では、最初から『私は使わない』と言えばいいんですよね」
「その方が正直だ。嫌いなのは自由だが、嫌いであることと、価値がないことは別だ」

道具の悪口は、使う人の悪口になる

教授は最後に言った。
「YouTubeには、つまらない動画もある」
「はい」
「だが、そればかり見ているなら、選んでいる人の問題でもある」
「LINEには、うるさい連絡もあります」
「だが、それを送っているのは家族だ」
「クラウドにも危険はあります」
「だが、正しく管理すれば便利に使える。自宅の机に置いた紙が、絶対安全とも限らない」
「結局、道具だけを見ても仕方がないんですね」
「そうだ。道具の使い方には、その人の関心、知性、節度、そして人柄が出る
ミカは立ち上がった。
「次に爺様から『YouTubeなんか何がおもろいんや』と聞かれたら、何と答えましょう」
教授は静かに答えた。
「YouTubeが面白いかどうかは、何を見るかによります」
「それでも、『孫が見ているのはつまらん』と言われたら?」
「それはYouTubeへの苦情ではなく、お孫さんへの感想です、と答えればいい」
「怒られませんか」
「正しい答えは、いつも歓迎されるとは限らない」
「LINEはうるさいだけ、と言われたら?」
「LINEがうるさいのではありません。ご家族が元気なのです、と言っておけ」
「ずいぶん上品にまとめましたね」
「家庭内では、真実より表現が重要だ」
ミカは笑った。
クラウドがあやふやなのではない。
YouTubeがつまらないのでもない。
LINEがうるさいのでもない。
道具は、そこにあるだけである。
何を見るか。
何を送るか。
どう使うか。
結局、問題になるのは道具の性能より、使う人間の中身なのだ。
そして、爺様の昔話にも一つだけ便利な機能がある。
時計を見る理由を、こちらに与えてくれることである。
「教授、そろそろ帰ります」
「うむ。四時間遅いが、それが最も確実な終了操作だ

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