⚖️税務実務の読み解きノート🔯 自宅を事務所に使う――家賃は何%まで必要経費か
「先生、家賃の50%なら経費にしていいんですよね?」
社長「先生、自宅で仕事をしています。」
税理士「最近は珍しくありませんね。」
社長「家賃が月20万円なので、半分の10万円を経費にします。」
税理士「なぜ50%です?」
社長「なんとなく半分なら税務署も怒らないかなと。」
税理士「税法に『なんとなく50%条項』はありません。」
社長「では30%?」
税理士「数字を小さくすれば根拠が生まれるわけでもありません。」
自宅の一部を事務所として使っている個人事業主にとって、家賃、水道光熱費、通信費などをどこまで必要経費にできるかは非常に身近な問題です。
しかし結論から言えば、「家賃の○%までなら認められる」という一律の割合はありません。
国税庁は、自宅兼事務所の家賃や水道光熱費のように、家事と業務の両方に関係する費用を「家事関連費」とし、そのうち、取引の記録などに基づいて業務遂行上直接必要であったことを明らかに区分できる部分に限って必要経費に算入できるとしています。
つまり問題は、
何%までなら安全か
ではありません。
なぜその割合なのかを説明できるか
なのです。
まず「家事費」と「家事関連費」を分ける
社長「自宅で仕事をしているんだから、家賃全部が仕事に関係しています。」
税理士「寝室も?」
社長「寝ます。」
税理士「お風呂は?」
社長「入ります。」
税理士「リビングでは?」
社長「テレビも見ます。」
税理士「では全部事務所とは言いにくいですね。」
個人の所得税では、純粋な生活費である家事費は必要経費になりません。
一方、
自宅兼事務所の家賃
電気代
インターネット料金
などのように、仕事にも生活にも使っている支出は家事関連費になります。
所得税法45条と所得税法施行令96条では、家事関連費について、業務上必要な部分を明確に区分できる場合などに、その部分を必要経費とする仕組みになっています。
したがって、
家賃20万円だから10万円
ではなく、
自宅のうち、どの部分をどの程度仕事に使っているのか
から考えます。
一番分かりやすいのは「面積」で按分する方法
たとえば賃貸マンションを考えてみましょう。
全体 80㎡
仕事専用の部屋 20㎡
月額家賃 20万円
この20㎡が本当に仕事専用であれば、
20㎡ ÷ 80㎡ = 25%
です。
したがって、
20万円 × 25% = 5万円
を事業部分として考える方法には合理性があります。
年間なら60万円です。
社長「簡単ですね。」
税理士「仕事専用ならかなり説明しやすいですね。」
社長「そこを強調しましたね。」
税理士「税務はそこを見ます。」
たとえば6畳の部屋を、
昼間は仕事
夜は寝室
として使っている場合、
「6畳全部が事務所だから面積割合100%」
とは簡単に言えません。
仕事と生活が混在しているからです。
「仕事部屋」と言えば仕事部屋になるわけではない
税務調査官「この部屋は何に使っていますか。」
事業主「仕事専用です。」
調査官「ベッドがありますね。」
事業主「仕事に疲れたとき用です。」
調査官「大型テレビもあります。」
事業主「市場調査用です。」
調査官「ゲーム機も。」
事業主「IT研究です。」
税理士「少しずつ防衛線が崩壊しています。」
重要なのは部屋につけた名前ではありません。
実際にどのように使用しているかです。
デスク、パソコン、書棚、業務書類などが置かれ、仕事以外にはほぼ使用していない部屋なら、専用事務室として説明しやすくなります。
一方、リビングの一角にノートパソコンを置いて仕事をしている場合は、同じ扱いにはできません。
面積だけでなく「時間」を考える場合もある
では、12畳のリビングの一角で毎日仕事をしている場合はどうでしょう。
社長「面積を測ればいい?」
税理士「使い方によっては時間も考えた方が合理的でしょう。」
たとえば部屋全体を、
8時間仕事
残りは家族の生活
に使っている。
この場合、単にその部屋全体を事業用面積にするのではなく、使用時間を加味する方法も考えられます。
ただし、
家賃は面積との関連性が強い費用
なので、通常はまず面積を中心に考える方が説明しやすいでしょう。
一方、
電気代
インターネット
電話料金
などは、面積だけでは合理的に按分できないことがあります。
つまり、すべての費用を同じ「30%」で処理する必要はありません。
むしろ、
費用ごとに合理的な按分基準が違ってよい
のです。
家賃は面積、電気代は使用状況――同じ按分率でなくてよい
社長「面倒だから家賃も電気も通信費も全部30%で。」
税理士「楽ですが、理由を聞かれたときに困ります。」
たとえば、
家賃 25%
電気代 40%
インターネット 70%
携帯電話 60%
という結果になることは十分あり得ます。
なぜなら、それぞれ使用実態が違うからです。
自宅80㎡のうち20㎡が事務所なら、家賃25%。
しかし、その部屋にはパソコン2台、モニター3台、プリンター、NASがあり、昼間ずっと稼働している。
そうであれば電気代の事業割合が25%を超えることは不自然ではありません。
逆に水道代は仕事でほとんど使わないのであれば、家賃と同じ25%を経費にする根拠は弱くなります。
家事按分とは、一つの魔法の割合を全経費に掛ける作業ではありません。
「50%なら大丈夫」という都市伝説
社長「でもネットには『自宅家賃の50%程度なら大丈夫』と書いてあります。」
税理士「税務署がネット記事に安全保証を出したわけではありません。」
実際、国税不服審判所には、自宅兼事務所の割合が争われた興味深い裁決があります。
平成31年3月28日裁決です。
納税者は、自宅兼事務所について、ある期間は67%、その後は86%を事務所として使用していたとして、賃料や水道光熱費を必要経費に算入しようとしました。
ところが審判所は、納税者自身が、一室は事務所専用だったものの、その他の部分については生活用と事務所用を区別していなかった旨を述べていたことなどから、50%を超えて事業に使用していたことが明らかではないと判断しました。
その結果、50%を超える部分の必要経費算入は認められませんでした。
社長「ほら、やっぱり50%。」
税理士「違います。」
この裁決を、
『50%までは税務署公認』
と読むのは危険です。
この事件では、先行する更正処分で50%が既に必要経費として扱われており、争われたのは主として50%を超える部分を認めるだけの証拠があるかという点でした。審判所が全国共通の「50%安全基準」を作ったわけではありません。
むしろこの裁決から学ぶべきなのは、
高い割合を主張するなら、それだけ強い客観的根拠が必要
ということです。
では80%でも認められることはあるのか
社長「逆に、本当に80%仕事なら?」
税理士「80%を絶対に禁止する規定もありません。」
たとえば100㎡の住宅で、
80㎡を完全な事務所・商品保管庫・撮影スペースとして使用し、
居住部分が20㎡しかない。
しかも平面図、写真、業務内容からその事実が明確である。
そうであれば、80%という割合にも合理性があり得ます。
重要なのは数字の大小ではありません。
その割合が現実を表しているか
です。
30%でも根拠がなければ弱い。
80%でも明確な事実があれば説明できる可能性がある。
これが家事按分の基本です。
税務調査では「平面図」が強い
社長「どうやって証明すればいいです?」
税理士「まず平面図を一枚作るだけでもかなり違います。」
例えば住宅の図面に、
仕事専用室 12㎡
書類保管室 6㎡
居住部分 52㎡
共用部分 10㎡
と記載する。
さらに仕事専用室について写真を残す。
机、パソコン、書棚、プリンターなどが配置されていることも分かる。
そして、
18㎡ ÷ 80㎡ = 22.5%
という計算根拠を保存する。
税務調査で、
調査官「なぜ22.5%ですか。」
事業主「なんとなく。」
ではなく、
事業主「この平面図をご覧ください。」
と言えるわけです。
家事按分では、割合そのものより計算過程を保存することが重要です。
廊下、トイレ、玄関はどうする?
社長「仕事部屋へ行くには廊下を通ります。廊下も経費でしょう?」
税理士「その理屈なら玄関から家中が事務所になりそうですね。」
共用部分は判断が難しいところです。
仕事専用部屋だけを事業面積とする最も保守的な方法もあります。
一方、顧客が頻繁に来訪し、
玄関
廊下
来客用トイレ
応接スペース
を業務でも継続的に使用しているのであれば、一定部分を事業利用として考える余地があります。
ただし、家族も同じ場所を使います。
したがって、専用事務室ほど100%事業用とは説明しにくい。
ここでも、
実際の利用状況に即して合理的に按分する
ことになります。
「家族が昼間いない」はどこまで効くのか
社長「妻は昼間仕事に出ていて、子どもも学校です。昼間は家全部が私の事務所です。」
税理士「午後2時にリビングで仕事したから、冷蔵庫まで事業用になるわけではありません。」
在宅勤務時間が長いことは一つの事情です。
しかし、
家族が不在
=住宅全部が事務所
ではありません。
寝室、浴室、台所などは、昼間誰も使っていなくても基本的な用途は生活です。
大切なのは、
「その時間に空いていたか」ではなく、事業のために使用していたか
です。
自宅で仕事をしているだけでは足りない
社長「私は毎日、自宅で8時間働いています。」
税理士「それは重要な事実です。」
社長「では家賃の3分の1くらい?」
税理士「8時間÷24時間という計算だけでは少し乱暴ですね。」
住宅家賃は、
「何時間家にいたか」
に対して払っているわけではありません。
したがって、
8時間仕事だから8÷24=33.3%
という計算が常に合理的とは限りません。
家賃であれば、
面積
専用性
使用実態
を中心に考える方が通常は分かりやすいでしょう。
時間按分は、同じ場所を生活と仕事の双方で利用している場合などの補助的な要素として使うと考えた方が安全です。
持ち家なら「自分に家賃を払う」はできない
社長「では持ち家です。自分に月10万円の家賃を払って経費にします。」
税理士「自分から自分へ請求書を出しても、経費は生まれません。」
個人事業主本人が所有する自宅については、自分自身に家賃を支払うという考え方はしません。
その代わり、自宅のうち事業に使用している部分について、
建物の減価償却費
固定資産税
火災保険料
住宅ローンの利息部分
修繕費
などを、合理的な割合で家事按分して必要経費とすることを検討します。
国税庁も、家事関連費について、業務遂行上直接必要な部分を明確に区分できれば、その部分を必要経費とする考え方を示しています。
なお、住宅ローンの元本返済額そのものは必要経費ではありません。
元本返済は借入金を返しているだけだからです。
賃貸住宅なら、税務以外にも確認事項がある
社長「借りているマンションなら、税務上25%経費にできれば全部OKですね。」
税理士「税務とは別に賃貸借契約も確認してください。」
住宅専用として借りている物件では、
事務所利用禁止
不特定多数の来客禁止
法人登記禁止
看板設置禁止
などの契約条件があることがあります。
所得税上必要経費になるかという問題と、
賃貸借契約上、事業利用してよいか
という問題は別です。
特に来客型の事業や法人登記をする場合は、大家や管理会社との契約内容を確認した方がよいでしょう。
会社員の在宅勤務とは話が違う
社長「会社員も家で仕事をしていますよね。家賃を経費にできます?」
税理士「そこは個人事業主と同じではありません。」
今回の話は主として事業所得などを得ている個人事業主を前提にしています。
給与所得者については、勤務先から受け取る給与について、個人事業主のように実際の家賃を自由に必要経費として差し引く制度にはなっていません。
給与所得には給与所得控除があり、一定の場合には特定支出控除という別制度があります。
したがって、
「自宅で会社の仕事をしている」
というだけで給与所得から家賃30%を差し引くことはできません。
自宅を法人の事務所にする場合も別問題
社長「私は法人の社長です。自宅の一室を会社に貸せば?」
税理士「それは今までの個人事業主の家事按分とは別の取引になります。」
個人所有の自宅の一部を法人へ実際に賃貸するのであれば、
法人側では適正な賃料が費用になるか。
個人側では受取賃料をどう所得計算するか。
賃料が適正額か。
契約書はあるか。
住宅ローンや賃貸借契約との関係はどうか。
といった論点が生じます。
したがって、
個人事業主が自宅家賃を家事按分する話
と
社長個人が自宅を自社法人へ賃貸する話
は分けて考える必要があります。
実務では毎年割合を変えていいのか
社長「今年は30%、来年は50%にしたいです。」
税理士「使用実態が変わったならあり得ます。」
たとえば今年までは一室だけが事務所だった。
来年から隣の部屋も商品保管庫にした。
この場合、事業使用割合が上昇するのは自然です。
逆に、何も変わっていないのに、
利益が多い年 50%
利益が少ない年 20%
では、
税理士「ずいぶん器用に事務所が伸び縮みしますね。」
という話になります。
按分割合は税額に合わせるのではなく、使用実態に合わせる。
これが原則です。
一度決めた按分根拠をメモしておく
実務では、確定申告時に毎年ゼロから考えない仕組みを作っておくと便利です。
たとえば「自宅事務所・家事按分メモ」を作り、
・住宅総面積80㎡
・仕事専用室18㎡
・18㎡÷80㎡=22.5%
・家賃は22.5%
・電気代は機器使用状況を踏まえ40%
・インターネットは仕事利用が中心なので70%
・水道代は原則家事費
・使用状況が変わった場合に割合を再検討
というように根拠を残しておく。
さらに間取り図や写真も保存しておく。
これだけで数年後の税務調査でも説明しやすくなります。
裁決が教える「証拠がない割合」の弱さ
平成31年3月28日裁決では、納税者は自宅兼事務所について67%、さらに86%という高い事業使用割合を主張しました。
しかし、一部屋以外について生活使用と業務使用の区別が明確ではなく、それを裏付ける証拠も不足していました。
そのため50%を超える部分は認められませんでした。
この事例で本当に怖いのは、
「86%は高すぎる」
という話ではありません。
86%であることを客観的に説明できなかった
ことです。
税法上の家事関連費では、業務上必要な部分を明らかに区分できることが重要です。国税不服審判所の他の裁決でも、家事関連費について、業務上必要な部分を客観的に明らかにできない場合には必要経費算入が否定されています。
税務調査で強い回答、弱い回答
調査官「家賃の40%を必要経費にしていますね。」
弱い回答は、
「税理士に40%くらいなら大丈夫と言われました。」
「ネットに40%と書いてありました。」
「毎年40%でやっています。」
です。
強い回答は、
「住宅全体が75㎡です。」
「15㎡の部屋を仕事専用に使っています。」
「さらに10㎡の応接室を業務と家事で半分ずつ使います。」
「15㎡+10㎡×50%=20㎡です。」
「20㎡÷75㎡=26.67%なので家賃の26.67%を必要経費にしています。」
です。
税理士「税務署が好きなのはどちらでしょう。」
社長「後者ですね。」
税理士「数字より計算できる事実が強いのです。」
家賃20万円なら実際いくら経費になるのか
具体的に計算してみましょう。
住宅全体 80㎡
完全な仕事専用室 16㎡
仕事と生活で半分ずつ使う部屋 8㎡
残り56㎡ 生活専用
この場合、一つの合理的な考え方として、
仕事専用 16㎡
共用部分 8㎡×50%=4㎡
事業相当面積 20㎡
20㎡÷80㎡=25%
となります。
家賃20万円なら、
20万円×25%=5万円
年間60万円です。
ただし、
8㎡を本当に50%業務利用しているのか
という根拠も必要になります。
面積計算を精密にしても、前提が架空なら意味がありません。
「経費を増やしたい」から考え始めない
社長「できれば家賃の60%くらい経費にしたいんです。」
税理士「それでは順番が逆です。」
正しい順番は、
①自宅を実際にどう使っているか確認する
↓
②仕事専用部分と共用部分を確認する
↓
③費用ごとに合理的な按分基準を決める
↓
④その結果として必要経費額が決まる
です。
危険なのは、
①利益が多い
↓
②経費を増やしたい
↓
③家賃を50%にしよう
↓
④後から理由を考える
という流れです。
社長「会社再編の話でも似たことを言われました。」
税理士「税務では、結論を先に作るとだいたい苦労します。」
まとめ――「何%まで」ではなく「なぜその%なのか」
社長「結局、自宅家賃は何%まで経費にできます?」
税理士「まだその質問に戻りますか。」
社長「記事タイトルですから。」
税理士「では一言で答えます。」
一律の上限割合はありません。
10%でも、
30%でも、
50%でも、
場合によってはそれ以上でも、
重要なのは実際の業務使用割合を合理的に説明できることです。
国税庁が求めているのも、家事関連費について、取引記録などに基づいて業務遂行上直接必要な部分を明らかに区分することです。
社長「50%という税法上の安全圏はない。」
税理士「ありません。」
社長「専用の仕事部屋なら面積按分が有力。」
税理士「はい。」
社長「生活と共用なら、時間や利用状況も考える。」
税理士「はい。」
社長「家賃、電気代、通信費で同じ割合にする必要もない。」
税理士「そのとおり。」
社長「そして平面図や写真を残しておく。」
税理士「かなり実務的になりました。」
自宅兼事務所の家事按分で最も大切なのは、できるだけ高い割合を探すことではありません。
税務調査で、
「なぜこの割合なのですか」
と聞かれたときに、
一枚の平面図と一つの計算式で説明できる割合を採用することです。
家賃20万円のうち何万円を経費にするか。
その答えは税法のどこかに「30%」「50%」と印刷されているわけではありません。
自宅の使い方そのものが答えになる。
これが自宅事務所の家事按分を考えるときの基本です。
