🌱100歳現役プロジェクト_精神・知性🔯禅を生活に取り入れる七つの小さな習慣――悟りは、朝の一分と一足の履物から始まる
プロローグ
すみれ「導師、禅を生活に取り入れたいのですが、何から始めればよいですか」
導師「まず、脱いだ履物をそろえなさい」
すみれ「座布団や香炉を買わなくてもよいのですか」
導師「買い物かごを満たしても、心まで整うとは限らん」
すみれ「形から入ろうと思ったのですが」
導師「形は大切じゃ。ただし、通販の注文履歴を修行歴には数えんぞ」
禅は、寺院や禅堂の中だけにあるものではありません。
呼吸する。歩く。食べる。働く。話す。片づける。眠る。
普段の行為に心を戻すところから、日常の禅は始まります。
【習慣1 朝、スマートフォンより先に呼吸する】
目が覚めたら、すぐに通知やニュースを見ず、まず三回だけ呼吸を感じます。
余裕があれば椅子に腰掛け、一分間、息を数えます。
吐く息に合わせて一、二、三と数え、十まで来たら一へ戻ります。
途中で今日の予定や昨日の出来事を考えても、失敗ではありません。
気づいたら、また呼吸へ戻ります。
すみれ「朝から仕事のことを考えてしまいます」
導師「考えるのはよい。ただし、布団の中で一日の会議を始める必要はない」
すみれ「出席者は私一人なのに、議題だけ多いです」
導師「まず三呼吸してから開会しなさい」
朝一番に他人の情報へ入る前に、自分の呼吸へ戻る。
それだけで、一日を受け身ではなく、自分の足で始められます。
【習慣2 履物を一度だけそろえる】
履物をそろえることは、単なる行儀作法ではありません。
自分が通った場所を、次の人が使いやすい状態へ戻す行為です。
椅子を戻す。
使った道具を置き直す。
机の上から不要な紙を一枚片づける。
禅では、こうした日常の動作も修行になります。
すみれ「履物をそろえるだけで、心も整いますか」
導師「心を直接つかんで並べ直すことはできんからな」
すみれ「だから、まず足元を整えるのですか」
導師「足元が乱れたまま、人生だけ美しく整えようとするのは順番が逆じゃ」
すべてを片づける必要はありません。
まず、自分が毎日使う一か所だけ整えます。
整った場所を一つ作ると、心が戻る目印が一つできます。
【習慣3 一度に一つのことだけをする】
メールを読みながら資料を作り、通知を確認しながら会話する。
現代の生活では、心が同時に何か所も引っ張られます。
そこで、一日に一度だけ「これだけをする時間」を作ります。
五分でも、二十五分でも構いません。
読むときは読む。
書くときは書く。
聞くときは聞く。
途中で別のことが気になったら、短くメモして目の前へ戻ります。
すみれ「同時に三つできるほうが有能ではありませんか」
導師「三つ始めて、四つ目を探しているだけかもしれんぞ」
すみれ「忙しいのに、何も終わっていない日があります」
導師「仕事をしていたのではなく、注意を乗り換え続けていたのじゃ」
一つの行為に心を尽くす一行三昧は、特別な境地ではなく、目の前の仕事を一つ終えることから始まります。
【習慣4 最初の一口を味わう】
食事中ずっと集中しようとすると、かえって窮屈になります。
まずは最初の一口、あるいはお茶の最初の一杯だけ、画面を見ずに味わいます。
香り、温度、食感、喉を通る感覚に注意を向けます。
すみれ「食事中に動画を見るのは駄目ですか」
導師「禁止はせん。ただ、何を食べたか覚えていないなら、舌より画面が満腹になっておる」
すみれ「お茶を飲みながら、次の予定を考えていました」
導師「お茶は今ここにあるが、おぬしは午後の会議室におったのじゃな」
禅語の喫茶去は、「まあ、お茶でも一杯」という素朴な言葉です。
しかし、その一杯を本当に飲むことは意外に難しいものです。
食べながら別の人生を生きず、最初の一口だけでも、いまの味へ戻ります。
【習慣5 返事の前に一呼吸置く】
腹の立つ言葉を聞いたとき、不安なメールを読んだとき、すぐに反応しない習慣を持ちます。
一度、息を吐きます。
そして、事実と自分の解釈を分けます。
相手が実際に言ったことは何か。
自分は何を付け加えて受け取ったのか。
いま返事をする必要があるのか。
すみれ「すぐに言い返さないと、負けた気がします」
導師「会話を勝負にした時点で、両方とも負け始めておる」
すみれ「気の利いた反論を思いついたら、すぐ送りたいです」
導師「翌朝読み返しても気が利いていれば、そのとき送ればよい」
一呼吸置くことは、言いたいことを我慢することではありません。
感情に言葉を乗っ取らせず、必要なことを正確に伝えるための間です。
返事を遅らせる一秒が、人間関係を長く守ることがあります。
【習慣6 終わった仕事を、その場で置く】
仕事が終わっても、頭の中では会議や失敗が続いていることがあります。
そこで区切りの習慣を作ります。
未完了の仕事は、次に行う一手を一行だけ記録する。
使った資料を閉じる。
道具を元へ戻す。
そして、その場を離れます。
すみれ「考え続けていれば、よい解決策が出るかもしれません」
導師「新しい情報もないのに同じところを回るなら、思考ではなく巡回じゃ」
すみれ「心配にも営業時間が必要ですか」
導師「二十四時間営業にする必要はない」
放下着とは、持たなくてよいものを下ろすことです。
責任を捨てるのではありません。
必要なことを記録し、明日の自分へ渡したら、今日の自分は手を離します。
仕事を終えるとは、パソコンを閉じるだけでなく、心の中の画面も閉じることです。
【習慣7 一日を採点せずに閉じる】
眠る前に、その日の自分へ総合点を付ける必要はありません。
できたことが少なくても、自分を失敗作にしない。
できたことが多くても、興奮したまま明日へ走らない。
今日したことを一つ確認する。
明日に回すことを一つ決める。
最後に三回呼吸して、「今日はここまで」と区切ります。
すみれ「今日できなかったことを反省しなくてもよいのですか」
導師「反省は明日の行動を決めたところで終わりじゃ」
すみれ「そのあとも自分を責め続けるのは」
導師「反省の延長ではなく、心の残業じゃな」
一日を振り返る目的は、自分を裁くことではありません。
事実を見て、必要なことだけを明日へ渡し、残りを下ろすことです。
眠ることも、今日を手放して明日を迎えるための修行です。
【七つ全部を始めなくてよい】
すみれ「明日から七つ全部実行します」
導師「三日後にはどうなっておる」
すみれ「七つ全部できなかった自分を反省します」
導師「修行を増やして、悩みまで増やすでない」
七つの中から、まず一つだけ選びます。
一週間続いたら、必要に応じて次を加えます。
忘れた日があっても、遅れを取り戻そうとせず、次の機会から再開します。
毎日完璧に行うことが目的ではありません。
忘れたと気づき、もう一度戻る。
その繰り返しが禅の稽古です。
続く習慣とは、一度も途切れない習慣ではなく、途切れても戻れる習慣です。
【100歳現役は、小さな動作の積み重ねでつくられる】
100歳まで現役で生きることは、遠い目標です。
しかし、その道を支えるのは、今日の小さな行動です。
一分だけ呼吸する。
一足だけ履物をそろえる。
一つの仕事に集中する。
一口を味わう。
一呼吸置いて返事をする。
終わった仕事を下ろす。
一日を静かに閉じる。
すみれ「どれも、悟りとは関係のない普通の行動に見えます」
導師「普通の行動を、普通に行うことが難しいから修行になる」
すみれ「七つ続けたら悟れますか」
導師「まず、いま脱いだ履物を見てみなさい」
すみれ「左右が別の方向を向いています」
導師「悟りより先に、玄関から始めよう」
禅は、日常から離れた特別な世界ではありません。
目の前の一つを丁寧に行い、心がそれたら戻る。その小さな反復の中に、生活としての禅があります。
