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103 「デジタル制服」に群がる思考停止の群衆へ:「iPhone大国、日本」に潜む気色の悪い同調圧力

カフェで見かける「異常な光景」と、そこに漂う寒気

休日のカフェや電車の中。ふと周囲を見渡してみる。
テーブルの上に置かれたスマートフォンやノートPCの大半が、判で押したようにApple製品ばかりであることに気づく。

右を向いても、左を向いても、リンゴのマーク。カラーケースや申し訳程度のストラップで個性を演出しているつもりかもしれないが、その本質は全く同じ。どこにでもある量産型の端末だ。

この光景を「洗練されたブランドの勝利」と手放しで称賛する者がいるならば、その感性はあまりにも「おめでたい」と感じる。

我々消費者側、選択する側(選べる側)がこの均一化された空間に覚えるのは、利便性への感動などではなく、もっと根深く、おぞましいもの。
日本人特有の「みんな同列でいなければならない」という強烈な同調圧力への寒気と気色悪さだ

現代において最もパーソナルな道具がスマートフォンのはずだ。個人のライフスタイル、趣味嗜好、経済感覚、そして「道具に何を求めるか」という価値観がダイレクトに反映されるべき対象である。

それにもかかわらず、猫も杓子も同じ端末を握りしめている。「ブランド力」といえばそこまでだが、この光景は、もはやガジェットの流行というレベルを超えている。

全員が同じ服を着ることを義務付けられた学校の制服や、企業のユニフォームを見せられているかのような、強烈な「横並びの強制」がそこには漂っているのだ。

数字が証明する日本の「異質さ」と、若者のリアルな病理

この違和感は、決して主観的な妄想ではない。世界のスマートフォン市場のデータに目を向ければ、日本の市場がいかに歪で異質であるかが1発で証明される。

世界全体におけるOSシェアを見れば、Androidが約7割以上を占めており、iPhone(iOS)は3割に満たないマジョリティ(少数派)に過ぎない。

これがグローバルにおける「普通」の感覚であり、多様な選択肢の中から自分に合ったものを選ぶという、極めて健全な市場の姿である。

しかし、日本市場だけは全く逆の現象が起きている。長年にわたりiPhoneのシェアが半数を超え、特に10代・20代の若年層に至っては、その割合が7割から8割にまで跳ね上がると言われている。

なぜ、これほどまでに日本人はiPhoneに固執するのか。各種の意識調査で挙げられる理由は、どれも目眩がするほど主体性に欠けたものばかりだ。

「みんなが使っているから」

「友達と操作方法を教え合えるから」

「Androidだと、周囲から『なんでそれにしたの?』と聞かれて面倒だから」

ここにあるのは、「製品が優れているから」という能動的な理由ではない。ただ「周囲とはみ出さないため」という、極めて後ろ向きで、自己防衛的な動機である。

近年では、学生たちの間で「Androidを使っていると、友達同士のメッセージグループやデータ共有(AirDropなど)から仲間外れにされる」という、いわゆる“ガジェットカースト”のような現象すら囁かれている。

これこそが、ガジェット選びの場にまで持ち込まれた、日本特有の「いじめの構図」であり、陰湿な同調圧力の正体に他ならない。

「みんなが使っているから」という思考停止の気色悪さ

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