バイバイさよなら、またいつか
さぁオカンの葬儀も、本日が最終日。
昨夜までの雨も上がり、旅立ちの日に相応しい晴天である。
まずは喪主として皆様にきちんと挨拶しなければね。
あ、そうそう・・・腹回りが不安だった礼服ですが、連日のランニングが功を奏して、ちゃんとズボンが履けましたよ。ヽ(`∀´)ノ ウヒョー

それでは祭事場にてスタンバイです。
葬儀の様式や流れは、各地方・宗派・寺によって全く様式が違いますので、あくまでも一例だと思ってください。


お椀の水に、紙をを浸し軽く水分を含ませる。
そして故人の唇を左から右へ、優しくなでるようにして湿らせます。

これらの儀式は、故人の安らかな旅立ちを祈り、あの世でのどの渇きや飢えに苦しまないように願う意味があるのです。

ここから「お別れの儀」です。(棺の中の故人の周りを花で飾る)
花で囲まれたオカンは、心なしか笑顔。

岩手県では一連の葬儀において火葬がメインとなりますので、弔問客が一番多く来るのですよ。(受付必須

火葬はここから1時間ちょい掛かりますので、遺族控室で待機。
このちょい前に姪っ子の婚約者が駆けつけてくれました。
オカンも冬の挙式を楽しみにしていましたが、残念ながら間に合いませんでした。
でもこうやって来てくれるのは嬉しいですね。
まだ入籍していないので厳密には他人ですが、でもオカンや我々の認識では既に親戚。
結果的にこちらの親族への挨拶を兼ねる形になりまして、控室が暖かい空気に満たされました。
旅立つ者もいれば、新たに縁が繋がる者もいる。
そうやってバトンは次の世代へと受け継がれていくのですね。

さぁ火葬が終わりました。
ここからはお骨の周りに遺族が集まり、箸で拾ってお骨を骨壺の中に入れていきます。

姪っ子(孫)、姉(長女)、私(喪主)の3人でそれぞれ、弔問客に御挨拶。
うむ、普段使わない言い回しは、やはり噛んでしまいますね。
でも自分なりには喪主として、まずまずの働きが出来たのではないかと思います。

そして自宅で祭壇を設置し、お骨と写真を供えます。(49日間
ちなみに四十九日(しじゅうくにち)とは、故人が亡くなった日を1日目と数えて49日目に、極楽浄土へ行けるよう祈る仏教の重要な法要であり、喪に服す期間が明ける「忌明け(いみあけ)」の区切りです。
この時に故人の納骨が行われます。
よし、とりあえずこれにて一区切り。
金融機関手続きや病院への支払い、土地相続などやる事は山積みですが、とりあえず弔問客対応は終了。
まずは何と言ってもオカンの用意周到さですよね。
エンディングノートに各種連絡先一覧を纏めていたし、遺影も生前に自分で撮影済みだったんですよ。(イエイ!
「誰にも迷惑を掛けない」と言うオカンらしい行動ですが、それゆえに我慢ばかりして体調悪化させてしまったので、介護者としては痛し痒し。

人は今世でのお役目を終えると、その魂は天へ上ると言われています。
そして私にとって「死」とは、終わりや消滅ではなく何かから解放されて、本来のあるべき場所へと還ることなのだと思います。
今頃は、先に亡くなった兄弟たちやオトン、そして猫のクーすけが、お迎えに来ているのでしょうか。
私はオカンの闘病生活を、傍らでずっと介護してきました。
だから、他の親族とは少し違った視点で、この旅立ちを見ているのかもしれません。
最期まで全力を尽くし切った、その姿をずっと目の当たりにしてきました。
だから今は、悲しいという感情よりも、
「よく頑張ったね」
という気持ちのほうが強い。
むしろ、笑顔で送り出してあげたいと思っています。
たくさんの人たちが、オカンとの別れを惜しんでくれました。
教え子たちも、孫たちも、ちゃんと育って、それぞれ自分の道を歩んでいます。
だから、もう心配しなくて大丈夫。
これでやっと、呼吸も楽になったかな。
今はもう、カラダも楽ですか?
先に逝ったみんなにも会えましたか?
それなら、よかった。
では、オカン。
バイバイ、さよなら。
また、いつか。
<追伸>
多くの閲覧並びにコメント、誠にありがとうございます。
皆様の優しい心遣い・応援のお陰で、拙い私も何とかここまで歩くことができました。
また日を改めまして、「総括」と言った形にて今回学んだ人生哲学について纏めさせていただきます。
まずは取り急ぎ報告という事で、サラっとレポしておきました。
