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【ショートショート】 本当にカリフォルニアのスタイルかどうかまではよくわからないTrick and Treat 《せりふ三題噺》

注:お食事時は避けたほうがいい内容かも知れません


金曜の夜だからと、会社帰りに一人で入った居酒屋で飲み過ぎてしまった。
乗り換えの駅で迫る便意を覚えた。まだ人が引ききらない時間だったが、運良く個室が空いていて助かった。床には言葉にするのが躊躇われるものたちがそれなりに散っていたが、週末の夜なんてまぁそんなものだろう。
ズボンを下げ、便器に座りながら考える。あとほんの少し遅かったら危なかった。だが、万が一間に合わなかったとして、40を過ぎ家庭も友人と呼べる存在もない。両親ももう亡くなった。仕事を惰性でしているだけ。暗闇を歩いているようなものだ。人前で粗相をしでかし、仮に職場をクビになったとて、それがどれほどの問題なのだろうか。
一息ついたところで、トイレの出入口から騒がしい流暢な英語の会話が聞こえてきた。おそらく男二人に、女が一人? おいおい、男子トイレだぞ。
足音が個室の前で止まる。
「トリック・オア・トリート!」
「ふざけんな! 今かよ!? 駅のトイレで腹下してるサラリーマンに絡んでどうすんだ!! それに今日11月1日だぞ! ハロウィーンは昨日終わっただろうが!」
「ノーノー。今日がハロウィーンでーす」
「なんでだよ!?」
「カリフォルニアはただいま、10月31日の18時でーす」
「くそ、時差か! こっちの時間で動けよ! 日本のド真ん中だろうが、無駄に陽気なカリフォルニア族どもめ!」
「おにいさん、英語上手ですねー」
「オッサンだよ!! 若いころ人生探しに行ってミズーリで死にかけて戻ってきたんだよ!! カリフォルニアにも一応行ったよ!」
「Oh〜、それは大変でした。お菓子下さい。でないとグルグル巻きにしちゃうぞ♪」
「話聞いてたんか、ミイラ男!? 絡むな、酔っ払いの中年リーマンに! そんな洒落たもんなんか持ってねぇよ!!」
「まぁ、そんなにツンケンしないで。クッキー下さい。でないと血を吸っちゃうぞ♬」
「うるさいよ、ドラキュラ男! 大と小が一通りスッキリして吐き気しか残ってねぇわ! むしろやるわ、こんなドロドロの血液! サラサラなのと入れ替えてくれんならな!」
「リラ〜ックス、リラ〜ックス、Mr。キャンディ下さい。でないと呪っちゃうぞ♡」
「魔女か!? 魔女コスか!? 言っとくが俺はいくらベロンベロンに酔ってても、じゃあ俺のキャンディをあげるよ、なんてひねりも何もないただただ下品なだけのド下ネタなんぞ口が裂けても言わないからな!! それと既に人生半分呪われてるようなもんだよ! 日本の酔っ払いナメんな!!」
(注釈:英語ではキャンディをそういう意味で使うこともあります)
「せっかくのハッピーハロウィーンですよー」
「駅のトイレで便意催してるやつに絡んでるクセして、どんな基準でハッピーハロウィーンって言ってんだよ!? じゃあ、あれだな? お菓子代わりに今しがた俺のケツから出たものをやってもお前らちゃんと受け取るんだな!? そうなんだな!? それがカリフォルニアスタイルなんだな!?」
「Oh…sorry.ごゆっくり〜」
トイレの出口に駆けていく足音たち。
んあ〜…!と一つ、深く大きな溜め息をつく。あぁ、疲れた。
ドンドン! ドンドン! 個室のドアが叩かれる。
「なんだ!? まだ…」
「お客様? お客様、大丈夫ですか?」
日本語。男性の声。
「えっ…あ、はい!」
「駅員の者です。失礼ですが、他のお客様からトイレの個室で一人英語でずっと喋っている方がいるとの情報がありまして、様子をうかがいに来ました」
「一人…いや、今さっきハロウィーンの外国人たちがやたらと絡んできたんですが」
「そのような方たちは見かけませんでした。失礼ですが、お酒をかなり飲まれていますか?」
「えぇ…はい。すいません、今出ます」
急ぎ尻を拭き、ズボンを履き、水を流し、個室のドアを開ける。
「すいません、お騒がせしました」
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ。ちょっと、手と顔を洗っても?」
「どうぞ」
水と液体ソープで手を洗い、顔に二度水をかける。酔いはもうだいぶ醒めた。
「この後はどちらに?」
「返る途中です。もう大丈夫です。本当にお騒がせしました」
「わかりました。お気を付けて」
駅員と一緒にトイレを出る。そこから5mほど離れた位置に、女性の駅員が立っていた。年は同じぐらいか。そして、以前見たことのある顔。
女性駅員が近づいてくる。
「お客様、大丈夫ですか?」
「えぇ、はい…」
胸元の名札に目をやる。【副駅長 片山】とある。
「片山…ひょっとして、美波さん? 相模二中だった?」
「…あなたは」
「久住。覚えてないかな、久住大吾。二年のとき同じクラスだった。あの、ほら、あれだよ、一緒の班だったときとかあったよね。で、ほら、なんかのレポートとか出すのが遅かったりで、よく俺らで居残りさせられてた。えっと他には…ごめん、弱いエピソードで」
しばし考え込む片山さん。
「…ごめんなさい。思い出せません。卒業アルバムを見れば分かるかも知れないけど」
「いや、いいんだ。俺だって他のやつらのことはほとんど忘れてる。アメリカで灯油ぶっかけられたり、両親を順番に看取ったりしていたうちに忘れちまった。
でも…会えてよかった。およそ最悪な形の再会で申し訳なかったけど。仕事、大変だね。体には気をつけて。こんな酔っ払いがいうのもなんだけど」
「確かに飲み過ぎは控えたほうがいいかも知れませんね。よければ…改札まで送りましょうか?」
「いや…大丈夫。大丈夫、あと数駅だから。それじゃあ」
改札をタッチして階段を下り、乗り換え線のホームへ。ここからあと3駅。
不真面目な生徒だった。そんなのがたまたま重なって、先生は苦労しただろう。片山さんは、フザケて下らない俺らのバカ話を聞いて、内心は呆れていたかも知れないが、誰よりも面白そうに笑ってくれた初恋の人だ。本当に他愛のない思い出だけど、今でも覚えている。
一週間の疲労を滲ませた電車がホームに滑り込んでくる。乗車して顔を上げると、向かいのホームで陽気なミイラとドラキュラと魔女がニコニコと手を振っていた。
俺は苦笑いして、小さく手首だけ動かし、一度だけ振り返した。
陽気でサプライズ好きのカリフォルニア人たちめ。トリックもトリートも最初から用意してたのか。
やられたよ、ありがとう。悪態ついてわるかったな。
クソ、泣かせんなって。愛してるぜ、カリフォルニア。ミズーリのやつらにはくれぐれも歩行者に灯油ぶっかけんなって伝えといてくれ。





*こちらに参加させていただきました🙇‍♂️
 お題 
せりふ:トリック・オア・トリート!
 三題:キャンディ、暗闇、魔女



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