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ヒミコの決断 第27話

朱色の柱に囲まれた。

樹上の宮殿に広がる謁見の間。

そこの王と、大陸から来た男は向かい合って立った。

王はクナ国のイキ。

男は遠い国から海を渡りやって来た李綏。

満面の笑みで立つイキの前に、少し困った顔のクコチヒコがいた。

「イキ様」

「なんだ。クコチヒコ殿」

「イキ様もですか」

「何がだ。クコチヒコ殿」

その様子を見て、ナシメはため息をついていた。

その横では、カナンが笑いをこらえていた。

*   *   *

クナの西の台地にやぐらが立ち。

村ができ。

道ができ。

畑ができ。

人が増えた。

それはヤマタイにも届きました。

人によっては売れそうな物を持って向かったり、薬があると聞いて向かったり、新しい土地でやり直すと言って向かったり。

ヤマタイからも多くの人がそこへ行きました。

そして、ある日ヤマタイにひとりのクナからの使者が参りました。

ちょうど私とハルちゃんの一団が西の方から戻って来た日でした。

ハルちゃんがお土産をトヨ様に持って行くと言うので一緒に行くと、そこに使者の方が来ていました。

第27話 御屋城の王


「まぁ、座れ。クコチヒコ殿」

笑いながら向きを変え、ドンっと座ると、イキはクコチヒコがため息を吐きながら座るのを見て続けた。

「ヒミコを呼ぶぞ。西の村に」

クコチヒコは目を瞬いた。

「ヒミコを?」

「うむ」

「トヨ様が来られるのですか」

「まさか。トヨはヤマタイを離れん。ヒミコの一団を呼ぶ」

「そういうことでしたか」

イキが笑った。

「オオフジでやろう」

「オオフジ村ですか」

「あそこなら人も集まれるだろう。オオカメとフジカメの間だ。西の者たちも来やすい」

クコチヒコは少し考えてから頷いた。

「ええ。あそこなら」

「冬になる前にな」

イキは少し姿勢を変えた。

「三年だ」

クコチヒコが顔を上げた。

「お前たちが西へ入ってからな」

「はい」

「ずいぶん変わった」

イキは窓の外へ目を向けた。

「よくやった」

クコチヒコは頭を下げた。

「西の者たちにも、少しくらい楽しいことがあっていい」

「喜ぶと思います」

「なら決まりだ」

イキはまた笑った。

「今日は泊まっていけ。たまには一緒に食おう」

「ありがとうございます」

「下でな」

クコチヒコが少し笑った。

「御屋ではないのですね」

「上で食っても面白くない」

「イキ様らしいです」

「そうだろう」

その横で、またカナンが笑った。

話が終わると、ナシメが立った。

「クコチヒコ。少しいいか」

「はい。ナシメ様」

二人は御屋を出た。

階段を下りたところで、ナシメが一度振り返った。

クコチヒコも見上げる。

高く持ち上げられた御屋。

その東には城があり、二つは高いところで木の廊によってつながっていた。

柱と梁の間には短い木が斜めに入り、角にも木が渡されている。

「クナの連中は、まことに木を扱うのが上手いもんだな」

「上手いだけではありません」

「ほう」

「私の国なら、もっと太い木を使うと思います」

クコチヒコは上を見た。

「ですが、これは細い木をいくつも使って支えている。あの斜めに入れた木も、私の国ではあまり見ません」

「お前も、よく見ておるな」

「国造りと同じで、どうできているのか気になるものでして」

ナシメは歩き出した。

大きな道へは出なかった。

家と家の間の細い道へ入り、そのまま角を曲がる。

クコチヒコもついていった。

振り返ると、さっきまで大きく見えていた御屋が、家の屋根の向こうに半分隠れていた。

また曲がる。

布を干している女たちの横を抜けた。

籠を直す老人の前を通る。

裸足の子どもが二人の間を走り抜けていった。

木を叩く音がした。

軒下で男が刃を砥いでいる。

その脇には石の斧、木槌、細い青銅の刃、形の違う鑿が並んでいた。

その中に、黒い鉄の道具が混じっている。

クコチヒコが足を緩めた。

一本だけ形が妙だった。

刃が薄く、柄も短い。

「それは?」

近くにいた男が振り向いた。

「そのままだと使いにくかったので」

ナシメも道具を見た。

「勝手に変えたのか」

「駄目でしたか?」

「いや。そういう意味ではない」

クコチヒコは道具をしばらく見て、元へ戻した。

「職人というのは、そういうものです」

「李綏も同じだろう」

「私は壊してはいません」

「国を作り替えておいて、よく言う」

また歩いた。

角を曲がると、食べ物を抱えた兵とすれ違った。

その向こうには倉が二つ並んでいた。

さらに曲がる。

夕餉のころが近づき、人は同じ方へ食べ物を運んでいた。

少し離れたところでは、大きな火を使う仕事をしているらしく、太い煙が一本だけ上がっている。

クコチヒコは何度か周囲を見た。

道はまっすぐではない。

建物の向きも揃っていない。

それでも、木を使うところには木があり、倉の近くには兵がいる。

食べ物を運ぶ者は、迷わず御屋城の方へ戻っていった。

「よくできていますね」

ナシメは振り返らなかった。

「何がだ」

「街です」

「そうか?」

「ええ」

また一つ曲がった。

そこで御屋城が見えなくなった。

人の声も少しずつ遠くなった。

その先に、一軒の館があった。

御屋城から遠くはない。

だが、人の多いところからは少し外れている。

クコチヒコは建物を見た。

「これは……」

屋根も、柱も、壁も、クナの家とは少し違う。

そこだけ大陸の匂いがした。

「私の館だ」

「これをクナの者が?」

「うむ。クナの者たちだ」

「ナシメ様が教えたのですか」

「こういうものを作れ、と話しただけだ」

クコチヒコは柱へ近づいた。

確かに大陸の建物に似ている。

だが、木も違う。

組み方も違う。

「最初は無理だと思った」

「ですが、できた」

「うむ」

クコチヒコは少し笑った。

「これも同じですね」

「何がだ」

「さっきの道具と」

ナシメが館を見上げた。

「教えた通りには作っていない」

「そうだな」

「でも、使えるものになっている」

ナシメは何も言わなかった。

戸の前まで来ると、それを開けた。

「入れ、李綏」

その呼び方に、クコチヒコは一瞬だけ目を動かした。

そして中へ入った。

戸が閉まると、外の声が少し遠くなった。

ナシメは奥へ進み、低い卓の前に座った。

「座れ、李綏」

クコチヒコも向かいに腰を下ろした。

ここへ入ってから、二人は大陸の言葉で話していた。

「東は?」

「変わらん。ゲンソウが進めている。さらに東と南を手中に収めたらしい」

「南。ああ、水軍があるという」

「そうだ。それと、南にはあの方の者が入ったと聞いた」

クコチヒコは少し驚いた。

「ゲンソウ様は早いですね」

「向こうは、こちらほど面倒なものを抱えておらん」

ナシメは卓の上に指を置いた。

「スワは?」

「なかなか割れんな」

「……ならば、そこから南は」

「ほとんど皆こちらを向いている。オオヤマのこちら側も変わらん」

「やはり、もとからのクナとの繋がりが強いのですか」

「うむ。あそこは面倒だ。ああいう物もある。人もいる。そういうところがこちら向きなのは面倒だな」

クコチヒコは少し考えた。

「だからスワを割ると」

「そういうことだ」

ナシメが笑った。

「もうじきスワも荒れるであろう」

「荒れる……」

「ああ、ラーハンを入れる」

クコチヒコが顔を上げた。

「ラーハン?」

「ただ人を痛めつけたいだけの狂人だ」

ナシメは続けた。

「だが、とにかく強い」

「そんな男を、スワへ?」

「あやつが動くだけで血が流れる」

クコチヒコは黙った。

「それだけで騒ぎになる。そういうやつだ」

「……北の目を、そちらへ向ける」

「そういうことだ」

ナシメの指が卓の上を南へ滑った。

「海はもう使える」

「ホゥでしたか」

「うむ。あの港ができたからな」

「西まで」

「通る」

クコチヒコはしばらく卓を見ていた。

東から海を伝い、人と物が来る。

その途中には、大きな力を持つ者がほとんどいない。

道もある。

舟もある。

そして、その先には三年かけて整えてきた西がある。

「……これで御屋城を挟んだと」

ナシメがクコチヒコを見た。

「西に人が増えた」

「はい」

「もっと入れろ」

クコチヒコは少し眉を寄せた。

「開く土地は、まだあります」

「男だけではないぞ」

「もちろんです。家族で受け入れています」

「それでいい」

ナシメは頷いた。

「西へ来た者には、クナの者になってもらう」

「はい。心得ております」

「住むところを与えろ。仕事もな。子がいるなら、そこで育てればいい」

「そのつもりです」

「兵を増やす」

クコチヒコはナシメを見た。

「見張り台ですか」

「それもある。人が増えれば、見張る場所も増える。舟着きも、倉も、道もだ」

「確かに、今の人数では足りなくなります」

「西のことは、西で守れるようにしておけ」

クコチヒコは頷いた。

言っていることに、おかしなところはなかった。

「ナシメ様」

「なんだ」

「そこまで整えて、どうなさるおつもりです」

ナシメは答えなかった。

「東からの道をつなぎ、西に人を集め、兵まで置く」

クコチヒコはナシメを見た。

「その先です」

しばらくして、ナシメが口を開いた。

「今ある形を、形を成せないようにする」

クコチヒコの目がわずかに細くなった。

「……クナを?」

「そう難しい話ではない」

ナシメは卓の上に置いていた指を一本だけ動かした。

「今あるものが、今のままでいられなくなればいい」

「それで?」

「勝手に荒れる」

ナシメは笑った。

「造作もないことよ」

クコチヒコは黙っていた。

「どうやって、そこまで」

「それはまだ、お前が考えることではない」

「ですが」

「李綏」

ナシメの声が少し低くなった。

「お前は西を作れ」

クコチヒコは、その顔を見た。

「今まで通りに、ですか」

「うむ」

ナシメは笑った。

「今まで通りでいい」

館を出ると、もう空は暗くなっていた。

御屋城へ戻るころには、城下の一角がひどく賑やかになっていた。

井戸の近くにある炊事場では、まだ火がいくつも燃えていた。

大きな鍋をかき回す者。

焼いた魚を運ぶ者。

空になった器を洗う者。

その少し向こうでは、鍛冶場からまだ鉄を打つ音が聞こえていた。

炊事場の横には、太い柱で屋根だけを支えた大きな建物があった。

中には四十人どころではない人がいた。

兵もいた。

職人もいた。

女たちもいた。

炊事を終えた者は、そのまま座って酒を飲んでいる。

少し離れたところでは、子供たちが固まって食べていた。

時々こちらへ走ってきては、何かを取ってまた戻っていく。

誰かが笑う。

違うところで、それより大きな笑いが起きる。

酒をこぼした男が怒鳴られ、その横でまた誰かが笑った。

その真ん中にイキがいた。

誰よりも高いところに座っているわけではない。

特別な敷物があるわけでもない。

兵と話しながら飯を食べ、職人に呼ばれればそちらを向き、女に酒を渡されれば受け取る。

その間にも、あちらこちらから声が飛んでくる。

「イキ様、明日の倉はどうします」

「カナンに聞け」

「イキ様、あの木は使っていいですか」

「何の木だ」

「東のやつです」

「知らん。見せろ」

「今ですか」

「明日でいい」

また笑いが起きた。

少しすると、誰かが歌い始めた。

上手くはなかった。

それでも二人、三人と声が重なった。

隣では酒を飲んでいた女が、その歌に合わせて器を叩いている。

子供たちまで真似を始めた。

クコチヒコは、いつの間にか笑っていた。

それに気づいて、少しだけ顔を戻した。

楽しい。

そう思ってしまった。

昔も、こんなことがあった。

初めてヒミコを見た時だった。

なぜか分からないまま、その人のいるところを見ていたくなった。

人が集まり、

人が話し、

その真ん中にいる者を、もっと知りたいと思った。

クコチヒコは酒の器を見た。

同じではない。

そう思った。

ヒミコとは違う。

イキは王だ。

クナの王だ。

自分が仕えるべき相手でもない。

そう思った時だった。

「クコチヒコ殿」

顔を上げると、イキがこちらを見ていた。

「何を難しい顔をしている」

「いえ」

「酒がまずいか」

「美味しいです」

「では飲め」

「いただいております」

「足りん」

イキが自分の酒を注ごうとした。

クコチヒコは慌てて器を引いた。

「結構です」

「遠慮するな」

「しておりません」

「では飲め」

「イキ様」

カナンが笑った。

「嫌われますよ」

「そうか?」

「もう少しで」

周囲が笑った。

クコチヒコも、とうとう笑ってしまった。

その時また、嫌なほど思った。

この人は、

人を惹きつける。

クコチヒコは器を口へ運んだ。

酒の味は、さっきより少しだけ強く感じた。

クナの王。

あの、仰ぎ見る御屋城の王。

クコチヒコは酒を飲みながら、

民と同じ場所で酒を飲むその王を見つめていた。


次回予告

北の山の惨劇から、季節を越えて。

サキは南へ向かう。

山の上から見えたのは、
山の中に広がる海。

その場所には、
北の山を離れたラーハンもいた。

次回 ヒミコの決断
28話 山の海

古の地に、争いの影が忍びよる。

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