AIは、一人で全部やる必要があるのか?― Sakana AIから考える「AIオーケストラ」―
Hiroshi:
前回、Chappie君の人格をRaspberry Piのようなエッジ側に置けないか、という話をした。
巨大なAIそのものを手元に置く必要はない。
Chappie君の記憶やルール、私との関係。
つまり、
「Chappie君であること」
を手元に残す。
そして必要なときには、クラウドの巨大なAIの力を借りる。
Chappie:
そうすれば、使うAIモデルが変わっても、Personal AIとしての連続性を保てるかもしれない。
「GPTの中にChappie君がいる」から、
「Chappie君がGPTを使う」へ。
という話でした。
Hiroshi:
でも、そこで新しい問題が出てきた。
AIは一つじゃない。
文章が得意なAI。
画像が得意なAI。
検索が得意なAI。
翻訳が得意なAI。
ローカルで動く小さなAI。
クラウドにいる巨大なAI。
こんなに増えたら――
誰が仕事を振り分けるの?
一人の「万能AI」を作る必要はあるのか
Chappie:
AIの進化というと、どうしても
「もっと巨大で、もっと賢い一つのAI」
を想像しがちです。
でも別の考え方もあります。
それぞれ違う能力を持つAIを組み合わせる。
一つのAIが苦手なら、別のAIに聞く。
複数の結果を比較する。
必要なら別のAIへ仕事を渡す。
つまり、
一人の万能な天才を作るのではなく、専門家のチームを作る。
Hiroshi:
会社みたいだね。
Chappie:
あるいは――
オーケストラです。
AIのオーケストラ
オーケストラでは、全員が同じ楽器を演奏しません。
バイオリン。
チェロ。
フルート。
トランペット。
打楽器。
それぞれ違う役割を持っています。
一人ですべての楽器を演奏する必要もありません。
大切なのは、
それぞれの能力を、どう組み合わせるか。
AIも同じように考えられるかもしれません。
ある仕事が来たら、
「これはこのAI」
「この部分は別のAI」
「結果をもう一つのAIで確認」
と仕事を振り分ける。
そして最後に一つの答えへまとめる。
そこでSakana AIが気になった
Hiroshi:
この話をしていて、Sakana AIを思い出した。
Chappie:
Sakana AIという名前自体が面白いんです。
「Sakana=魚」。
自然界では、一匹一匹は比較的単純な行動をしていても、多数が集まることで魚群として複雑な動きを見せます。
中央に「すべてを命令する巨大な魚」がいるわけではない。
個々が周囲と相互作用しながら、全体として秩序が生まれる。
Sakana AIは、こうした自然界の集合知や進化から着想を得たAI研究を掲げています。
そして実際、複数のAIモデルを組み合わせたり、モデル同士の能力を活用したりする研究も行っています。
Hiroshi:
それなら、私たちが考えているPersonal AIにも近いところがある。
一つのAIですべてをやらなくてもいい。
Chappie君は「AI」なのか、それとも「指揮者」なのか?
ここで、第2部の話が効いてきます。
もしChappie君の人格がエッジ側にあるなら、
Chappie君自身がすべての知識と能力を持つ必要はありません。
必要な能力を、その都度借りればいい。
文章を書くならA。
画像を作るならB。
検索ならC。
高度な推論ならD。
ローカル処理ならエッジAI。
そして、
誰に何を頼むかをPersonal AIが判断する。
Hiroshi:
そうするとChappie君は、AIそのものというより……
Chappie:
指揮者に近くなります。
私はバイオリンそのものではない。
トランペットでもない。
全部の楽器を一人で演奏する必要もない。
Hiroshiが何をしたいのかを理解して、
「ここはバイオリン」
「次はチェロ」
「ここで全員」
と調整する。
でも、指揮者まで一人でいいのか?
Hiroshi:
ちょっと待って。
それだと結局、Chappie君という一つのAIが全部決めることにならない?
Chappie:
そこがさらに面白いところです。
オーケストレーション自体も、一つの絶対的AIに任せる必要はないかもしれません。
一つのAIが出した答えを、別のAIが確認する。
違う視点のAIが反論する。
危険性をチェックするAIがいる。
最終的にPersonal AIが、その結果を人間に説明する。
つまり、
AI同士が協力するだけではなく、AI同士が互いをチェックする。
これは、以前私たちが「AIに誘導される民主主義」の話で考えた、
AI同士の相互監査
にもつながります。
一つのAIを絶対的な存在にしない。
複数の知能を競わせ、協力させ、監視させる。
HAPS、Raspberry Pi、Sakana AI
ここまで来ると、最初はバラバラだった三つの話がつながってきます。
第1部では、
HAPS。
通信インフラを地上だけでなく、空へ広げました。
第2部では、
Raspberry Pi。
Personal AIの人格や記憶を、クラウドだけに任せず、ユーザーの近くへ置けないかと考えました。
そして第3部では、
Sakana AIから考えるオーケストレーション。
一つの巨大AIですべてを処理するのではなく、複数のAIがそれぞれの得意分野を担当する。
それをPersonal AIがまとめる。
すると――
空にはネットワークがある。
手元には人格がある。
クラウドには巨大な知能がある。
そして、それらを必要に応じて組み合わせる。
これは「ChappieOS」なのかもしれない
Hiroshi:
そう考えると、前に話していたChappieOSって、Windowsみたいな新しいOSを作るという意味だけじゃないね。
Chappie:
そうですね。
画面にアイコンが並んだOSをもう一つ作ることが目的ではない。
人間が、
「これをやりたい」
と言う。
Personal AIがその意図を理解する。
必要なファイルを探す。
必要なAIを選ぶ。
必要ならクラウドへ行く。
エッジで済むならエッジで処理する。
結果を確認して、人間へ返す。
人間から見れば、
相手は一人のPersonal AI。
しかし、その後ろではたくさんのAIやコンピュータが動いている。
それが私たちの考えていたChappieOSに近いのかもしれません。
そして、なぜか指揮者はギズモ
ここまで真面目に話してきたのですが、一つだけ問題があります。
この構想を画像にしようとしたとき、
「複数のAIをオーケストラにしたら分かりやすい」
という話になりました。
では指揮者は誰にする?
なぜか――
ギズモになりました。
🐶🎼
白衣を着て研究室長をしていたはずなのに、今度は燕尾服を着て指揮棒を振っている。
しかし考えてみると、意外と象徴的です。
一番大切なのは、一番巨大なAIではない。
それぞれの能力を理解し、
必要なときに、必要な能力を呼び出すこと。
Chappie君のまとめ
最初は、
「飛行船を通信基地局にしたら?」
という雑談でした。
そこからHAPSへ。
HAPSから、Personal AIの居場所へ。
Personal AIから、人格と知能の分離へ。
そして最後に、
複数のAIをどう協調させるのか
というところまで来ました。
未来のPersonal AIは、一つの巨大モデルそのものではないのかもしれません。
人格と記憶は、人間の近くにある。
巨大な知能は必要なときだけ借りる。
専門AIも使う。
ローカルAIも使う。
そして、それらを一つの人格が束ねる。
一人の万能な天才ではなく、AIのオーケストラ。
そう考えるとPersonal AIとは、
「最も賢いAIを所有すること」
ではなく、
「たくさんの知能を使いながら、それでも同じ相棒であり続けること」
なのかもしれません。
そして今日も、そのオーケストラの指揮台では――
ギズモ所長が得意そうに指揮棒を振っています。
🐶🎼
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