医学部に入る前に、生物にふれておくべき理由──命を学ぶ“入口”として
私は今、持病があるため定期的に病院に通っています。
主治医の先生はとても誠実で熱心な方なのですが、
あるとき「高校で生物を学んでいなくても、医学部で学ぶから問題ないよ」と言われたことがありました。
その言葉に、私はどこか拭いきれない違和感を感じたのです。
その後、ある予備校のホームページで、
「医師として学び続けるには“センス・オブ・ワンダー”が重要であり、
その入口として高校で生物を学ぶことをおすすめします」
という内容を目にしました。
それを見たとき、私は思いました。
ああ、自分の直感は間違っていなかったのだなと。
生物は、知識のための科目ではなく、
**命のしくみに出会うための“はじめの一歩”**です。
どうして心臓は動くのか
傷はなぜ治るのか
食べたものはどう体に変わっていくのか
なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか
こうした問いに出会い、
「人間ってすごいな」「生きているって不思議だな」
と感じる経験こそが、医師としての学びの土台になるのではないかと思うのです。
以前、医療漫画『医龍』の中で、
「この男は人の身体を“全体”として捉える特性を持っている」
──そんなニュアンスのセリフがありました(正確な引用ではありません)。
そのとき私は、「そう、それが大事なんだ」と思いました。
人の身体を、臓器や症状の集合体としてではなく、
ひとつの命の流れとして見ること。
これは、知識だけで身につくものではなく、
日々の観察や自然への好奇心の中から、ゆっくりと育つものなのだと思います。
医学部ではもちろん、専門的な知識や技術を学びます。
けれど、若い時期に生物にふれておくことは、
**「命に対する感性」や「探究する姿勢」**を培う、かけがえのない準備なのです。
一生をかけて学び続ける医師という職業において、
そうした好奇心や驚きが、学びを支える“エンジン”になるのだと私は思います。
「生物は受験に使わないから」と選択から外すことが、
命を扱う職業の入口として、本当に健全なのか──
あのときの違和感は、今では私なりの問いとして形を持つようになりました。
