【オタ活昔話】私が「お茶の間ファン」から「ガチ勢」へと覚醒した、2001年の“オバケ事件”
今から約25年前。私とKinKi Kidsの、今でも震える最高の思い出のお話です。
私がKinKiを知ったのは、CDデビューよりも3〜4年前。2人が毎日のようにドラマやバラエティに出ていた頃でした。「なんて可愛いんだろう、歌もダンスもお芝居も上手い!」と一目惚れ。当時はデビュー前に武道館で単独ライブをやるなんて異例中の異例で、「なかなかデビューしないのは、事務所初の芸人コンビ誕生か!?」なんて本気で思っていたほどです(笑)。
そして1997年、満を持して「硝子の少年」でデビュー!当時はSNSもYouTubeもない時代。私の推し活といえば、仕事や家事の合間に、ネットの「掲示板」や「チャット」でファンのお友達と愛を語り合うことでした。それだけで十分幸せな「お茶の間ファン」だったんです。
ところが2001年、運命の歯車が狂い出します(良い意味で!)。
アルバムの応募券で当たる、トークショー付きのフィルムコンサートがありました。私は応募すらしていなかったのですが、ネットの掲示板で知り合ったKinKiファンのお友達(偶然にも隣町!)が、「自分が当選したから、ネットで譲ってくれる人をもう1人分見つけたよ!一緒に行こう!」と誘ってくれたんです。
主人に話すと、「タダなら行ってくれば?」の一言。
……フフッ。その後、私がどれだけ推し活にお金を注ぎ込むことになるか、この時の主人は知る由もありません(笑)。
【ふるさとEふれあいalbumキャンペーン KinKi Kids FILM CONCERT 2001 SUMMER 〜年末年始のドームコンサートの前にKinKiがあなたの街にやってくる〜】
という長ーいタイトルの名目はフィルムコンサートとなっていますが、MVを観ながらのトークショーという感じでした。ただ、全国各地の会場で2ヶ所同時に開催。
あっちの会場には剛くん、こっちの会場には光一くん。みたいにどちらかが来ますが、どちらがいらっしゃるかは当日まで内緒。
友人も私も光一くん寄りではありましたが、箱推しだったので「誰が来てもいいよねー。」なんていいながら向かいました。
当日、初めて会った彼女とは趣味が同じなのもあってすぐに意気投合!向かったのは名古屋センチュリーホール。しかも、午前の部に入った人の情報から、私たちの回に登壇するのは「光一くん」だと判明!(本当はもっと「どっちかな〜?」っていうドキドキを感じたかったけど。笑)
会場の入り口で、スタッフさんから無造作に手渡されたチケット。
パッと目を落とした瞬間、頭が真っ白になりました。
「2列目、ドドドドど真ん中!!!!!」
初めて生で拝むKinKi Kidsが、まさかの2列目。
「トークショーだけど記念に買っとく?」と、慣れないうちわとペンライトを握りしめ、いざ開幕。
ち、ち、近すぎる……!!!
ステージに現れた光一くんは、この世のものとは思えないほど美しすぎて、もはや神々しいレベル。
そして「じゃあMV観ましょう」と会場が暗転。
私たちも慌ててペンライトを点灯したのですが、なんせコンサート初心者。曲に合わせて振るなんて高等技術(?)はできず、ひたすら胸元でペンライトを握りしめ、お祈りポーズのまま硬直して画面を見つめていました。
MVが終わり、会場に明かりが戻ったその時です。
ステージの光一くんが、2列目ど真ん中で固まっている私たちをフッと見て、こう言い放ちました。
「そのペンライト、今日買ったの?」
「は、はい……!」(パニックで消え入るような声の私)
「ずっと顔の下で持たれると、オバケみたいだから(笑)」
きゃああああああああーーー!!!
初めて会った光一くんに、ピンポイントでドSなツッコミをいただいてしまった!!!
オバケ!光一くんにオバケって言われた!もうオバケでも何でもいい!!!
そこからの記憶は嬉しすぎて完全にすっ飛んでいます(笑)。
イベントの最後に、光一くんが「SHOCKもよかったら観に来てください」と言っていました。心の中で「絶対に行きます!!!」と大絶叫した私は、その数ヶ月後、見事にSHOCKのチケットを当選させ、帝国劇場の客席に座っていました。
あの日、掲示板のお友達が誘ってくれなかったら、私は一生お茶の間ファンのままだったかもしれません。
残念ながら、彼女はその後、東北の実家に引っ越してしまい、今は音信不通になってしまいました。でも、どこかでこの記事を読んで、「あ、これ私のことだ!」って懐かしんでもらえたらいいな、なんて密かに願っています。
あの「オバケ事件」から始まった私の華々しい推し活人生。
あの日からずっと、私の心はあの2列目の景色のまま、DOMOTO(KinKi Kids)に激しく沼り続けています!
