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現場の風、心の迷い…57歳、営業本部長の孤独な挑戦


第一章:曇り空のパーキングエリア

北風がフロントガラスを叩く2月の午後。
57歳の営業本部長、永作雄太(ながさく・ゆうた)は、九州の山間部を走る高速道路のパーキングエリア(PA)にいた。

「永作さん、わざわざ。見ての通り、閑散期ですよ。鳥の鳴き声の方がお客様の足音より多いんじゃないかな」

売店店長の佐藤が、自嘲気味に笑いながら湯呑みを置く。
永作は苦笑いしながら、自社の棚に目をやった。
「ご当地菓子」と銘打たれた華やかな箱入りのバームクーヘンや、金箔を散らしたような高級感のある煎餅。

しかし、その多くには「20%OFF」のシールが貼られ、賞味期限が迫っていることを告げていた。

永作はこの業界に30年以上いる。
自社は九州で名の知れた中堅メーカーだ。
チョコ、バームクーヘン、煎餅、ビスケット、夏場のゼリー。

大手メーカーのOEM(受託製造)も手掛けており、技術力には自信がある。他社がヒット商品を出せば、裏の原材料表示を見れば大体の配合は分かるし、どの機械を使えば再現できるかも察しがつく。

だが、最近の永作は、分かれば分かるほど、自分が何を作っているのかが分からなくなっていた。

「売上さえ上がれば」という焦りから、数年前には「関東限定」と書かれた商品をこの九州のPAに並べることすら許可してしまった。

ご当地とは何なのか。プライドと数字の狭間で、永作の心は冬の空のようにどんよりと曇っていた。


第二章:15分間の観察

佐藤店長のスマートフォンが鳴り、彼が奥の事務所へ消えた。

永作は一人、売店の隅で手持ち無沙汰に立っていた。
平日の午後2時。
客はまばらだ。入ってくるのは、ほとんどが紺色やグレーのスーツを纏ったビジネスマン、つまり自分と同じ「働く男たち」である。

彼らはまずトイレを済ませ、眠気覚ましのコーヒーを買い、そしてふらりと土産物コーナーへ足を運ぶ。

一人のサラリーマンが、永作の会社の「特選大入り煎餅(12枚入り・1,500円)」の前で足を止めた。しばらく眺めた後、彼はため息をつき、その隣にあるレジ横の「個包装のまんじゅう(1個120円)」を手に取った。

「家族への土産にする前に、まず自分で味を確かめたいんだな……」

永作は心の中で呟いた。しかし、その男が次に取った行動に、永作の目は釘付けになった。男は土産物ではない、コンビニ棚に並んでいる大手メーカーの「どこにでもあるチョコレート菓子」を一緒にレジへ持っていったのだ。

「なぜ、うちのチョコ菓子じゃないんだ?」

答えは明白だった。

大手の商品は「いつもの味」という安心感がある。
そして何より、値段が150円前後と決まっていて、小遣い制のサラリーマンにとって計算が立つ。

一方で、土産物屋にある菓子は「箱」というハードルが高い。1,000円を超える投資をするには、平日の出張帰りというシチュエーションは重すぎるのだ。

「ライバルは、隣の棚の他社メーカーじゃない。この人の『ポケットの中の小銭』と『移動中の孤独』だ」

永作の中で、乾いた音を立てて何かが繋がった。


第三章:閑散期の「逆転発想」

本社に戻った永作は、即座に商品企画会議を開いた。
「1月、2月は人が動かない。だから売れない。それはもうやめにしよう。
人が動かないんじゃない、『観光客』が動いていないだけだ。
現場には毎日、戦っているビジネスマンや長距離ドライバーがいるじゃないか」

永作が打ち出した戦略は、従来の「贈答用」という常識を捨てることだった。

1. 「眠気覚まし」という機能性への特化

まず着手したのは、主力商品の煎餅だ。これまでは「醤油の旨味」を追求していたが、あえて「激辛」に振り切った。ドライバーの眠気を吹き飛ばすため、唐辛子を通常の倍以上投入。パッケージも高級感を捨て、「運転手専用・猛烈刺激」という無骨なデザインに変更した。

2. 「不揃い・割れ」の価値転換

贈答用には使えない「割れ煎餅」を、チャック付きの袋に入れて「移動中の相棒」として安価で販売した。車内でハンドルを握りながら、指を汚さずに一口で放り込める。これが「見栄を張る必要のない」実利重視のビジネスマンに爆発的に受けた。

3. 「レジ横」の陣地取り

大きな箱入りを棚の奥へ下げ、個包装の商品を3個セットにして「自分用の試食セット」としてレジ横に配置した。500円でお釣りが来る価格設定。これが、堅実なサラリーマンの「ついで買い」を誘発した。

さらに、永作は季節のニーズを「物語」に変えた。
2月は受験シーズンだ。近隣の天満宮とタイアップし、パッケージに「合格」の文字を力強くプリント。地域特産の梅味を活かした「うめぇ(上手い)こといく煎餅」を開発した。

「この時期にわざわざPAに寄る受験生親子の気持ちになってみろ。何か一つでも、縁起を担ぎたいはずだ」

また、増え続けるインバウンド客に対しても工夫を凝らした。あえて英語ではなく「ひらがな」「カタカナ」を大きく配した日本情緒溢れるパッケージが、外国人には「クールな日本」として映り、手に取られるようになった。


第四章:失敗という名の授業料

もちろん、すべてが順風満帆だったわけではない。 永作の鼻息の荒さが空回りしたこともあった。

「これからは高級志向だ!」と息巻いて開発した『王様どらやき』。1個800円という強気の価格設定。最高級の小豆を使い、職人が一枚ずつ手焼きした自信作だったが、結果は惨敗だった。PAを訪れる客が求めていたのは「贅沢」ではなく「手軽な癒やし」だったのだ。

また、コンビニの増量キャンペーンを模倣し、期間限定で「重さ2倍、価格据え置き」のロールケーキを販売した。現場は大混乱、行列はできたものの、売れば売るほど原材料費と物流費が利益を食いつぶし、結果として大きな赤字を出した。

「永作さん、やりすぎですよ」 部下の企画担当者に苦言を呈され、永作は頭を掻いた。 「すまん。でもな、何もしないで『閑散期だからしょうがない』と嘆いているよりは、100倍マシだと思わないか?」


第五章:戦い続ける背中

ある夕暮れ、永作は再びあのPAを訪れた。
棚の構成は劇的に変わっていた。
整然と並ぶ箱入りの横で、無骨な「激辛煎餅」や「チャック付き割れ煎餅」が、誇らしげに空のスペース(売れた証拠)を作っている。

レジに並ぶ一人の若い営業マンが、永作の仕掛けた「レジ横3個セット」と、例の激辛煎餅を手に取った。 「よし、これで帰りの運転も大丈夫だな」 独り言を言いながら財布を開く彼の姿に、永作はかつての自分を重ねた。

出張の孤独、ノルマへのプレッシャー、限られた小遣いの中で選ぶ、小さな自分へのご褒美。 営業という仕事は、単に物を売ることではない。誰かの「今、この瞬間」の切実なニーズに、商品という名の解を提示することなのだ。

永作は、佐藤店長に短く挨拶をして店を出た。
外はまだ寒いが、心には確かな熱があった。 ライバルは隣の棚のメーカーではない。昨日までの「固定観念」という名の自分自身だ。

「さて、次はどの現場へ行こうか」

永作は社用車のエンジンをかけた。 助手席には、試作段階の「スマホを操作しながらでも手が汚れないチョコビスケット」のサンプルが置かれている。 誰が、どこで、どんな顔をしてこれを食べるのか。 57歳の営業本部長の頭の中は、今日も終わることのない企画会議で溢れていた。


※上記に登場する人物名、商品名は仮名になります。

【解説】

ポイント①

閑散期に「売れない」のではなく、「売る相手を間違えていた」

永作は長年、土産菓子=観光客向けという固定観念に縛られていた。
しかし現場で観察した結果、1月・2月のPAには観光客ではなく、平日のビジネスマンやドライバーが確実に存在していることに気づく。
売れなかった理由は景気や季節ではなく、「誰に向けて商品を作っていたのか」を見誤っていた点にあった。閑散期とは需要が消える時期ではなく、需要の顔ぶれが変わる時期でもある。


ポイント②

売上データより「15分の観察」が答えをくれた

永作の転機は、会議室ではなく売店の片隅での“観察”だった。
サラリーマンが大入り箱を避け、個包装を選び、大手の一般流通菓子に安心感を求める姿を見て、競合は他社商品ではなく、財布事情・時間制約・移動中の孤独そのものだと理解する。
商品企画のヒントは市場調査レポートではなく、現場で人が迷い、選び、諦める一瞬の行動にこそ宿っていることが示されている。


ポイント③

小さな工夫と失敗を許容する姿勢が、結果を生む

激辛煎餅、不揃い商品の価値転換、レジ横の陣地取り・・・
永作の施策はどれも地味だが、「今の利用者にとっての実用性」に徹底的に寄り添っている。一方で、高級どらやきや増量キャンペーンの失敗も包み隠さず描かれ、挑戦には必ず代償が伴うことも示される。
それでも「何もしないより、試す方が100倍まし」という姿勢こそが、閑散期を乗り越える原動力になっている。


まとめ

閑散期とは、売上が止まる季節ではなく「思考を更新する季節」である

この物語が伝える本質は、売れない時期の正体は外部環境ではなく、自分自身の固定観念だという点にある。
誰が、どこで、どんな気持ちで商品を手に取るのか。
その問いを現場で繰り返し、仮説を立て、試し、失敗し、また直す。

57歳の営業本部長が続ける孤独な挑戦は、
すべての営業マン・商品企画担当者に向けたメッセージでもある。
ライバルは他社ではない。昨日までの固まった思考の自分自身である。



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