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【映画】死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ

アウシュヴィッツで人体実験など残虐な医学研究を行なったヨーゼフ・メンゲレといえば、ナチ関連SF小説の名作、アイラ・レヴィンの『ブラジルから来た少年』の悪役でした。
映画版も良い出来で、メンゲレをグレゴリー・ペックがなぜか白塗りメイクで演じていて、非常に不気味な存在としてのイメージが強いです。
本作はメンゲレの戦後の逃亡生活を描いた小説を原作にした実録もの映画ということで、あつぎのえいがかんkikiで観て来ました。

最初のシーンは2023年で、医学の教室でメンゲレの遺骨を観察する場面。
双子の研究に熱心だったことが語られ、双子の学生がメンゲレの頭蓋骨をじっくり見つめるという導入でした。
「現代」パートはこれだけで、あとは基本的に、1977年にメンゲレの息子が訪ねてくるパートと、1950年代から60年代にかけてメンゲレが南米で逃亡生活をするパートが交互に出てきます。

息子のロルフは、自らの罪を認めないのかとメンゲレに詰め寄りますが、ヒトラーとナチは正しく、それに従って仕事しただけだと強弁する頑迷なメンゲレの姿が描かれました。
1950年代にはまだまだ精力的にナチ活動を残党たちとともに行うメンゲレですが、逃亡生活の中、次第に老いていく様を、アウグスト・ディールが見事に演じていました。
戦時中のシーンは2箇所ありましたが、それぞれの年齢にあわせたメイクと演技に違和感がなくて驚きです。
年齢を重ねるにつれて、ヒトラーはじめナチ党員らしい演説のような絶叫をするようになっていきます。
そうやって自分の正当性を叫んで、何も自分を変えずに生きていくことしかできない人間の悲しさや怖さが出ていました。

映画としての出来は非常に優れていて、演技だけでなく撮影が素晴らしいです。
基本的に全編モノクロで、かなりコントラストが強くカリッとした映像なので、フィルム・ノワールの雰囲気が漂っています。
カッコ良さもリアリティもありながら見づらくもならず、見事に撮られていました。
フィルムグレインもあまり出していないので、現代らしいモノクロ映像、という独特の感触です。

そんな中、2箇所だけあった戦時中のシーンはカラーで、こちらは当時のカラーフィルムで撮影された実写のような雰囲気を出しています。
メンゲレにとって美しい思い出でもあったかのように、花や女性の美しさなども、収容所の低身長症の楽団による演奏、歌をバックに描かれます。
その中で、障害を持った収容者の殺害や解剖を記録映像のていで映し出します。

衝撃的なシーンですが、短めにして抑制的に撮ったのかなと思いました。
メンゲレはナチ関連の中でも特に悪趣味な好奇心に訴えるところのある人物で、『イルザ ナチ女収容所 悪魔の生体実験』などのナチ・エクスプロイテーション映画の元ネタにもなっています。
さらに、そういう作品を生み出した文芸エロス映画『愛の嵐』、耽美史劇『地獄に堕ちた勇者ども』なども、重要な名作ながらナチ賛美に結びつきかねない「要注意」作品群でもあります。
そういうことを考えると、メンゲレの行為を詳細に描こうとすることは、単なるエクスプロイテーションになってしまうリスクもあります。
そうかといって何も描かないというのも不誠実……という中で、状況のグロテスクさを描くことに注力したのではないかと思いました。
それでも、SSの制服の上に白衣を来てムービーカメラを構える様子などは『愛の嵐』そのものでもあり、個人的には嬉しさはありました(もちろん大戦末期ですので、黒服ではなく本作ではフィールドグレイ制服です)。

監督は、ロシアから亡命してドイツで映画を撮っているキリル・セレブレンニコフという人で、かなりしっかりしたつくりだと感じました。
『関心領域』に顕著でしたが、娯楽性を抑制してでもリアリズムやテーマ性を追求することがこの題材に求められる昨今です。
前半は眠くなりましたが、しだいにメンゲレという人物が浮かび上がってきて、ひどいストレスに苛まなれたまま、頑迷さを克服もできず死んでいく様子が丁寧に描かれ、興味が増していきました。
ネットミームになった『ヒトラー 〜最期の12日間〜』におけるブルーノ・ガンツのヒトラーみたいに癇癪を起こす場面が増えていったのもあります。
「あー、だめだこりゃ」と、息子ですらなすすべもない状態であることがよくわかりました。

いずれにしても、そう単純に理解できる話でもなく、思い出しても意味が把握できないシーンもいくつもありました。
モノクロということもあって、金属の塊みたいな、重くて、手応えがある印象の作品です。
戦後という時代を、何かの虚構のように受け止めて、現実から逃げ続けた人間の姿を怖く感じました。
戦後という時代をふりかえる意義も感じられ、重要な作品になったのではないかと思います。

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