境界を行き来するアートたち|階段の中で見えてきたこと。
階段は、とても日常的なものです。
上る。下りる。通り過ぎる。
普段は意識することもない動作。
でも、それが作品の中に置かれることで、
不思議と少し違って見えてくることがあります。
今回は、そんな“階段”を通して強く印象に残った、3つの作品について。
■《ものがたりの家》|内海昭子
この作品で印象的だったのは、
階段を“使っている人”を見る時間でした。
自分が階段を上り下りしている時には気づかないのに、
誰かがその中を移動している姿を見ると、
不思議と世界が少し客観的になる。
温度が少しだけ下がるような感覚。上る人。下りる人。立ち止まる人。
そんな何気ない動きが、急に“人の営み”として見えてくる。
作品によって、
日常の動作が少しだけ異化されていたのかもしれません。

■《イーストハウス》|南川祐輝
愛知県西尾市・三河湾に浮かぶ佐久島には、
島の各所にさまざまな作品があります。
その中でも印象に残ったのが、《イーストハウス》。
海辺に置かれた白い構造物には階段があり、
実際に上ったり、中へ入ったりすることができます。
ひとつひとつの作品を見るだけでも楽しいのですが、
歩いているうちに、
「島全体を体験している」という感覚が少しずつ身体に染み込んでくる。
その感覚が、とても面白かった。
作品は単独で存在しているのではなく、
島の風景や移動の時間ごと、ひとつの体験になっていました。

■《隠された庭への道》|ダニ・カラヴァン
2014年の札幌国際芸術祭を訪れた際、森の中で静かに出会った作品。
半円状の階段を下り、作品の内部へ足を踏み入れる。
最初はただ「空間に入る」感覚だったのですが、
振り返って外を見た瞬間、急にハッとしました。
森の緑。
外に見える白い構造物。
さっきまでいた“こちら側”。
まるで、一度別の世界へ入っていたような感覚。
作品そのものというより、
境界を越えた身体感覚」が強く記憶に残っています。

■階段に惹かれる理由
今回あらためて感じたのは、
階段は“移動”のためだけのものではない
ということでした。
階段を上る。下りる。振り返る。
その動作を通して、
境界を越える・他者を見る・自分を少し客観視する そんな感覚が生まれることがある。
■どう楽しむか
アート作品を見る時、
「何が表現されているか」を考えるだけではなく、
「自分の感覚がどう変わったか」に意識を向けてみる。
すると、作品との距離が少し変わることがあります。
■最初の一歩
階段を上っている人を、少し眺めてみる。
その姿を見ている自分の感覚にも、静かに目を向けてみる。
そんなところから、
作品との対話が始まるのかもしれません。
余韻
上る。
下りる。
振り返る。
とても小さな動作。
でも、作品の中に置かれることで、
そこに人の営みや、世界との距離感が見えてくることがあります。
階段という構造の中に、
私は時々、静かな“境界”を感じています。
