SixTONESがいなかったら、私はラジオを聴いていなかった
私は、ラジオを聴く人間ではなかった。
正確に言えば、「ラジオを聴く」という選択肢が、私の人生には存在していなかった。
ラジオといえば、車の中でなんとなく流れているもの。
誰かが聴いているのを、たまたま耳にするもの。
私にとっては、そのくらいの存在だった。
そんな私が今では、散歩をしながらラジオを聴き、夜勤の休憩中にラジオを聴き、さらには母親と一緒にラジオを聴いている。
人生、何が起こるか分からない。
私をこんな人間にしたのは、SixTONESだった。
SixTONESが『オールナイトニッポンサタデースペシャル』を始めた。
土曜日の夜、23時30分から25時まで。
推しがラジオをやる。
それなら聴くしかない。
最初は、それだけだった。
ラジオが聴きたいわけではない。
SixTONESが聴きたいのである。
そんな、いたって健全なオタクの動機から、私はradikoをダウンロードした。
そして初めて、ちゃんとラジオを聴いた。
顔は見えない。
画面もない。
ただ、声が聞こえてくる。
それなのに、面白い。
テレビのように画面を見続けなくてもいい。
何かを「観る」必要もない。
ただイヤホンから聞こえてくる声を聴いているだけなのに、気づけば笑っている。
「ラジオって、こんなに面白いんだ」
これが、私の最初の発見だった。
そして私は、母親にも勧めた。
「これ面白いから聴いてみて」
たぶん、軽い気持ちだった。
ところが。
母、ハマる。
まさかの大ヒット。
最近では、タイミングが合えば一緒に聴くこともある。
同じ番組を聴いて、同じところで笑う。
「今の面白かったね」
なんて言いながら。
考えてみれば、母親とラジオを一緒に聴く日が来るなんて、ラジオを聴き始めたばかりの頃の私は想像していなかった。
SixTONESを聴きたかっただけなのに。
いつの間にか、母親との共通の楽しみまで増えていた。
そして、ラジオは夜勤中にもやってくる。
夜勤というのは、時間の感覚がおかしくなる。
時計を見る。
まだ夜中。
もう一度見る。
やっぱり夜中。
そんな時間帯に、たまたま休憩に入ることがある。
そして時計を見る。
「あ、今ラジオの時間だ」
そんな偶然が、ちょっと嬉しい。
イヤホンをつけて、ラジオを聴く。
本当は寝なきゃいけない。
夜勤中なのだから、休めるなら休んだほうがいい。
分かっている。
分かっているのだけれど。
面白い。
笑ってしまう。
寝られない。
「いや、この後も仕事あるんだけど」
と思いながら、それでも聴いてしまう。
そして不思議なことに、ひとしきり笑ったあと、少し元気になっている。
身体の疲れが完全になくなるわけではない。
眠気が消えるわけでもない。
それでも、さっきまでよりちょっとだけ軽い。
笑うって、すごい。
ラジオって、不思議だ。
そんなふうにして、私はラジオを聴くようになった。
SixTONESから始まって。
そこからオードリーの『オールナイトニッポン』を聴くようになって。
気づけば、いろんな番組を聴くようになった。
さらにポッドキャストにも手を伸ばした。
最初は「推しを聴くため」に入れたradikoだったのに、いつの間にか「今日は何を聴こうかな」と番組を探している。
散歩のお供も、音楽だけではなくなった。
イヤホンをつけて、ラジオを流す。
歩きながら誰かの話を聴く。
一人で歩いているのに、なんとなく一人じゃないような気がする。
これが、私にとってのラジオになった。
考えてみれば、ラジオって不思議だ。
テレビみたいに画面を見なくていい。
YouTubeみたいに、何かを観なくてもいい。
ものすごく役に立つわけでもない。
くだらない話を延々としていることだってある。
でも、そのくだらなさに救われる夜がある。
疲れているときに、誰かの声を聴いて笑う。
一人で歩いているときに、イヤホンの向こうから誰かの会話が聞こえてくる。
家族と同じ番組を聴いて笑う。
そういう時間が、思っていた以上に心地いい。
ラジオは、私の生活を何か劇的に変えたわけではない。
でも、日常の隙間にちょっとした楽しみを増やしてくれた。
私は、ラジオを聴くためにラジオを始めたわけではない。
SixTONESを聴きたかっただけだ。
入口は完全に「推し」だった。
もしSixTONESがオールナイトニッポンを始めていなかったら。
私はきっと、今でもラジオを聴いていなかったと思う。
でも、SixTONESを追いかけて開けたその扉の先には、思っていたよりずっと広い世界があった。
いろんな人の声を知った。
いろんな番組を知った。
母親と一緒に笑う時間ができた。
夜勤の疲れた身体で、思わず笑ってしまう時間もできた。
そして今では、散歩をしながらラジオを聴くことが、すっかり当たり前になった。
そして今日も、私はイヤホンを耳に入れる。
誰かの声を聴きながら歩く。
たぶん昔の私が見たら、
「なんで音楽じゃなくてラジオなの?」
と聞くだろう。
私にも、うまく説明できない。
ただ、ラジオを聴くと、ちょっとだけ元気になる。
夜勤の疲れも、眠気も、明日の予定も、全部なくなるわけではない。
それでも、少し笑える。
少し気持ちが軽くなる。
その「少し」があるだけで、また歩ける。
また仕事に戻れる。
また次の話を聴ける。
SixTONESがラジオを始めてくれなかったら、私はきっと、この「少し」の大切さを知らないままだった。
母親と同じ声に笑うことも、夜勤の休憩中に誰かの話の続きを待つことも、散歩の道をひとりではない気持ちで歩くこともなかった。
ラジオは、私の日常を大きく変えたわけではない。
けれど、何気ない毎日の隙間に、笑える時間と、誰かとつながっているような感覚を置いてくれた。
そのきっかけをくれたSixTONESには、今でも感謝している。
あの日、推しの声を聴きたくて開いたアプリは、いつの間にか、私の世界を少し広げる窓になった。
今日も私は、その窓を開く。
イヤホンの向こうから聞こえてくる声に耳を澄ませながら、いつもの道を歩く。
そして、寝るべきか、聴くべきか迷った夜には、たぶん今日もラジオが勝つ。
その先でまた、少し笑って、少し元気になって、明日へ戻っていく。

