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20年前の自分へ── 未来は、想像よりずっといい感じだ

私は約20年前、新卒で証券会社に営業職として入社した。
現在の投資家としての自分があるのはこの時の経験が大いに影響している。
当時の私は、自分なりにそこでがむしゃらに成果を求めて働いた。
日々成果を求められる激動の毎日を送る中で息つく暇もないような状況に置かれ続け、疲労困憊で週末を迎える自分がいたと記憶している。
そんな中で考えていたことを、今でも鮮明に覚えている。

──将来の自分には、変わらず柔軟でいて欲しい。

当時日々の業務や数字に追われ、未来を思い描くなど容易に出来なかった自分は、どこかでそんな思いを持ち続けていた。

社会に出れば年齢とともに価値観が固まり、異なるものを受け入れられなくなっていく──。
そんな”つまらない大人”にだけはなりたくないと、心のどこかで思っていた。

今でも、当時の感覚を鮮明に思い出せる。
その20年前の自分にとっては、将来の自分がどうなっているのか全く想像がつかなかった。
そもそも未来を考えても何も答えが見つからなかったし、どこかで道を踏み外してしまう自分がいることを想像すると、それがたまらなく怖く感じた。

──それから、約20年が経った。

今の自分は当時の思いをずっと抱えたまま、それなりに結果を出してきた。
道を外れそうになることは何度もあったが、何とかそれを乗り越えてやってきたつもりだ。

しかも、たまたまじゃない。

現状を変えていくために、地道に取り組んだ株式投資が花開いたこともあったし、社会人として他を出し抜く成果を示そうと懸命に取り組んだ自分もいた。
それは、過去の自分が全く想像出来なかった領域へと私自身が足を踏み入れ、もがきながらも懸命に戦い抜いて来たことの一つの成果である。

当時願った変わらないままの自分でいること、それは今も私の中で変わらずに生き続けている。
そしてそれと同時に、変わった自分も存在している。

新社会人当時の私は、誰もがそうであるように社会の荒波に揉まれ、日々どうしようもなく消耗する生活を送った。
それは社内や社外を問わず、関係するすべての人への”丁寧さ”を演出することで無駄なストレスを抱え込み、自分自身を疲弊させていた。

それが、今はどうだろう。
他投稿でも書いたが、自分の価値基準の中心にはあくまで自分自身があり、それにそぐわない人間関係を必要以上に深める必要はないと思うまでに至った。
このことで日々のストレスは当時に比べて格段に減ったと同時に、当時の私がどれ程懸命に頑張っていたかを思い知った。
そして、それがあったからこそ今の私が成り立っているという事実にも行き当たった。

今回の文章を書いてみて、いつも以上に気持ちの高揚を感じた。
それは、20年前の新卒の頃の私が今も確かに私の中に息づいていると感じたからだ。
当時の自分を遠くからぼんやり眺めるでもなく、記憶の彼方の感覚を引っ張り出すでもない。
当時の私が実際に隣にいて、久しぶりに再会したかのような感覚は、あまりにも新鮮だった。
これからもあの頃の自分の期待に背かないよう、精一杯前を向いて生きたいと思う。

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今後もいろいろな観点から投稿していこうと思います。
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