インフレ抑制が失敗に終わる理由【レポート5】
このnoteでは、近い将来にインフレの抑制を失敗する可能性について解説する。
・米国のインフレ率のピークは2022年
2022年に米国のインフレ率は8%に達した。とても高い値で、注目すべき年であったのだ。その後2023年、2024年、2025年はそれぞれ4.1%、2.9%、2.6%と推移している。この値だけ見れば、「順調にインフレ率が抑制されている」と理解するのが普通だろう。
・インフレ抑制の失敗、1970年代の米国の例
しかしながら、今後インフレ率が上昇する可能性を警戒すべきであると思う。今の状況は1970年代とよく似ている。1970年代前半に5%を超えるインフレが到来し、その後2年ほど2%近くまで抑制することに成功する。重要なのは、その後の1970年代後半に10%近い大きなインフレが再来したということである。この状況は、まさしくインフレ抑制政策の失敗であったと言える。
・なぜ1970年代のインフレ抑制は失敗したのか?
IMFなどの機関は1970年代の米国経済について多くの分析レポートを公表している。インフレ抑制に失敗した理由は、以下の4つであると考えられている。
1. 中央銀行の引き締め政策(高金利の維持)が弱かったこと
2. 主に石油ショックによる物価高騰
3. やや過剰な賃金上昇
4. 市民のインフレ期待
そして、これらの条件の多くは現代と共通しているのだろう。
・トランプ大統領は金利を引き下げたい
まず一つ目について、トランプ大統領は繰り返しFRBに金利引き下げを要求してきた。これは、米国債の利払い費を引き下げたいのが主な動機だろう。逆にFRBは1970年代の経緯を熟知しているので、インフレ率が一度下がったところで、すぐに金利を引き下げる危険性を警戒しているはずである。
2025年に米国政府の国債利払い費は年150兆円に到達しており、利子だけで日本の国家予算を超えているのだ。票集めが重要な政治家、特にポピュリストから見れば、強引に金利を引き下げてでもこの負担を減らす政策は、短期的にはとても魅力があるはずだ。
この年150兆円という利払い費はすでに軍事大国アメリカの国防費を上回っており(約1.1倍)、税収の約20%に相当する。この状況は「もっとも予測可能な危機」とさえ言われる。2025年に、現代の覇権国家アメリカでは税収の20%が「利子の返還」に消費されているのだ。市民は、もっとこの問題に注目すべきだと思わないだろうか?
とにかく、米国の政治家は強引に金利を引き下げたがっていて、FRBは抵抗しているという構図であることをご理解いただきたい。
・石油ショックは、すでに引き起こされた
そして石油ショックは、皮肉にも米国自身によって、2026年に引き起こされたのである。そう、イラン戦争である。戦争前に60ドルであったWTI原油先物価格は、一時110ドルを超え、現在では85ドル前後に落ち着いている。例え今後に停戦になったとしても、産油国における明確な地政学リスクは、原油価格の上昇圧になり続けると思うのが自然だろう。
1970年代と現代の経済の類似性は、何も最近言われ始めたことではなく、2022年ごろから、そのような指摘をするレポートは散見されてきた。しかし筆者は、2026年に戦争によって原油価格が跳ね上がり、「オイルショックの再来」と報道されるのを見て、かくも歴史は繰り返すのかと驚いたものである。
・賃金上昇は過剰とは言えないが、物価上昇は上回る
米国の賃金上昇率は、2023年以降は物価上昇率を上回り続けている。物価上昇率を基準とした場合の賃金上昇率(ほぼ差額)は実質賃金上昇率(Real average earnings)と呼ばれ、2023年以降は0.5~1%前後を推移している。
まあしかし、これは現代に限ったことではないだろう。米国という国では、むしろ特別に不景気な時期を除けば、ずっと物価以上のペースで賃金と株価を上昇させ続けることに成功してきた。現金がめぐるスピードを加速し、インフレと成長の循環を誘発する社会構造になっていると解釈できる。
つまり逆に、「インフレの暴発」という問題を考えるなら、米国はもともと構造的にインフレが暴走しやすい性質だと理解できるのだ。バブル崩壊後の日本は逆である。デフレ雰囲気で、個人は消費をせず会社は借り入れや投資はしない。その結果、インフレの暴走が起こる可能性は低いが、その代わり現金がめぐるスピードは遅く、成長につなげることもできなかったのだろう。
つまり米国では異常と言えるレベルではないものの、現代でも賃金の上昇率は高い。というか、ずっと高いのだ。本質的にインフレ傾向の社会だということだろう。
・米国民のインフレ期待は、やや高まっている
米国民のインフレ期待は2025年以降高まっており、一時は実際に高インフレであった2022年と同じ水準まで達した。(リンク先の画像の黒点線)そしてその原因は、トランプ政権による大規模な関税の騒動、そしてその後のイラン戦争が大きなものであると分析されている。関税は、米国人が購入する商品価格に上乗せするわけだから、インフレ要因となる。戦争で原油価格が上がれば、市民がインフレを織り込むのも、当然だろう。
2024年までは、市民のインフレ期待は低下を続けていたのだ。つまり、一部の投資家や経済学者だけが、1970年代との類似性などからインフレ再燃を警戒しており、消費者はこのまま順調にインフレが抑制されると思っていた人が多かった。市民の感覚は相場を考える上では常に大事であるが、インフレ率の場合は特に重要である。
国民が「インフレはどうせ起こる」と思っているかどうか?この点が、購買欲、もっとエスカレートするとパニック買いのような状況を誘発するかどうかにかかっている。インフレは、ドミノ倒しのように連鎖的に起こるということだろう。なお、日本でも物価が上がると考えている国民の割合が増えている。
つまり米国政府は、関税の引き上げというポピュリズム的な政策によって、国民のインフレ期待という、インフレ抑制のストッパーを「自らの手で」外してしまったのだ。一方で、中央銀行はマクロ経済のコントロールのためにインフレを抑制しようとしている。さらにそこに、利払い費の引き下げのために政府は金利引き下げを強要し、戦争による物価上昇まで起こされた。
FRBを含む機関やマクロ経済に詳しい者からすれば、関税政策で国民のインフレ期待を大きく上昇させるというのは自爆行為のようなもので、これまでのインフレ抑制のための努力がひっくり返されたはずである。
これらの政治と経済が抱える、ある種の矛盾こそが、近年のマクロ相場読みにおける最もエキサイティングな論点であったことは言うまでもない。
・インフレ抑制失敗の4つの条件の全てが、成立しようとしている
さて、このnoteの前半で紹介した、1970年代後半にインフレ抑制を失敗した4つの理由を再び振り返ってみよう。
1 中央銀行の引き締め政策(高金利の維持)が弱かったこと
これに関しては、FRBは抵抗を続けている。しかし150兆円、税収の20%という規模の利払い費が、特にポピュリズム政治家からすれば強引に引き下げたい項目であることは疑いようがない。その意味では、次期FRB総裁であるケビン・ウォーシュ氏の動向は、かなりインフレ抑制の運命に関わると思う。ケビン・ウォーシュ氏は共和党系で親トランプ派という見方が強く、今後FRBが楽観的すぎる利下げ論に傾倒する可能性を危惧している。
2 主に石油ショックによる物価高騰
これは、イラン戦争によって、筆者の予想を上回る明確な形で引き起こされた。
3 やや過剰な賃金上昇
これは、米国は優れた成長の促進の負の側面として、常に抱えている性質と解釈したほうが良さそうだ。
4 市民のインフレ期待
これは、皮肉にもトランプ政権の関税政策、そして戦争によって、上昇してしまった。
つまり、1970年代後半に年率10%~15%の「グレートインフレーション」を引き起こしたとされる4つの条件が、満たされつつあると言えると思うのだ。
最後の引き金である、強引な金利の引き下げ。それが親トランプ派とされるケビン・ウォーシュ次期総裁が率いるFRBによって引き起こされた時。我々は、1970年代後半のように、年10%のスピードで物価が上昇する世界に突入する可能性があるのかもしれない。
・要約
1970年代後半にインフレ抑制に失敗した状況に、とても似てきていると思う。
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