解説★サナエショック
このnoteでは、サナエショック(日本版トラスショック)について解説するぞ。
・サナエショックとは?
サナエショックとは、2026年1月20日に起きた金融ショックである。衆議院議員選挙に向けて高市早苗首相が食品の消費税減税を提案した際に、日本国債の長期金利が約0.5%も上昇したことを指す。2022年にイギリスで起きたトラスショックと非常に似ていることが指摘されている。なお、トラス政権はトラスショックが原因で数十日で政権交代を余儀なくされた、短期政権となった。
・そもそも長期金利とは?
長期金利とは、長期の国債の利回りだ。10年国債と20年国債を長期、30年と40年を超長期と分類することが多いが、長期金利と言った場合には、ざっくりと10年~40年の金利を指すことが多い。
注意が必要なのは、日銀が決めるいわゆる政策金利と国債の金利は別である、ということだ。政策金利とは、民間銀行が中央銀行に預金した際の即日金利(1日当たりの金利)であり、言わば超短期金利なのだ。この政策金利は、国債、社債、住宅ローンなどあらゆる貸し付けの金利の基準になる。
普通は、長期で貸し付けするほど政策金利より金利が上がる。それは例えば国債や社債を30年保有することを約束する、というのは、発行体である国家や会社が30年持続することを信用し、リスクを受け入れるわけであるから、金利を上乗せしないと買い手がつかない、ということだ。
特に国債について、この原則通りに保有期間が長いほど金利が高い状態を順イールドと呼ぶ。そして、短期国債の方が長期国債より利回りが高い状態を逆イールドと呼ぶ。逆イールドは、ちょっと異常な状態で、不景気の前触れのシグナルとして有名である。これらのイールドカーブの話は、また別のnoteで掘り下げたい。
・誰が長期金利を決めているのか?
長期金利を決めているのは、実効的には発行体の国家ではなく、買い手の投資家である。利回りが固定されている債券の場合、金利と価格は表裏一体、というか同一の概念とみなせる。
例えば、設定価格100円で年利5%の1年国債と、設定価格100円で年利4%の1年国債があったとする。ポイントは、投資家は買う値段を選べる(正確には、需要と供給で買いたい値段に落ち着く)ということだ。つまり、設定価格100円の国債を99円で買うことが可能なのである。設定価格100円で年利5%の国債を100円で買うのと、年利4%の国債を99円で買うのはほぼ同じだ。それらは、どちらもほぼ100円投資して、1年後に5円儲かることを約束する商品になるからだ。
だから、長期金利は買い手の投資家が決めているのだ。株価と同じで、何円なら買いたいか、と言う話だ。そして長期金利が上がる、というのは、国債の値段が下がっているのとほぼ同じであると言える。設定価格100円で年利5%だったけども、99円にしないと売れない。この時、実効的な国債の金利は5%ではなく6%になるのである(99円投資して105円帰ってくる商品だから)。
つまり数日で日本国債の金利が0.5%も上がった、というのは、投資家が「もう日本国債は買いたくないよ」という反応を示したことに他ならないはずだ。なぜ消費税を減税するとそのような反応が起きたのだろうか?国債は安全資産なのでは?
・国債の落とし穴:現金との価値の連動性
何度か別のnoteで述べたが、国債の最大の落とし穴は現金と価値が連動している、ということだろう。要は100円投資すると来年105円にして返すことを約束する、と言う商品だから、仮に円の価値自体が下がってしまうと、国債の価値も下がることは避けられないはずだ。一方で株、不動産、金属などは、このような通貨価値の低下に対する耐性が高いだろう。これらの資産の価値は、その国の通貨の価値からの独立性が高いとされる。
つまり国債の長期金利が上がったというのは、世界の投資家に日本円の価値を維持できないと判断された、ということに他ならないのだろう。
・なぜ、消費税を減税すると日本円の価値を維持できないのか?
日本政府は量的緩和によって日本円の流通量を無限に増やすことが可能だろう。そして、近年、日本政府はプライマリーバランスの実質的な正常化(税収が政府の歳出を下回らない)に成功したが、これは実は通貨の価値を下げることによって達成されたはずだ。
日本円の流通量を増やして価値を下げれば、輸出企業の売り上げや、物価は上がるだろう。だから、法人税や消費税の税収は、数字では上がるに決まっているはずだ。一方で、社会保障や公共支出、防衛費などの主な歳出項目の金額は、政府がコントロールできるし、当然あまり上がっていないようだ。
この状況で減税を提案すると、投資家はこう思うはずだ。「日本政府は日本円の価値低下と、減税などの人気取り政策のループを無限に繰り返すつもりなのではないか?」
円の価値を下げて、税収を数字上では増やす。そして減税する。恐ろしいのは、何度でも繰り返せてしまうことだろう。
この兆候が察知されると、世界の投資家は我先に日本円から脱出しようと、日本円および価値が連動する日本国債に売りを仕掛けてくるはずだ。国債が売られると価格が下がるから、逃げ遅れるのを焦った投資家がさらに売りを仕掛けるだろう。まあ、バブル相場の逆状態のようなものだ。
数日で0.5%も金利が上がるというのは、このような状況を反映した結果だったに違いない。
・長期金利が上がると何がヤバいのか
さて、次は長期金利が上がると何がヤバいのか?という問題を解説したい。大きく、次の4つのリスクに分類できるはずだ。
1. 日本政府の国債発行による資金調達コストが上昇する。
2. 会社の資金繰りコストが上昇する。
3. 住宅ローン金利が上がる。
4. 既発債券の評価損。
1は最もイメージしやすいだろう。政府は国債を発行して資金を調達しており、利回りが上がればその分コストが上がる。そして、利払い費のために余計国債を発行して円の価値を下げて・・という無限ループに突入しやすくなっていってしまうだろう。
2は、株式と社債の両方でコストが上がるはずだ。株式は、普通は自国の国債よりリスクが高い資産だから、期待値で国債の利回りより高いリターンを提供しないと買い手がつかなくなり、株価が下がるだろう。会社は倒産や買収のリスクがあるから、国債と似たような利回りだと買い手がつかないのが普通だ。まあ株価なので、下がったところで利回りが自然と大きくなり、買い手がつくのだが、株価下落は資金繰り悪化や買収のリスクを大きくするはずだ。社債も、発行体の会社は普通は国家よりリスクが高いから、国債より利回りを上げないと買い手がつかないはずだ。
3の住宅ローン金利も、国債の金利と連動性がある。なお30年ローンだと、1%のローン金利上昇は、支払総額では約16%の価格上昇と一致するだろう。これが複利のすごさだ。つまり数日で0.5%金利が上がったというのは、30年ローンで家を買う価格が8%も上がったのと同じと言える。特に、日本では変動金利ローンが80%ぐらいだから、過去に買った不動産の利払い費が後から上がってしまい、家計を直撃するのだろう。
4つ目については、国債などの債券は、保有期間内に他者に売ることもできる。例えば10年前に買った30年国債を、誰かに売るということだ。こういうのを既発債券と呼ぶ。そして当然10年前は金利が低かったので、残りの20年間はほぼ金利が発生しない。一方で、現在発行されている20年国債は金利が高い。すると何が起こるかと言うと、かなり売却価格を下げないと、10年前に買った30年国債を誰も買ってくれない、ということだ。これは保有資産の評価が下がることを意味するだろう。特に危険なのは、民間銀行が既発債券を多く保有していて、金利上昇で資産が評価損になって、貸し付け余力が下がるという事態だろう。
要は、国家の財政悪化、会社の資金繰り悪化、住宅費上昇、銀行の資産評価損リスクと基本的には悪いことだらけかもしれない。一方で本来は金利高になると通貨の価値が上がって通貨高に、というのが原則で、バランスがとれるようになっているはずなのだ。
しかし前半で解説したように、今回の金利上昇は「日本円の持続可能性を懸念した結果」の高金利なのだろう。倒産しそうな会社の社債は利回りがすごく上がるのだが、それと近いと思えばよいはずだ。国債の保有期間の20年とか30年以内に日本円の価値が崩壊する可能性が高そうだから、金利を上げないと誰も買ってくれない、という状況なのだろう。
このような状況では金利上昇と通貨安が同時進行し、金利上昇のデメリットだけが発生すると考えてよいかもしれない。なお、金利上昇と通貨安が同時に起きた通貨の例としては、トルコリラやアルゼンチンペソが挙げられる。
・資本家と有権者の考えは別だ
そもそもサナエショックやトラスショックが起きる原因は、国債の買い手である資本家と、投票権を持つ有権者の立場や考えは別である、ということだろう。まあ、言ってみれば当たり前なのだが。
資本家は、どうやって所有している資産の損失を避けるかに興味があるはずだ。資本家は金の亡者、のようなイメージがあるかもしれないし、成金っぽい人はそうなのかもしれないが、本当の資本家はむしろ損失回避のプロなのだろう。そして日本円や日本国債という、我が国が提供する商品は、外貨、外国債券、株式、金属、不動産といった他の資産と比較されるはずだ。それで、価格は需要と供給で決まるから、要は価格は資本家がどれぐらい持ちたいと思うか?で決まっているはずだ。
一方で有権者は、今日から数十年後ぐらいの時間スケールの暮らしが重要だろう。だから消費税減税のような全員が短期的に得をする政策は、票集めには非常に効果的に違いない。だが一方で、成熟した資本主義社会というフィールドにおいて、残念ながら、大衆は通貨や国債の価格決定の主役とは言い難い。
・日本政府には資本家を理解している人材はいるのか?
資本家は、少数派だが強いと言えそうだ。この点が民主主義と資本主義の捻じれを発生させるはずだ。だから、政府の意思決定機関には、資本家の考えを理解できる人材を参加させることが重要なのだろう。
例えば米国財務官のベッセント長官は元々ヘッジファンドマネージャーで、資本家サイドのプロだろう。トランプが票集めのために暴走しかけても、本当に危ないところでベッセントがブレーキをかけられる、という構造になっているはずだ。
しかし日本政府には、個人的な分析では、ベッセントのような、資本家を理解している人材は参加していないように見える。政治家も、官僚も、参与のような御用学者も、自分で運用をした経験が無いだろう。だから、日本円や日本国債がどれぐらい持ちたいと思われているのか?というセンスが、欠落していると感じる。これは座学で理解するのはなかなか難しいもので、損失回避で勝ち上がってきたプロにしかわからないものだろう。
会社が自分のカネを使うなら好きにすればいいのだろう。しかし税金が、国家予算が、このような「資本の持ち手」のセンスを無視したまま使われ続け、通貨安と高金利というレジームに突入し、会社の資金繰りの悪化や住宅ローンの負担増という問題を引き起こしている現状を、懸念することしかできない。
さらに悪質なのは、このような資本家と大衆のギャップを、既得権益層が利用しているように思えてならない、ということだ。むしろ、意図的に資本に詳しい人材を中枢から遠ざけることで、「大衆の意志によって大衆が搾取される」という悲しい構造が維持されているように、思えてならない。
いわゆる量的緩和、リフレ政策は自国通貨の価値を下げ、株価を上げる効果があるはずだ。そして転職が難しい日本でそれをやると、日本円の価値が下がり、給料は変わらず、株価は上がるという結末になりやすいのは、資本家サイドの人間なら、やる前からわかっていたはずだ。そして大衆から見ると、短期的には税金を払わなくて良くなるわけだから、票が集まるだろう。
今回のサナエショックは、このような資本家と大衆のギャップを利用し続けた歪みが、長期金利の急上昇という、大衆への明確なシワ寄せを起こした状況であると理解できるはずだ。
・高市首相の「行き過ぎた緊縮財政を終わらせる」発言
資本家の失望売りを招いたのは、減税政策以上に高市首相の「行き過ぎた緊縮財政を終わらせる」という発言だったかもしれない。客観的に見てアベノミクスから今までの日本が緊縮財政に分類できるタイミングなど、無かったはずだ。それを、行き過ぎた緊縮財政と言う?いかに政治家が実体経済に興味が無いかが、よく表れている発言だろう。
資本家サイドの需給は、具体的な財務状況など、いわゆるファンダメンタルズと同等かそれ以上に、意思決定機関の有様によって左右されるのは言うまでもない。明らかに的外れな発言をする意思決定機関が発行する通貨を、誰が持ちたいと思うのか?
日本政府は、コネや書籍で出世できる御用経済学者ではなくて、米国のファンドマネージャーなど、運用実績のある資本家と対話をすべきだ。御用学者が興味があるのは自分と周囲の人間の地位で、そういう連中の言うことばかりを聞いているのが見え透いている。
運用実績のある資本家とは金の亡者ではなく、誰よりも市場に興味を持ち、理解があり、そして円の買い手なのだろう。彼らとの対話が重要だという問題意識が、国民サイドでもほとんど共有されていない現実を、とても懸念している。
・要約
サナエショックとは、持続可能性を欠く減税案に対するグローバル経済の反発である。
2022年のイギリスで起きたトラスショックと非常に似ている。
投資家が持続可能性が低いと判断した通貨の長期債は売られ、長期金利が上がる。
その意味は、保有期間以内に通貨の価値が著しく下がるリスクを警戒されている。
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免責事項
この記事は個人的な意見と分析の公開であり、断定的事実や投資助言は一切記載されていません。
この記事は経済および時事問題の解説を目的としており、特定の商品の購入や売却を推奨および助言するものではありません。
この記事は個人的な推測を公表しているだけであり、特定の商品の価格を保証する意図は一切ありません。
この記事を参考にして行った投資、運用、トレーディングなどの取引の結果について著者は責任を取ることは一切できません。
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