「生で見たから」
徳川家康が本気になった理由。
私は、ひとつの可能性としてこう考えている。
山縣昌景を“生で見たから”ではないか。
三方ヶ原の戦い。
武田信玄が繰り出した魚鱗の陣。
その最前線にいたのが、
赤備えの猛将・山縣昌景。
家康は、あの突撃を正面から受けた。
本陣が崩れ、
身代わりが討ち死にするほどの混乱の中で──
もしかしたら彼は、
昌景本人を目視してしまったのかもしれない。
それどころか、目が合ったかもしれない。
俗に“脱糞した”とも言われているこのエピソード。
けれど、
私はそこに笑いよりも覚悟の発芽を感じてしまう。
赤く燃えるような甲冑。
押し寄せる武田の兵。
西陽を浴びて光る“死の気配”。
家康は、
おそらく「終わった」と思った。
死を、
現実として体感した瞬間だったはずだ。
けれどその体験が、
彼のその後の人生を変えた。
勝つとは何か。
生き残るとは何か。
「戦う」ということの重さを、
あの一日で理解したのだと思う。
今は、何でもオンラインで済ませられる時代。
会わなくても、画面越しに“知る”ことはできる。
でもやっぱり、
人を本気にさせるのは、「生で見る迫力」だ。
私自身もそうだった。
若い頃、
「この人は」と思った人物には、会いに行った。
もう10年ほど前になる。
世の中にはたくさんの有名人、
大物がいるけれど、
私にとって「自分の目で見ておきたい」と思えた人物は、
2人だけだった。
一人は、実業家の堀江貴文さん。
もう一人は、将棋の棋士である羽生善治さん。
もちろん、直接話をしたわけではない。
講演会に参加しただけ。
一番後ろの席で、
ただ黙って見て、終わったらそのまま帰った。
でもそれで、十分だった。
「本当にすごい人を、自分の目で見る」
それが目的だったから。

