けんけん物語「なぜ観相師になったのか?」第01話 家族
皆さんは、なぜ世の中から詐欺やオカルト、スピリチュアルに騙される人が一向に減らないのか、不思議に思ったことはありませんか?
大人になってから様々な社会経験を積み、それなりに賢く生きているはずの人間が、どうしてあっさりと怪しい儲け話や、実体のない不思議なパワーを信じ込んでしまうのか。逆に、どれだけ巧妙な手口で近づかれても、まったく騙されない人、嘘を瞬時に見抜いてしまう人も世の中には存在します。 この「騙される側」と「騙されない側(見破る側)」を分ける決定的な要因は、一体どこにあるのでしょうか。
生まれ持った知能の違いでしょうか? それとも、学校で学んだ知識の量でしょうか? あるいは、人生で出会った友人や環境のせいでしょうか? 確かにそれらも無関係ではないでしょう。しかし、長年多くの事象や人間を観察してきて、僕がたどり着いた一つの結論があります。
それは人間の思考回路の根本、すなわち「幼少期の家庭環境」です。
最近では「親ガチャ」なんていう、少し冷めた、そしてある意味で残酷な言葉がすっかり定着してしまいましたね。この言葉自体は賛否両論あり、あまり使いたくないという方も多いでしょう。しかし、事実として、子供は生まれてくる家を自ら選ぶことはできません。そして、一人の人間がこの世に生を受け、一番最初に触れる「社会」であり「絶対的な常識」が、親や家族という存在なのです。
右も左も分からない、何が正しくて何が間違っているのかも判断できない、まさに真っ白なキャンバスのような状態の子供に、親がどのような言葉をかけ、どのような世界を見せて育てたか。 これが、その後の人生における強力な「防具」になるか、あるいは致命的な「弱点」になるかを決定づけると言っても過言ではありません。
例えば、僕が普段から警鐘を鳴らしているオカルトやスピリチュアルへの耐性という面でも、この幼少期の環境はモロに影響してきます。 子供というのは純粋ですから、親が「これが真実だよ」と言えば、それがどんなに非科学的でオカルトチックなものであっても、100%信じ込んでしまいます。その「刷り込み」の力は凄まじく、大人になってから自力でその呪縛から抜け出すのは、並大抵の努力では不可能です。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、物事の捉え方のベースラインは、本当に幼い頃に完成してしまうものなんですね。
さて、翻って僕自身のことです。 今でこそこうして嘘や欺瞞を見抜き、現実主義の塊のような顔をして発信をしている僕ですが、当然ながら最初から今の知識や経験があったわけではありません。 では、なぜ僕はオカルトやスピリチュアルにどっぷりハマることもなく、むしろ徹底的なリアリストとして、それらを疑い、見抜く側に回る人間になったのでしょうか?
よく「どうしてそんなに物事を冷静に見られるんですか?」とか「なぜ普通の人なら信じてしまうような嘘に引っかからないんですか?」と聞かれることがあります。 その答えをお話しするには、どうしても僕のルーツ、つまり「僕の家族」についてお話ししなければなりません。
僕がどのような両親のもとに生まれ、どんな教育を受け、そしてどんな日常を過ごしてきたのか。 はっきり言って、今の時代の基準から見ればツッコミどころ満載というか、コンプライアンス的にどうなの?と言われてしまうような、なかなか激しい環境だったかもしれません(笑) しかし、このある意味で特殊な、良くも悪くも強烈な環境こそが、僕から一切の「フワフワした夢や幻」を削ぎ落とし、超現実的で徹底したリアリストとしての骨格を作り上げたのです。
「なるほど、そんな親元で、そんな風に育てば、そりゃあそういう人間(僕)になるわな!」と、皆さんもきっと手を叩いて納得されるはずです。
ここから先は、僕のかなりパーソナルな部分、言わば僕という人間の「原点」に深く切り込んでいくため、少しクローズドな場所でお話ししようと思います。 騙されやすい人と騙されにくい人の差は、果たしてどこから生まれるのか。僕という捻くれた(?)リアリストを錬成した、ある意味で強烈な「家庭環境」の全貌を、これからじっくりと紐解いていきましょう。
僕がなぜ、この道を歩むことになったのか。そのすべての答えが、ここにあります。 それでは、僕の子供時代へタイムスリップしてみてください。
ここから先は
¥ 700
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
