この7月、高知と四万十市中村で、ただ飲み食いしたという旅行についての記事その7

「きみはいい子」以降の中脇さんの小説にはたびたび「金田のおばあちゃん」が登場する。最初に登場するのは上記の「べっぴんさん」における「イケてないママ」、はなちゃんママ(映画においては池脇千鶴が演じるママ)のおばあちゃんとしてだ。そして、「みなそこ」においても、さわの故郷、「ひかげ」の近所のおばあちゃんとしてその最期が両親より語られる。



金田のおばあちゃんは実在の人物だそう。


ほかにも「ちゃあちゃんの里帰り図録」の扉のエッセイや、文學界2024年7月号小林エリカとの対談などでも金田のおばあちゃんの話をされている。さまざまな媒体での発言をまとめると金田のおばあちゃんとは、
・中脇さんの子供の頃から近所に住んでいた。
・朝鮮半島出身のようだが、どういう事情で高知の田舎にきたのか結局わからずじまい。
・学校から帰るといつも「べっぴんさんおかえり」と挨拶してくれた。
・両親が共働きだったため、夕飯によばれることがあったそう。そしてそのカレーはとても辛かったそう。
・中脇さんの大学在学中に冬の海で自死を試み、その後、亡くなったそう。
小説「みなそこ」は、寂れてゆく四万十川の上流の集落の暮らしやいずれ消えてゆく祭りや風習などの「消失」のイメージが色濃い作品である。同時に金田のおばあちゃんやそのような取り残された人々を弔う小説でもある。

ところで、高知と中村、宿毛をつなぐ土佐くろしお鉄道とは海沿いになるとトンネルの連続となる。この路線自体は戦前からあるもので、これらのトンネル工事には多くの半島出身者が従事したと思われる。これは奈良の生駒トンネルも同様。おそらく金田のおばあちゃんとはそのような強制労働従事者の家族の末裔に当たる方ではないかとわたしは考えていた。(あの調査魔の中脇さんだが、金田のおばあちゃんについては「わからずじまい」としている)そしてそのような半島の方というのが戦前には全国にいたのだろうぐらいに考えていた。だが、中村の塩ガツオ調査において、美味しんぼ87巻を読んでいるうち、このような記述にであう。


どうも幡多地方と朝鮮半島との関わりは秀吉の朝鮮出兵にまで遡るようなのだ。戦前どころか400年以上前なのだ。「高知は朝鮮文化をたくさん受け継いでいる」という台詞は暗示的だ。中脇作品における「フィクションのなかの金田のおばあちゃんの弔い」という行為が結果、朝鮮国女の墓の役割を担っている、というのは大げさか。
そこで高知中村飲み食い旅だが、最後の日はまずここを訪ねた。


この土地の歴史を知りたいならココ!




ところでミュージアムというところは学芸員があまり客に話しかけたりしないものだが、こちらの案内係のおばさんはメチャメチャ話しかける人なのだった。「どちらからお越しで?」「ハア、奈良です。あの、奈良の大仏の」「アラ!奈良!奈良といえば高市さんの!」「ハア・・・(コチトラ高市はやくヤメロと思ってる勢なんですけど・・)」この調子でいっぱい解説してくださるのはありがたいのだが、こちとらジックリ展示を見たいんでねえ・・・とか。
あとでわかったことだが(byウイスキーバーラパンさんで)この案内のおばさんは郷土博物館の名物おばさんだそう。狭い町である。





ほかにも軍服や軍の備品、帳簿、千人針などの展示があったが、地元の方の保存品と思われる。中脇さん自身も小学校の日記など保管されているが、中村とは「保管しておくカルチャー」の土地なのかもしれない。




実際の行程はこのあと、佐田沈下橋往復である。(前回、この7月、高知と四万十市中村で、ただ飲み食いしたという旅行についての記事その6を参照)
なので、いったんホテル帰ってシャワーアンド洗濯を経て、というところからはじまる。



二日連続Shimanto Brewing通いである。
これは「旅飲み」のひとつのテクだが旅行客の「また明日~」というのは社交辞令である。少なくとも飲食店側はそうとらえるはずである。
そこで。
本当に二日連続で通うのである。そうするとさすがに二日目は「このオヤジ、マジか」と面白がってくれるものである。「昨日より焼けてません?」と奥さん。佐田沈下橋、チャリで往復してきまして。熱中症ならなかった?奥さん大笑い。クラフトビールの不思議。これがアサヒスーパードライの瓶ビールだったらスナックになってしまう。だが、クラフトビールだとバーの品位が保たれるのだ。ここは昭和ではない、令和だ、という無言の節制がはたらく。


この中村最後の夜をいかに飲み食いするか。わたしの吞兵衛アンテナがググーっとバリ5が立ったのは「居酒屋なかひら」さんである。このたたずまい。失敗なわけがない。
入ろうとすると貼り紙が。「本日、貸し切りのため、満席ですナニナニ」というような。(なぜ貼り紙写真を撮っておかない、この旅ブロガー)
ああそうか、残念、と踵を返そうとした瞬間、脳内をこの30年にわたる吞兵衛データを吞兵衛AIが超高速で解析をはじめたのである。
吞兵衛AIの回答「これは文字通り読んではいけない。裏を読め。ホレ、大阪ミナミのスナックにもよくあるだろう?「会員制」と扉に書いてあるスナックが。無論、これは本当に会員制というわけではない。初見のヘンな酔客や意味不明の集団サラリーマンなどを除外する、いわば「バカ除け」のまじないなのだ。逆に言うと、「バカ除け」の店とは老舗であって、店の雰囲気がすでに醸成されている、という意味でもある。そしてこの貼り紙には強烈にその匂いがする」と。
これはむしろ入るしかないお店だ。無論、入り方がある。いわば吞兵衛界における一宿一飯の仁義である。
基本、「低姿勢」そして「今日、まだ飲んでない」(ホントはビール飲んだが)アピールである。
「ガラ・・・あの~ひとりなんですけど~旅行で~きてマシテ~ムリッスかね~」なるべくこの時点では標準語のアクセント。東京人を装う。

オーケーと!やはり!夫婦で営業されている。お客さんも同級生とかそういう常連ばかり。にぎやかだが、まったりとした老舗の空気がミッチリ漲っている。完璧な夜の予感!


ここまできたらバカのひとつ覚えである。飽きるまで食う。だが、切り身にせよ、薬味にせよ、タレにせよ、あちこち食ったが、同じということはないのだった。カツオという魚は腹を満たす「食事」の側面もあるが「酒のアテ」の面もある。この「酒のアテ」としてのタタキはなかひらさんがダントツであった。この薬味だけでも酒が飲める。吞兵衛の意地汚さまでもを想定したゴージャスタタキである。これはビールなど飲んでいる場合ではない。







このウナギはカウンターの冷蔵ケースのなかにあったものだ。つまり握り用に切ったもの。だが、またわたしの吞兵衛センサーが作動するのだ。
「このウナギの切り身は握ったら勿体ない。そのままつまみとしてだしてほしい」と。
ヲイヲイ、「低姿勢」キャラはどうすんだよ、問題も生じるが、別途「旅の恥はかき捨て」テクというのもある。ここは低姿勢にマスターに頼んでみる。このウナギ、このままつまみで欲しいんスけど。
結果。
マスター「ええよ。600円」
やはり神店であった。
最高の最後の夜となった。最後の最後はあのバーで締めるしかない。



ひと通り、郷土博物館、佐田沈下橋、入田にビックリ話、博物館の名物おばさん、なかひらさんの美味さ、などワアワア喋る。だってこれで旅が終わっちゃうんだもん。










わたしは食について、誤解していたかもしれない。「食」とは美味いかどうか。そこがポイントだと考えていた。実際、高知市内の食はそうであった。ひろめ市場、田舎家、明神丸、ジャン麺、チョンマゲのチャーハン。美味いか?ウム、美味い。それで満足。だが中村は違う。もう美味いを突き抜けて「優しい」のである。それは店舗ごとの問題ではない。町全体で醸成しているムードなのだ。無論、その美味さ、優しさとは(こんな四国の田舎なのに)朝鮮半島や中国大陸との悲劇的な歴史と関連しているのかもしれない。
こんなノンストレスな飲み食いを体験するといかに自分は大阪のような大都市でストレフルでノイジーな飲みをしているか、と思う。だって、
・ヘンなテンションのヤングの集団
・ヘンなテンションのイレズミ外国人観光客の集団
・マッサージどう?3000円ヨーって声かけるフィリピン人のおばさん
・道端でゲー吐いてうずくまってるギャルと隣でどこかに電話してる友達のギャル
・ときどき道の側溝を開高健「パニック」に登場するようなゴッツいネズミたちが運動会
・壁に向かってずーっと悪態ついてる頭のおかしい人
そういうのを中村の夜では一切見なかった。(それは高知市内でも同様)
それがフツーでしょ、プッとおっしゃるかもしれないが、高知は全国でも珍しい「酒を奨励する県」である。(ちなみに大阪は全然奨励してませんから)
そうなのだ。飲み食いしたらこんな優しい気持ちになるのが本当の飲み食いなのだった。ホテルに戻ってシャワーも浴びずに寝たが、それでも快眠だったのである。



このようにして今回の「この7月、高知と四万十市中村で、ただ飲み食いしたという旅行」は終わった。旅は人を賢者にはしない。逆だ。むしろわからないことばかり増えてゆく。高知のこのラーメン、餃子、チャーハン的町中華文化はなんなのだ?同じ四国でもあれだけうどん推しの香川県とは地続きなのにうどん屋など全然ないのは?朝鮮半島と幡多、戦後の大陸からの帰還者、と町中華、の関係。わからない。「大阪の鶴橋はなぜ、あんな焼肉屋が多いの?」の質問には誰もが即答できるのに。そんな単純ではない歴史がこの高知にはある。そして食べれなかったものもある。アイスクリン、ぼうしパン、(いずれも「みなそこ」に登場するのに)鮎。鮎の塩焼き、鮎の背ごし。田舎寿司。天然鰻。まだ全然食ってないし、なにもわかっちゃいない。52歳。
(次は「伝言」の続きです。中脇先生の新刊「愛子さん」について)
