みなさんはよく忘れ物します?
これは、私が学生だった頃のお話。
# 俺のiPhone11くん、電車でひとり旅に出た件について
2022年6月29日。この日、俺は人生で一番「良い子」だった。
テスト期間中だったのだ。いつもならポケットに突っ込んで肌身離さず持ち歩くiPhone11くんを、その日に限って律儀に座席の隣にそっと置いた。理由は勉強に集中するため。我ながら模範的高校生である。褒めてほしい。
そして開いたのはシステム英単語帳。単語帳とにらめっこすること8分。「〇駅」に到着。
俺は降りた。
iPhone11くんは、降りなかった。
そう、この瞬間、俺と相棒の運命は静かに分岐したのである。誰も気づかないまま。俺以外。
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别れの合図に気づかない男
扉が閉まる。電車が動き出す。俺は駅の通路を歩き出す。10歩。
……ポケットが軽い。
いつもの「あの感触」がない。あの、スマホがそこにあるという安心感の塊が、ない。
「あっ、やったわこれ」
声に出た。しかも思ったより落ち着いたトーンで出た。人間、本当にやばい時ほど冷静な声が出るらしい。パニック映画の主人公が「まずいな」しか言わないのと同じ現象だと思う。
顔を上げると、電車はもう汽笛を鳴らして颯爽と走り去っていくところだった。まるで「じゃあね、俺は自由になる」とでも言いたげに。
iPhone11くん、独り旅、開幕!
一方こちらは、階段を駆け上がり、通路を全力疾走し、また階段を駆け下りるという謎の折り返しダッシュを敢行。傍から見たら忘れ物ではなく指名手配犯である。
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父、まさかの即応
改札を抜け、駐車場で待つ父のもとへ。息を切らしながら第一声。
「俺、やったわ、電話電車に置いてきちゃった」
我ながら主語も目的語もめちゃくちゃな報告だったが、父には伝わったらしい。すごい。ここ、地味に父の理解力を褒めたいポイント。
父はスマホを取り出すと、驚くべきスピードで先の停車駅に電話をかけた。状況説明、確認、依頼。淀みない口調。もしかしてこの人、iPhone11くんが旅立つの予知してた?というレベルの手際の良さだった。
「iPhoneは駅に着いたら探しておきます」
朗報である。しかし俺の胃は全く朗報として受け取ってくれなかった。
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冷や汗と正体不明の吐き気
駅に向かう車内、俺を襲ったのは冷や汗と、なんとも説明のつかない吐き気。テスト期間の緊張よりも圧倒的にこっちの方が体に悪い。
たかがスマホ、されどスマホ。連絡手段、目覚まし時計、暇つぶし、写真、思い出、全部あの中。もはや臓器の一つと言っても過言ではない距離感である。臓器、電車で一人旅。まじかよ。
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対面、そして予想外の結末
ようやく駅に到着。祈るような気持ちで窓口へ。
父「先程電話したKeppyです……」
駅員さんは特に間も置かず、俺のiPhone11くんを持ってきてくれた。
あった。無事だった。
安堵で崩れ落ちそうになりながら手に取ったその瞬間——
とても、冷たかった。
まるで「どこ行ってたのなんて聞かないでよ、少しは自由を満喫させて」とでも言いたげな、突き放したような冷たさだった。
こっちは全力疾走して冷や汗かいて胃を痛めて迎えに来たというのに、お前だけ涼しい顔(というか涼しい体温)で戻ってくるとはどういう了見か。
iPhone11くん、ひとり旅から帰還。感想は聞いていない。
それ以来、俺はスマホを座席に置かない。学んだことはただ一つ。
模範的高校生をやろうとすると、大体しっぺ返しが来る。
