ニューヨークで、初めて息ができた
2001年の冬、私はニューヨークにいた。
9.11から、5ヶ月が経っていた。
どうしても行きたかった。
理由は、会いたい人がいたから。
ただ、それだけだった。
街はまだ、傷の中にあった。
でも人々は、前を向いて歩いていた。
地下鉄に乗ると、隣に知らない国の人が座っていた。
カフェに入ると、聞いたことのない言語や英語のイントネーションが飛び交っていて、様々な意見交換をしていた。
人種の壁を超えたやりとりがあった。
私も加わって、会話をした。
誰も、私を見て何かを判断しなかった。
そのとき、気づいた。
ああ、これが普通に息をするということか。
日本では、いつか少し身構えていた。
意識していなかったけれど、そうだったと思う。
NYで初めて、その力が抜けた。
1ヶ月の滞在だった。
日本人アーティストのアトリエに泊まり、いろんな人と話した。
それぞれが、それぞれの場所から来ていた。
それぞれの言葉で、それぞれの人生を生きていた。
マンハッタンを去る日、タクシーに乗った。
ハドソン川の向こうに、摩天楼が見えた。
その景色を目に焼き付けながら、決めた。
いつか東京で、ソウルで、NYで、 衣食住に関わる仕事をする。
人と人をつなぐ、何かをつくる。
27歳の私が、そう決めた。
あの街が教えてくれたのは、自由ではなかった。
自分が、どこにいても自分でいられるということだった。
あなたにも、そんな場所がありますか。
自分のままでいられる、そんな瞬間が、場所が。
