台所で泣いた日。
ここ一か月、文章を書くことができなかった。
娘のこと。
仕事のこと。
毎日、何かが起きた。
朝起きて、家事をして、仕事をして、娘を抱きしめて眠る。
そんな日を何週間も繰り返した。
息をしているだけで精一杯だった。
思春期を迎えた上の娘は、友人とのトラブルをきっかけに心を閉ざした。
「学校へ行く。」
そう言って毎朝頑張っていた娘が、人を信じられなくなっていく姿を見ることは、想像以上につらかった。
母親として何ができるのか。
考え続けても答えは出なかった。
眠れない夜もあった。
一方で仕事は待ってくれない。
管理職として判断し、出張し、会議に出て、報告をする。
正直に言えば、
「なんで私ばかり。」
そう思った日もあった。
そんなある日、次女が私を抱きしめて言った。
「ママ、十分頑張ってるからね。」
その一言で、張りつめていた糸が少し緩んだ。
そして私は初めて、
「一人で抱えなくていい。」
そう思えた。
学校へ相談した。
先生方は、私が想像していた以上に娘と向き合ってくれた。
娘は、
「大人は助けてくれることもある。」
そんな経験をした。
そして私も、
一人では越えられない山があることを知った。
それでも、一つだけ止めなかったことがある。
料理だった。
どんなに疲れていても、
どんなに心が動かなくても、
毎日ご飯だけは作った。
野菜を切り、
魚を焼き、
味噌汁を作り、
ご飯を炊いた。
家族は食べた。
私も食べた。
食べることだけは、やめなかった。
ある日、娘が食卓で言った。
「今日もありがとう。」
たった一言だった。
娘は何事もなかったように部屋へ戻っていった。
私は食器を洗い始めた。水の音を聞きながら、
気づけば涙が止まらなかった。
料理は、お腹を満たすだけじゃない。
心が戻ってくる場所でもあった。
あの一言で、
私も娘も、少しずつ再生が始まった気がした。
振り返ると、この一か月で学んだことがある。
正しいことが、必ず伝わるわけではない。
一人で解決できない問題もある。
助けを求めることは、弱さではない。
そして、
食べることは、生きることだった。
笑うことは、前を向くことだった。
気づけば、また文章を書きたくなっていた。
私は幼い頃から、何度も人生の山を越えてきた。
でも今回は、自分の問題ではなかった。
娘のことだった。
だからこそ、今までとは違う景色が見えた。
誰かを支えたいと思うなら、
まず自分自身を支えることを、許していい。
そのことを、この夏、私は学んだ。
また書こうと思う。
書くことで、自分を整理し、
誰かの明日が少しだけ軽くなるなら、
こんなに嬉しいことはない。
人生の色は、これからも変わっていく。
だから私は、その色を一つずつ残していこうと思う。
あなたには、どんなに疲れていても手放さなかった、小さな習慣がありますか。
