目標はオオタニサン!

いや、もちろんだけど50手前のオッサンが今からMLBに、ましてや二刀流で!ってことじゃないのよ。

タイトルこそさわやかだけど、ちょっとドロドロしたお話。

『復讐』について。

よく聞くセリフ。

『復讐なんてやめろ!復讐なんて何も生まない!』

バカか?って。
じゃあ悪いことしたヤツの逃げ切り勝ちかよ!って話だ。

あと、このセリフの最大の欠点って、そのあとに代替策を提示しない場合が多い、ってのもあると思う。
よくて『忘れるしかないんだよ!』止まり。

復讐心に駆られた登場人物が『じゃあ…じゃあどうすりゃいいんだよ!』と膝から崩れ落ちる、までがワンセット、そしてそこで場面が変わる、みたいな。

御多分に漏れず、僕も復讐したい人はいた。

こう書くと自分の復讐心に打ち勝ったんだ!となりがちだけど、そうじゃない。

必死になって『復讐したい』を『目にもの見せてやりたい』に変えた。
結果はともかく、考え方は変えることができた。
10年以上かかったけど。

そしてそれから数年。

今、街のそこここには大谷翔平のポスターが貼られている。
一日中大谷翔平を見ないで過ごすのって今やほぼ無理だろう。

そこでひらめいた、というか悟った。

『復讐』って『大谷翔平』になるのが一番良いんじゃないか?と。

またなんかコイツ言い始めたよ、って?

まぁいいから聞きなさいよ。

皆は大谷翔平を毎日見るわけだ、イヤってほど。
じゃあ大谷翔平は自分のポスターやらCMやらを見る人をいちいち気にかけてるか?
そんなわけない。

この関係性を自分に引き直せないか?

僕を責め苛んだ人は今でも生きている。
ならば。

そんなんどうでもいいくらい、何かに没頭する。
できることならそれでちょっと名を知られるくらいになればもう最高。

そうなったときにはもはや、こっちは件の僕を責め苛んだ人なんて気にならない。
むしろ、場合によっては向こうが気になるかもしれない。
しかも向こうが勝手に。

もうちょっと簡潔に、ハードルを下げた言い方すると、

『僕を責め苛んだ人のいない世界で、僕はより幸せに生きている』

ってことを自分に納得させることに心血を注いでみてはいかが?ということ。

はぁ、これがもっと早く見つかってたらなぁ。

…いや、今からでも遅くない!

僕はエッセイ界の大谷翔平になる!

と心に決めました、今日。

まぁ年齢的には『ニ』じゃなく『イ』の方がしっくりくるようになっちゃったが。

何言ってるかわかんない?

そりゃキミが若いってことだ。

いいよな、胸焼けしないってだけでキミは僕より幸せってことだ。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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