【短編小説】息子(仮)からきた一本の電話
【あらすじ】
夜に突然、電話が鳴り響く。
名乗ったのは、十年以上も音信不通の息子──
事故の示談金として300万円を求める声に、父・正蔵はすぐには応じず、世間話を始める。
親子としての会話を久々に交わす中で、自身の過去を語り出す正蔵。
やがて明かされる「ある真実」と、電話の向こう側にいた『息子』の正体とは?
人生の苦味と小さな希望を描いた、会話劇形式のショートショート!
【父と息子のキャッチボール】
『だから父さん、事故の示談金、300万円必要なんだって!』
固定電話の受話器から、切羽詰まった悲鳴が響く。
一方、椎名正蔵(しいな・しょうぞう)は落ち着き払って切り出した。
「分かってるよ、正彦(まさひこ)。さっきも言っただろう。母さんが温泉旅行中なんだ。私はキャッシュカードの暗証番号を知らんから、現金を引き出せない」
『窓口に行けばいいだろ』
「もう銀行は閉まってる。明日の朝一番で行くから、それまで待ってもらいなさい」
『早くしないと殺されちまうよ』
「半日すら待てないなんて、おかしいぞ。身の危険を感じたら即刻、交番に駆け込むべきでは?」
『け、警察なんて行けるわけないだろ』
「なぜだ?」
『こ、言葉のあやさ。「今にも殺されそうなほど」キレてるって意味』
「だったら初めからそう言いなさい。私は冗談が苦手なんだから」
『……知ってるよ。とりあえず、俺がテンパってることは分かってほしくて』
「いいか、正彦。せいては事を仕損じる。ピンチのときほど冷静になったほうがいい。結果的に、後悔が少なくて済む」
『説教なんて、いらないよ。全然落ち着けないから、こうして泣きついてるんだろ』
もっともだ、と思いながら正蔵は壁掛け時計を見上げる。
20時過ぎ──
普段なら、風呂上がりの発泡酒で一息つく時間帯だ。
「なあ正彦、最近ちゃんと食べているのか?」
『突然なんだよ? 今、関係ないだろ』
「わめいたところで、魔法のように大金が湧き出るわけじゃない。世間話でもすれば、少しは頭が冷えるだろう」
『そんな時間ないんだよ。俺は急いでるんだ』
「いいじゃないか。親子水いらずで話すなんて、滅多にないんだから。こうしておまえの声を聞くのも、何年ぶりかだろ」
正蔵は微妙にサバを読んだ。正確には十数年、息子と連絡を取っていない。
『しょうがねぇな……食べてるか、だっけ? 食ってるよ。太らない程度には、な』
「スリムなほうが断然いいぞ。私なんてビールっぱらで、ひどいもんだ。毎年健康診断で、医者ににらまれるし」
『酒をやめりゃ、いいだけだろうが』
「分かっちゃいるけど、やめられない。それがアルコールの魔力なんだ」
『アル中なだけじゃんか』
「ははっ、違いない。ただし私は予備軍だからな」
『そういうことにしといてやるよ』
「ところで正彦、彼女はいるのか?」
『はあ? わけわかんねぇんだけど』
そう言えば、息子とこんな会話したことあっただろうか?
正蔵は首をひねった。
「ああ、すまん。息子じゃなかったら、セクハラだな。大丈夫。今の時代、恋人がいないなんて普通だから」
『フリーって決めつけんな。彼女くらい、いるっつーの! いや……いた、が正しいかもな』
「別れたのか」
『勝手に家から出ていったんだよ。別れ話をする前にな』
「ふうむ。どんな人なんだ?」
『口やかましい女さ。「あれやめろ」だの「こうしろ」だの、とにかくギャーギャー言ってきやがる。出てって、せいせいしたぜ』
「私には、おまえのことを思って、あえて憎まれ役を演じているように見えるがね」
『んなわけあるか。俺のことが、ムカついて仕方ないんだろ』
「いいか、正彦。私は会社の上司として、部下を導かねばならないことがある。見込みがある後輩ほど、口やかましくなってしまうんだ。おまえだって誰かに教える立場になったとして、嫌いなやつにガミガミ言うか? むしろ接点を最小限にするだろう。その彼女は言葉の裏で、おまえの成長を期待しているんだよ」
『偉そうに。あんたがあいつの何を知ってるんだよ!』
「これでも人事部の端くれだからな。人を見る目は、たけているつもりだ。年長者として私は、よりを戻すことをオススメするよ」
受話器の声が途切れた。一瞬の沈黙が流れる。
「まあ、いいさ。仕事は順調……じゃないよな。社用車で事故を起こしてるんだから」
『ああ……良かったよ。無駄話に夢中で、ど忘れしたのかと心配になった』
「失敬な。まだボケる年齢じゃないぞ」
『時間の問題だろ』
「今のおまえの状況と重ねたのか。我が子ながら、末恐ろしいユーモアのセンスだな」
『ジョークなんて言ってねぇよ!』
「そうか。早合点だったな。すまんすまん」
『ったく、勘弁してくれよ』
「まあ、なんだ……大金のプレッシャーは計り知れないよな」
『俺がほしいのは、同情より金なんだよ』
同情するなら金をくれ。
昔話題になったテレビドラマの有名なセリフを、ふと正蔵は思い出した。
「無責任な一般論を述べて、悦に入っているわけじゃない。私にも身に覚えがあるからな」
『どういう意味だよ。クソ真面目なあんたが、借金でもしてたってのか?』
電話口の声音には、明確ないらだちが混じっている。
「おまえには話したことなかったが、実はな。今のおまえと近い年の昔話だ。面白くもなんともないけど、聞きたいか?」
『……ああ。参考までに、な』
「まだじいちゃんが生きているころ、私の実家に行った記憶はあるか?」
『……うろ覚えだよ。はっきりとは、記憶にない』
あるわけないよな、と正蔵はうなずいた。
「私の生家は裕福じゃなかった。でも私は大学に通いたくて、両親を説得したんだ。バイトもしたけど、学費もろもろをまかないきれない。だから奨学金制度を利用したよ」
『奨学金なんて無利子だろ? 大した負担じゃない』
「早まるな。話は終わりじゃない。新卒で小さな会社に就職した矢先、じいちゃんが大病を患った。一時的に多額の治療費がいる。私は奨学金の返済もあるから、カツカツだ。困り果ててサラ金に手を出したよ。サラ金は分かるか?」
『もちろん……消費者金融のことだろ』
「ご明答。当時の稼ぎじゃ、膨らんだ借金を返しきれないのは火を見るより明らかだった。断腸の思いで会社に退職届を出したよ。まあ、そんな──ありきたりな不幸話さ」
『それで……どうなったんだよ』
「え? 語り尽くした認識だが」
『肝心の借りた金、どうチャラにしたのかが抜けてんだろ』
「ふうん。そんなことに関心あるのか。ひょっとして正彦も、借金に心当たりあるとか?」
相手が息をのむ様子を、正蔵は感じた。
『ちょっとくらい、な……遊ぶ金がほしくて』
「おまえも大人だ。年相応の分別くらい、わきまえているだろう。借金の理由について、とやかく言うつもりはないよ。再確認だが、私が返済した方法を知りたいのか? 長くてつまらんぞ。これといったオチもない」
『ああ、知りたい』
これまでとは種類の異なる切迫感を、正蔵は目ざとく読み取った。
「ならば私も、やぶさかじゃない。私は職探しした。大金を稼げる。それが唯一無二の条件だ。すぐに見つかったよ。高級布団の訪問販売だ」
『父さん、セールスマンなんてやってたのか? その仕事、怪しい匂いがプンプンするけど』
「素晴らしい嗅覚だ。端的に言って、『押し売り』だった。粗悪品ではなかったが、寝具のない家なんてないだろう。だからおのずと、言葉巧みに買わせることになる。後ろめたさもあって、私は全く売れなかった。成績は常に最下位。毎日上司に怒鳴られてね。やり甲斐を感じられない仕事だったよ」
『あんたは、そういうのに向いてないよ。割り切ることが、できなさそうだ』
「おっと、こいつは一本取られた。おまえは、なかなかの慧眼だ。人事の業務に向いているかもしれないな」
『おだてたって、何も出ねえぞ。いいから、話を進めろ』
「ほどなく、販売不振を理由に私は解雇された。路頭に迷う形となったが、内心安堵したことを覚えているよ。もう詐欺まがいの仕事をしなくていい。心が軽くなった」
『心理的に救われても、金銭的には救われてねぇじゃんか』
「参った。鋭いツッコミだな。ぐうの音も出んよ」
『あんたと漫才するつもりはない』
「つれないやつだな。劇的な展開なんてない。工事現場や皿洗い、イベントスタッフ……ありとあらゆるバイトをこなしたんだ。掛け持ちしても足りないときは、親戚に土下座して工面したよ」
『何年……そんな生活を続けたんだ?』
「二年──三年だったか? すまない、正確な数を忘れてしまった」
『しんどかった、か?』
「そりゃあな。何度、魔が差したことか。老夫婦の善意につけ込み、布団を押し売りできていれば、こんな苦労せずに済むのに、って。でも、すぐ思い直した。そんなマネをすれば資金効率と引き換えに、別のものを失ったに違いないから」
『何を、失うんだ?』
「心の平穏だよ」
『心の……平穏』
電話口の声は、噛みしめるように反すうした。
「考えてもみろ。他人をだまして得た金で食う飯が、うまいと思うか? 断じて否だ。悲しむ客の顔が目に浮かび、寝覚めだって悪くなるだろう。だから私は確信している。肉体的にきついバイト生活を選んだことは、間違いじゃなかったと」
『俺には……よく分からない』
「無理もない。己で体験してないことを想像するのは至難の業だ。おまえが私と似た立場になったとき初めて、『あのときの小言は、これを指していたのか』と実感できる。それまでは煩わしい訓示に聞こえて当然だ」
『……もう遅い時間だ。一旦電話切るよ』
「示談金はどうする? 予定を細かく詰めておかなくていいのか?」
『今日は、いいんだ。どっち道、すぐには解決しないんだろうし』
「頭の回転が早くて助かる。じゃあ言わせてくれ。他愛のないおしゃべりに付き合ってくれて、ありがとう。母さんが留守で、話し相手がほしかったんだ」
『別に、そんなつもりねぇし』
「では最後に一つ付け加えさせてくれ。血迷った老人のお節介、と思ってくれていい」
『血迷ったとか、傑作だな』
「言い得て妙だろ? 人間誰しも、大なり小なりミスする生き物だ。ときには『取り返しがつかない』と感じる間違いを犯すこともあるだろう。周りが見えなくなって、短絡的な道に走る気持ちも理解できる」
『…………』
「失敗を認め、やり直そうと思うなら、誰かに助けを求めていい。それは決して恥じゃない。役所に駆け込んでもいいし、身近な恋人に相談するのも手だ。ただし頼るのは、金じゃなく知恵だけどな」
『知恵を、借りる』
「立ち上がるのは自分にしかできないが、心を開けば支えてくれる理解者が必ずいる。月並みだが、一人で生きているわけじゃないんだ」
『分かったよ……ありがとう、父さん』
「おまえも達者でな、正彦」
通話が終了した。
ツーツーと鳴る受話器を、正蔵はしばし無言で眺める。
やがて固定電話にセットし、自分のスマホを手に取った。
「たまには〝本物の〟正彦と、じっくり近況報告でもするか」
彼の一連の発言に偽りはない。
長い間、息子とは音信不通状態なのだ。
その後ろ暗さも相まって、柄でもない人生論を説いてしまった。
本来正蔵は、こと親子関係について物申す資格はない、と自覚している。
でも電話してきた彼に、どことなく自身の面影を見て、自分語りしたのだろう。
「達観には、ほど遠い。私もまだまだだな」
苦笑しながら、正蔵は電話帳から実の息子の名前を探す。
『あの正彦』が心を入れ替えるのか、正蔵には皆目見当がつかない。
だが願わくば、更生して幸せな人生を送ってほしい。
祈りを胸に、正蔵はスマホを耳に当てる。
コール音が、夜の静寂に溶けていった。
【了】
【あとがき】
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
本作は『創作大賞2025』にエントリーしており、いわゆる「叙述トリック」を軸にしたフィクションの会話劇です。
「いやいや、タイトルの時点でバレバレだから」
勘の鋭い皆様には、通用しませんよね。
ええ、僕も自覚しています。
ただ『オチの意外性』だけで終わらず、読後にじんわり残るものを目指して書きました。
何かを感じていただけたら、大成功です。
これまで僕は一人称視点の作品ばかり投稿してきたのですが、今回は実験的に三人称形式としました。
とはいえ会話劇が中心なので、純粋な三人称とは少し趣が違うかもしれません。
それでも「こんな引き出しもあるんだな」と思ってもらえたら、幸いです。
今後も自分の持ち味をいかしながら、ジャンルや語り口にとらわれない作品づくりに挑戦していきます。
ご期待ください。
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それでは皆様ごきげんよう。
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