多文化多言語の結婚式|インド・ブラジル・アフリカ in イギリス
救急車に運ばれたという話を前回書いたが、その時に病院まで付き添ってくれたハウスメイトとその後急激に距離が縮まったことで、彼女の結婚式(正式にはアフターパーティ)に参列することになった。
急な展開である!
前回の記事では彼女のことをハウスメイトと紹介していたが、実は彼女は家のオーナーの娘さんである。本邸に彼女含むオーナー家族と他の下宿人達が住んでおり、私は庭のコテージハウスに住んでいる。彼女のフィアンセも本邸に住んでいることは知っていたが、まさかもうすぐ結婚式が行われようとは、全く知らなかった。(数日前から庭でパーティのようなものが行われているのは知っていたが!)
「KIKI、もしよかったら、私たちの結婚式に参加する?」とそう口頭でカジュアルに誘われたのはなんとその前夜だった。たまたま次の日に予定がなかったのと、彼女のフィアンセにも救急車の時に送迎などで大変お世話になっていたので、ぜひ参列したいと私は答えた。
正式な調印式なるものは教会で行われ、その後に家の庭の会場でアフターパーティが行われるそうで、なるほど、だからこんなに大きな白いテントが庭に設営されたのかと、引っ越してからずっと続いていた家の工事のことと共に色々と合点がいった。
私以外の下宿人は招待していないということで、このことは黙っていてねと口止めされた。キッチンで出会う他の下宿人たちに少し悪いと思いつつも、私は純粋に呼ばれたことをとても嬉しく思った。
今回は、そんな結婚式の様子を少しレポートしたい。
ドレスどうする問題
オーナー家族はインド系で、お父さんとお母さんはケニア生まれのインド系移民二世だった。彼女のフィアンセはブラジル人でキリスト教の教会の牧師さん。そして、みんなクリスチャンだった。
インド系の結婚式なのか、ブラジル式なのか、それともイギリスのクリスチャン式なのか…それともひょっとしてケニア式?
全く検討をつけられなかった私はドレスコードを聞いてそこからヒントを得ようとした。
「なんでもいいわよ」「ワンピースでもいいくらい」との回答が返ってきた。
え〜!余計わからなくなるではないか。
私が持っていたドレスは、大学院の卒業式に着た真っ赤なロングドレスとそれ以外にビロードの真っ黒ドレスの2着のみ。日本の感覚ではどちらも結婚式には不向きな色である。
これに対して彼女と彼女の母親は
「イブニングパーティに近いから、黒でも全く問題ないわよ〜」
「疲れたらKIKIの部屋にいつでも戻ってもいいし、本当気軽に参加してね。short notice(直前での誘い)だったし」
「赤ドレスもいいわね」と言う。
本当に?
確かにイギリスやインド式の結婚式ならみんなものすごく着飾るから赤のドレスでも多分浮くことはないだろう。でも彼女が赤のドレスを着ると言っていたので、新婦と同じ色を着るのはなんとしても避けたいと思った。
結局、黒ドレスを着ていくことにした。それでも不安はあったので、もしも会場で浮いてしまった時ように明るい色のジャケットも持参することにした。
当日。
庭に続々とゲストが集まってきたのを部屋の外に感じたのでドアの隙間から覗いてみたら、なんのことはない、真っ赤なドレスの人、背中がぱっかり開いたセクシードレスの人、真っ黒ドレスの人、金色ドレスの人、サリーを着ている人など、いろんな女性がいた(笑)
ひとまず安心して、私はそのまま黒ドレスで参列することにした。
(こういう時、男だったら楽だったなあと思う。ネイビーとブラックのスーツといくつかネクタイを持ってさえ持っていれば大体どこへでも行ける。いろんな色を着れるというのは楽しいけれども!)



サーターアンダギーのような、でも甘くない揚げ物が中にあって
ヨーグルトとざくろ、ミントソースの酸っぱさと合わさって絶妙に美味しかった
知り合いがいない会場
3時半からケータリングが始まって早々、私は重要なことに気がついた。
そうだ、私には主催のオーナー家族以外に知り合いがいないのだった(笑)
そして当たり前だが、彼らは親戚や同僚や教会の人たちへの挨拶に忙しい。
ケータリングのジュースと、あの美味の食べ物をとりあえずゆっくり口にする。さもなくば、話し相手がいない私は他の誰よりも多く食べることになってしまうだろうから(笑)
これから夜まで独り。大丈夫か?
もしかして、私はこの会場で社会的に死んでいるのでは?
Social Anxietyの塊になっているのでは?
とそんなことを考えて少しずつ不安になっていると、やっと会場が開かれた。昨晩言われた通りのテーブル22へと向かう。それはテントに入ってすぐ右の、最終番号のテーブルだった。

叔母さまたちの養子になる(笑)
テーブル22には白人男性とインド系女性の若いカップル1組と、インド系の年配グループが座っていた。会場の一番端っこのテーブルだったので、新郎新婦から見て比較的関係性が薄い人たちではないだろうかと私は予想した。
私はその丸テーブルに、カップルとその年配グループの間に挟まれるように座った。
カップルは二人向き合う形で話していて、隣のおじさんは黙って前を向いていた。詰んだか?
このまま話し相手なしで数時間過ごすことになるのだろうか。 と思っていたら、丸テーブルの反対側に座っていた年配グループのうちの一人の女性が私を手招きしている。
どうも、私が話し相手になってあげるから隣にきなさい、ということらしい。私はとりあえず言われるがままそこへ移動することになった(笑)
話を聞いてみると、なんと新婦の母の従姉妹(つまり新婦の叔母さん)であることがわかった。ケニアからイギリスに引っ越してきた新婦の母親と、共にイギリスで育ったらしい。先ほど私の隣で黙って前を向いていたおじさんも、その隣のおじさんもこの叔母さんの兄弟(つまり叔父さん達)であるということがわかった。
新郎新婦がDJの叫ぶ声と爆音BGMと共に現れてから、スターターであるご飯が運ばれてきた。
叔母さまと叔父さま(そしてその奥様)たちの話を聴きながら、私は孤独感を感じることなくご飯を楽しむことができた。あの無口だと思っていた当初隣にいた叔父さんも、シャイなだけでしばらくするとよく笑う優しい人であることがわかった。
唐辛子が緑色だったせいで甘い唐辛子だと誤解してかじってしまい、涙を流しながら死にそうになった時も彼らはテーブルのあちこちからヨーグルトソースや甘いジュースを集めて助けてくれた(笑)
もはや、私はこの叔母さま達の養子になったようなものである(笑)

左上に見えるのが例の唐辛子(笑)かじられた跡が見える。

テーブルの人たちとシェアして食べる形式となっていた。
国籍、人種、文化、宗教、言語…
叔母さまと叔父さまたちと数時間かけて話していると、いろいろなことがわかってきた。
会場にいる人たちの半分が新婦のインド系の親戚関係であるということと、残りは教会関係者や新郎新婦の友人たちであること。こんな豪華な結婚式だがインドの伝統的な結婚式としては小規模であるということ。叔母さま達はベジタリアンであるということ(だからチキンなどは私と隣のカップルの3人で分けて食べた)、新郎新婦の家族とは違ってクリスチャンではなく科学を信じているらしい。
会場にはサリーを着たインド系、サリーを着ていないインド系、アフリカ系、白人系と、色々なバックグラウンドを持つ人たちがいた。なるほど、いろんなバックグラウンドを持つゲスト達だったが、肌の色だけでなく文化や宗教も様々らしいことがわかった。
スターターからメインディッシュと次々に食べ物が運ばれていくのと共に、会場の中央のダンスホールのような空間では入れ替わり立ち替わり友人や親族がスピーチをしたり歌ったりしていった。
教会関係者達はゴスペルを歌ったし、新婦の父親とその兄弟達はケニア生まれということに関係して頭に白い巻物をしてスワヒリ語で歌を歌った。新郎のお母さんはブラジルから来た唯一の新郎側の親族だったが、ブラジルでの思い出を話した。
隣のテーブル21ではアフリカ系のゲスト達が座っていて、私の知らない言語を話している人とその言葉を英語に翻訳して別の人に伝えている人がいた。
かと思えば、叔父さま叔母さまに話しかけてくるインド系の人たちの間でも言語のスウィッチは常に行われていて、英語を話していると思えば急に聞き取れなくなりヒンディー語に変わっていたり、するとまた音が変わって次はなんだと思ったらあれはマラーティ語だよと言われたり。
国籍、人種、文化、宗教、言語…全てのゲストが少しずつ違った。
会話して初めて、誰が誰とどの部分で同じものを共有しているか、少しずつ見えてくる。情報量がものすごかった。
叔母さまたちが端に座っていた理由
しばらくすると、叔母さま達のもとに孫だという赤ちゃんが手渡された。
叔父さんの膝ですやすや眠っている。DJのマイク音や爆音のBGMは続いていたが、気にせず眠っていた。
隣で私の話し相手となってくれていた叔母さまはこう言った。
「うるさくてね、耳が痛いでしょ。だから端のここがよかったのよ」
なるほど、だから親戚だけどテーブル22に座っていたのか。
でも多分、それだけではない。おそらく、このテーブルでは周りを気にせずに好き勝手に言いたいことを言うことができたからだと思う(笑)
新郎のお母さんがスピーチをした時、ちょっとした事件があった。
「息子を手放すということがどれだけ辛いかみなさん分かりますか。
それでも、私は彼女に任せることにしました。(新婦の名前)、私があなたをテストしてきたことは知ってると思うけれど、実はあなたが知らない中でもあなたをテストしてきたんですよ。それでもあなたは一度もそのテストで失敗することがなかった、だから私はあなたに息子を譲るんです。本当に嬉しいわ、息子がこんな素敵な人と結婚できて。結婚おめでとう!」
途中の「テストをしてきた」というところで会場はとても静かになった。
それは空気を読む傾向のある日本人の私からして結構なカロリーのある発言内容だったが、それは日本人でなくても充分に凄まじいものだったと見える。
隣の叔母さま達の方を恐る恐るちらっと見ると、
叔母さんも叔父さんも呆れた、と言う顔で見合わせ、肩を上げながら頭を横に振っているではないか!
ちょ、あまりにも大っぴらに感情表現しすぎでは? と思ったが、私たちのテーブル22は会場の端っこ。カップルはスピーチの方を向いていたので、その様子を目にしたのは私だけだった。
スピーチが終わってしばらくして喧騒が戻ってきた時、
叔母さまは私に耳打ちをした。
「If you ever marry to someone, be sure your mother in law won't test you. Your partner's decision must be his own…
(もし誰かと結婚するなら、義母に試されるということがないように気をつけなさい。結婚相手の決断は本人のものでなければなりません…)」
笑った。
このテーブルは、もはやテレビの前のお茶の間テーブルである。
なんでもありだ。
そうやって人は繋がってゆく
会場が暗くなってBGMがディスコ風の曲に切り替わったとき、叔母さんと叔父さんたちは先に帰って行った。回って来た新郎新婦へのメッセージボードに感謝と祝福の言葉を書いた後、私もそろそろ新郎新婦に挨拶をしてから自分の部屋へ帰ろうと思った。
時刻は夜の10時。気づけば6時間半も経っていた。
そしてやはり結婚式は良いなあと改めて思った。もちろんいろんな人間模様を見聞きしたが(笑)、その中心に一貫してあったのは、新郎新婦への祝福と愛である。
叔母さんたちが帰ってから、会場は暗くなって赤いライトに切り替わり、会場中央では若者たちが踊り出していた。テーブルから移動したり立ち歩く人が増えて、よりカジュアルな雰囲気になったのもあり、何人かの人が私に話しかけてくれて、それぞれ新郎新婦との関係など結婚式参列に至る経緯を話してくれた。私自身も救急車で運ばれた時にどれほど新郎新婦にお世話になったか、どれだけ二人が素敵なカップルであるかという話をした。
二人の人間が出会って人生を共にする、ということ自体ものすごいことに感じるが、それだけでなくて、結婚は二つの家族の出会い、そして二つの大きなコミュニティの出会いも意味するのだなあと改めて思った。


新婦は私の部屋が会場の隣だから申し訳ないと言っていたが、
いやいや結婚式くらい目一杯楽しんでくれい〜!!☆
にしても新婦のドレス、とっても煌びやかで美しいサリーだった!
私はnoteで好きなことを気ままに書いている関西人。現在はイギリスに住んでおり、日々感じたこと・詩や創作・言語の話などの柔らかい話は「きき」が、イギリス院留学・イギリスで参加したイベントなどの形のある話は「KIKI」が書いています。気楽にどんどん書いていく予定ですので、ぜひまた立ち寄ってくだされば、とてもとても嬉しいです。
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
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