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双子の出産で命の危機を乗り越えて学んだこと

「双子に安定期はない」、なんて言いますが
私の場合も例に漏れず、子供も自分自身も命を落としかけました。

出産で命の危険を経験したことで、私は初めて「生きること」の意味を実感したような気がします。


6カ月、突然の宣告

双子を妊娠後も通常運転で働いていた私に青天の霹靂が走ったのは、妊娠6カ月を迎えたころ、妊婦検診でのことだった。
「羊水過少症です。状況によっては、1人は諦めてもらう可能性があります。」

諦める?
どっちを?
どうやって?
母親に、そんな選択をさせるの?

その次の日から、私は管理入院となった。
点滴を刺し、絶対安静の毎日。
点滴で痣だらけになっていく腕は痛かったし、
コロナ禍で面会もできない孤独な日々は、
嫌な想像を膨らませるには十分だった。

それでも胎動を感じる度、朝晩の心拍確認の度、
2人が生きていることに安堵していた。
「2人とも、生きて」
それだけを、何度も何度も祈った。

血圧200、物語は急に動き出す

そんな中での妊娠9カ月の健診。
血圧は200オーバー。

診察室の空気が一瞬で変わった。
「このまま緊急帝王切開です」

動いてはいけない、と車いすで手術室まで運ばれた。
怖い、と思う間もなかった。
手術台は冷たい。
ライトがまぶしい。
麻酔が入り、身体は動かない。

手術室では、RADWINPSの「前々前世」が流れていた。
ちょうどサビの部分、ぐっとお腹を押されて1人目が出てきた。

この子たちも前々前世から私を探してきてくれたのかな、
そう思ったのも束の間、少し遅れて、もう1人。

わずかに違う2人の産声が、それぞれの個性を物語っていた。
かわいい…もっと見ていたい…。
その願いもむなしく、2人はNICUに運ばれて行ってしまったが
無事に2人生まれてきてくれたことで、私は心から安堵した。

でも、終わらなかった

ほっとした途端、なんだか体がぽかぽかしてきた。
なんだか急に疲れがきて、視界がぼやける。

「起きて、しっかりして!」
という看護師さんの声で、私は意識を失いかけていたことを知った。
出血が止まらない。
医師たちの声が、少しだけ荒くなる。

あ、これ、まずいかも。
でももう疲れた、眠らせて…。
温かくて、幸せな気持ち。このまま目を閉じていたい。

…ああ、でもあの子たちを置いていけない。

その思いだけで、何とか留まれた。

やっと出血が止まった時、今度は猛烈な寒気が襲ってきた。
麻酔が取れ、猛烈な痛みも。
寒さと痛みで震える中、夫が送ってくれた双子の写真だけが心の支えだった。
NICUに運ばれるまでのわずかな時間で夫が撮ってくれた2枚の写真。
スマホのバッテリーが切れるまで、ずっと眺めていた。

長い、長い夜だった。

優先順位が、全部ひっくり返った日

あの日、はじめて本気で思った。
生きていなければ、
キャリアも、年収も、評価も、意味がない。

それまでは「もっと上へ」と思っていた。
でも200を超えた血圧と、止まらない出血は、
全部を一瞬でひっくり返した。

生きていることは、奇跡だ。
本当に。

それでも、私はまた働いている

今、私は仕事をしている。

忙しい。
朝は戦場。
夜はヘトヘト。

でも、思う。
一度「死」をかすめた私が、
失敗や評価を怖がっていてどうするんだろう。

あの日、生き延びた私は、
もっと自由でいいはずだ。
だから今日も、選ぶ。

今だって、
「もう無理かも」
「この仕事、きつい」
「何のために頑張ってるんだろう」

そう思う日もある。
でもそんなときは思い出す。
私が今日、生きていることは、
当たり前じゃない。

双子が生まれた日、
私はたぶん一度死にかけた。
でも、生きた。

だから今日も、大切にかみしめて生きていく。
自分の人生を。

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KIKKA|双子育児×管理職 いただいたチップは、双子とのお出かけやおやつに使わせていただきます。双子のご機嫌を糧に、私も執筆がんばります。

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