がむしゃらだった20代の私へ。あの働き方は、無駄じゃなかった
あれはもう、10年以上前のこと。
社用車の中で目が覚めた。
うっかり寝てしまったようだ。
蒸し焼きにされる夢を見て、飛び起きた。
クーラーをつけるのを忘れていた。
窓の外は、真夏の太陽だった。
あの頃の私は、とにかくがむしゃらだった。
生活を4時間で回す毎日
大きなプロジェクトのメイン担当を任されたときのことだ。
絶対に失敗できない、大型イベントの成否が私の肩にかかっていた。
働き方改革なんて言う言葉が存在しなかった頃。
私は、プロジェクトを成功させるのに必死だった。
9時に出勤して現場を確認し、夕方に帰社してから夜にかけてチームメンバーと課題を検討する。
深夜に作業指示を仕上げて、5時に帰宅してシャワーを浴びて少し眠る。
また9時に出社して、朝出した指示が回っているか確認する。
――それが毎日続いた。
「疲れた」と思う暇もなかった。
というより、疲れを感じる余裕すらなかった。
結果が出た日のこと
プロジェクトは、うまくいった。
社内で表彰もされた。
お客さまからも感謝され、お礼にと食事に招待された。「あなたがいたから、このプロジェクトを無事に終えることができた」と言ってもらえた。
あのとき初めて、「やりきった」という感覚を知った。
がむしゃらに動き続けた日々が、形になった瞬間だった。
あの日々が今につながっている
あの働き方を、今の自分ができるかというと、できない。
体力も違う。家族もいる。優先するものが変わった。
でも、あの経験は無駄じゃなかった。
限界まで働いたことがある人間は、限界の手前がわかる。自分がどこまでできるかを、体で知っている。チームの誰かが追い詰められているとき、気づける。
管理職になって役に立っているのは、あの頃身につけたものだと思っている。
がむしゃらだった20代の私へ。
蒸し焼きになりかけながら、よくやっていたと思う。あの日々は、ちゃんと今につながっているよ。
▼30代編に続きます
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