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「深夜特急」の時代に、人は“世界”を旅していた。今のバックパッカーは、“情報”を旅しているのかもしれない。



スマホもない。
Googleマップもない。
翻訳アプリもない。
レビューサイトもない。

それでも、いや――
だからこそ、人は旅に出ていた時代があった。

深夜特急 を読むと、いつも不思議な感覚になる。

あれは単なる紀行文じゃない。
“世界がまだ遠かった時代”の空気そのものだ。


「どこへ行くか」より、「どう辿り着くか」が旅だった時代

こんにちは、KIKKAKKEKOのトモです。
今は、どこの国へ行っても大体のことは事前に分かる。

治安。
物価。
おすすめのカフェ。
行列のできる店。
SIMカード。
地下鉄の乗り方。
失敗しないホテル。

全部、検索すれば出てくる。

でも、深夜特急の時代は違った。

香港からマカオへ渡るだけでも、
その先に何があるのか分からない。

インドの安宿に辿り着くまでの不安。
国境を越える時の緊張。
夜行バスで隣に座る得体の知れない誰か。
財布を盗まれるかもしれない恐怖。

“旅の余白”が圧倒的に大きかった。

そしてその余白に、偶然や出会いや、人生そのものが入り込んでいた。


今のバックパッカーは、昔より快適だ。たぶん安全でもある。

LCCもある。
Airbnbもある。
翻訳アプリもある。
海外送金も簡単。
スマホがあれば、大体なんとかなる。

昔の旅人から見れば、夢みたいな時代だと思う。

でもその一方で、
「迷う」という体験は、確実に減った。

Googleマップを開けば、最短ルートが表示される。
レビュー評価4.6の店に行けば、大きく外すことも少ない。

つまり今は、
“効率的に正解へ向かう旅”ができてしまう。

でも本来、旅ってもっと不器用なものだった気がする。

間違える。
迷う。
騙される。
腹を壊す。
言葉が通じない。
帰りたくなる。

その全部を含めて、
「自分が世界の中で生きている感覚」があった。


だから今、「いつもと違う旅」が贅沢になった

高級ホテルに泊まることよりも。

予定通りに観光地を回ることよりも。

“少しだけ不安な旅”の方が、
記憶に残るようになった。

知らない町の喫茶店に入る。
あえて下調べを減らす。
目的地を一つしか決めない。
夜の路地を歩く。
現地のスーパーへ行く。

そんな旅の方が、
なぜか人生に深く残る。

きっと、人は「消費」ではなく、
“感情が動いた瞬間”を覚えているからだ。


KIKKAKEKKOをやっていて思う

僕は店をやっているけれど、
実はずっと「旅」に憧れている。

それは観光地を巡ることじゃなくて、
“まだ知らない空気”に触れたい感覚に近い。

知らない町。
知らない人。
知らない器。
知らない珈琲。
知らない価値観。

そういうものに触れるたび、
自分の中の固定された感覚が少し壊れる。

たぶん旅って、
「世界を見る行為」じゃない。

“自分が思い込んでいた世界の狭さ”を知る行為なんだと思う。


今だからこそ、深夜特急が刺さる

便利になった今だからこそ。

世界が小さくなった今だからこそ。

沢木耕太郎 の文章が、妙に胸に刺さる。

あの時代のバックパッカーたちは、
世界を効率よく回りたかったわけじゃない。

「自分が何者なのか」を知りたかったんだと思う。

だから彼らは、
時間を無駄にしながら旅をしていた。

そしてその無駄の中に、
人生があった。


次の休みくらい、
ちゃんと迷える旅に出てみたい。

スマホの充電を気にしながらじゃなく。

“どこへ行くか”より、
“何を感じるか”を大事にする旅へ。

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