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JW916 丘前の宮

【東征激戦編】エピソード57 丘前の宮


第十二代天皇、景行けいこう天皇てんのう御世みよ

西暦111年、皇紀こうき771年(景行天皇41)。

ここは、遇鹿あうかさと(今の茨城県行方なめがたおか)。

地図(遇鹿の郷:茨城県行方市岡)

東征とうせいをつづける、日本武尊やまとたける・のみこと(以下、タケル)一行は、丘前おかさきみや辿たどいた。

そこで、「タケル」のきさきにして、「おしやん」の娘、大橘比売おおたちばなひめ(以下、オータン)と再会したのであった。 

東征参加者一覧表
系図(オータン)

オータン「ところで、皇子みこ? 弟橘媛おとたちばなひめこと『タッチ』の姿すがたが、見当みあたらぬのですが?」 

タケル(30)「そ・・・それは・・・。」 

おしやん「オータン・・・。こころして聞いてくれ。」 

オータン「は・・・はい。」 

おしやん「『タッチ』は・・・もう、にはねぇ。」 

オータン「えっ?」 

タケル(30)「ゆるせっ。俺の所為せいなのだ!」 

オータン「ど・・・どういうことです?」 

タケル(30)「『タッチ』は・・・俺の身代みがわりとなって・・・。」 

おしやん「皇子みこ? ゆるすもなにも、『タッチ』は、みずかのぞんで、神に身をささげたんだ。だから、あやまらないでくれ。」 

オータン「そ・・・そんなことが・・・。わかたけ? ダータケ? なれたちは、母上ははうえ殿どのと、おわか出来できたの?」 

わかたけ「はい・・・(´;ω;`)ウッ…。」 

ダータケ「(´;ω;`)ウゥゥ・・・。」 

タケル(30)「二人とも、泣くでない! 『タッチ』が悲しむ!」 

たっちゃん「泣きなされ。たれかを想って泣くことは、弱きことではありませぬぞ。」 

おしやん「た・・・たっちゃん?」 

たっちゃん「想いが、強いからこそ、涙となるのじゃ。あつこころざしった丈夫ますらおならば、泣くは、当然のことわりであろう?」 

おしやん「たっちゃん・・・。すまねぇ・・・(´;ω;`)ウッ…。」 

オータン「嗚呼ああ、タッチ・・・(´;ω;`)ウゥゥ。」 

タケル(30)「タッチ・・・。」 

たけし「感傷かんしょうひたっているところ、まこともうわけないのですが・・・。」 

タケル(30)「なんだ?」 

たけし「丘前おかさきみやについて、解説しても、よろしいでしょうか?」 

タケル(30)「なれたちだけで、やってくれぬか?」 

たけし「かしこまりました。」 

武日たけひ「まず、海辺うみべに、膳炊屋舎おおいどのを建てたじ。」 

たけし「炊事場すいじば・・・ということですね?」 

武日たけひじゃがそうだ。小舟を並べて、つなぎ橋にして、丘前おかさきみやできるようにしたんや。」 

イゴット「そのため、膳炊屋舎おおいどのが有ったは、大炊おおいから大生おおう名付なづけられ、大生おおうさとになったんやで。」 

たけし「二千年後の茨城県潮来いたこ大生おおうのことですね?」 

地図(大生の里:茨城県潮来市大生)

イゴット「せやっそうだほんでそして、『常陸国ひたち・のくに風土記ふどき』には、面白おもろはなしが残ってるんやで。」 

たけし「どんなはなしですか?」 

イゴット「膳炊屋舎おおいどので、村人が、義兄上あにうえ(タケルのこと)の御饗みあえ(食事のこと)を作っていた時、雷鳴らいめいひびき、別雷命わけいかずち・のみことが、椿つばき大樹たいじゅもとりてきたんや。」

椿の木

たけし「八咫烏やたがらすこと、賀茂建角身命かもたけつぬみ・のみことの息子、賀茂別雷命かもわけいかずち・のみことですね?」 

武日たけひじゃがそうだ。そして、別雷命わけいかずち・のみことが、村人に声をかけたのをよろこび、やしろが建てられたんや。」 

イゴット「それが、行方なめがたおか鎮座ちんざする、らい神社じんじゃになったんやで。祭神さいじんは、当然のことながら、別雷命わけいかずち・のみことやで。」 

武日たけひ「ここが、丘前おかさきみやと言われちょるじ。」 

地図(雷神社)
雷神社(鳥居と拝殿)

たけし「別雷命わけいかずち・のみこと降臨こうりんした、潮来いたこ大生おおうには、なにも建てなかったんですか?」 

イゴット「建てられてるで。その名も、大生おおう神社じんじゃや。こっちの祭神さいじんは、健御雷之男神たけみかづちのおかみこと、武甕雷神たけみかづちのかみになってるけど・・・。」 

地図(大生神社)
大生神社(鳥居)
大生神社(拝殿)

武日たけひじゃっどんしかし、こっちのやしろは、伝承とはかかわりなく、このに来た、多氏おお・しが建てたとも伝わっちょるじ。」 

次回につづく

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