ホテルと温泉が好きなきみ
すーくんは、赤ちゃんの頃からよく旅行に連れて行っていた。
旅行といっても、車で2、3時間くらいの距離がメインだったけれど、それでも小さい頃から、家とは違う場所で過ごすことには慣れていたのかもしれない。
そのせいもあってか、すーくんは昔から、ホテルや温泉が大好きだ。
1歳の頃は、旅館の廊下を、寝巻きがわりに持って行った甚平姿で歩き回っていた。
小さな甚平を着て、知らない廊下をてくてく歩く姿が、とてもかわいかった。
2歳の頃は、絶賛イヤイヤ期だった。
家では大変なことも多かったけれど、旅行に行くと楽しいことが待っているのが分かるのか、比較的素直について来ることが多かった。
もちろん、眠たい時と、お腹が空いている時を除いて。
3歳になると、ホテルに泊まることそのものを楽しみにするようになった。
ちょっといいリゾートホテルに泊まった時、外出してホテルに戻ると、すーくんが言った。
「新しいお家に帰ってきた」
それには大笑いした。
こんなリッチなお家に住みたいものだ。
4歳頃からは、日本の温泉シリーズの入浴剤を愛用するようになった。
「今日は有馬だ!」
お風呂に入る前に、そんなふうに喜んでいた。
家のお風呂でも、すーくんの中では少し旅気分だったのかもしれない。
5歳の誕生日旅行では、遊園地に行ったあと、
温泉旅館に泊まることになっていた。
私は、遊園地で夢中になって遊んで、帰りたくないと言うすーくんを
引きずって、なんとか旅館に向かうことになるのだろうと思っていた。
でも、実際は違った。
昼過ぎになると、すーくんは言った。
「旅館に行こうか。温泉に入ってのんびりしよう」
完全に、おじいちゃん側の感覚だった。
遊園地で遊ぶより、早めに旅館に入って温泉でのんびりする。
5歳にして、旅の楽しみ方が渋い。
6歳になると、少し生意気なことも言うようになってきた。
ホテル。
温泉。
それに続いて、バイキングの楽しさも覚えた。
旅行先で夫が、
「晩ごはん、どこで食べようか」
と悩んでいると、すーくんはニヤニヤしながら言った。
「ホテルのバイキングにしよう。
旅行はお金をかければかけるほど、楽しくなるんだよ」
なんてことを言うのだ。
そして、すーくんにはめっぽう甘い夫は、
まんまとホテルのバイキングを予約していた。
温泉は、小さい頃から夫の担当だった。
小さい頃は、2秒ごとに違うお風呂へ入りに行って、
夫はまったく疲れが取れなかったそうだ。
でも最近は、じっくり浸かって楽しんでいるらしい。
ジェットバスで体の凝りをほぐす、という楽しみも覚えた。
本当に、何歳なんだろう。
ASDと聞くと、初めての場所が苦手だと思われることがある。
知らない場所。
いつもと違う部屋。
いつもと違うお風呂。
いつもと違う流れ。
たしかに、そういうことが苦手な子もいるのだと思う。
でも、すーくんは昔から、ホテルや温泉が大好きだった。
旅館の廊下を甚平で歩いた1歳。
旅行に行くと、楽しいことがあると分かっていた2歳。
ホテルを「新しいお家」と呼んだ3歳。
入浴剤で全国の温泉を楽しんでいた4歳。
遊園地よりも、早めに旅館でのんびりしたがった5歳。
そして、ホテルのバイキングを提案する6歳。
初めての場所は、すーくんにとって不安だけのものではなかった。
むしろ、楽しみが待っている場所だった。
新しい部屋。
大きなお風呂。
浴衣や甚平。
旅館の廊下。
朝ごはんのバイキング。
知らない景色。
そういうものを、すーくんはすーくんなりに楽しんできた。
もちろん、旅行中に疲れたり、空腹で機嫌が悪くなったり、
予定通りにいかなくて崩れたりすることはある。
でも、それはきっと、どの子にもある。
すーくんにとって旅は、知らない場所に耐える時間ではなく、世界が少し広がる時間だったのだと思う。
ホテルと温泉が好きなきみ。
これからも、いろんな場所に行って、
いろんなお風呂に入って、
ときどき生意気なことを言いながら、
きみの中の世界を広げていってほしい。
