香港の気配vol.7 巨大空港で、リュックがつないだ一期一会
― ブルーの絨毯と、229番ゲートの朝 ―
午前5時。
まだ夜の余韻を引きずった
香港国際空港の片隅で、
スマホのアラームとTIMEXの
手首に伝わる振動が、私を眠りの底から
ゆっくりと引き上げた。
目を開けると、出発ゲート1番のブルーの
絨毯が、まるで高級ホテルの
ロビーのように静かな光をたたえている。
けれど昨夜、私はその上でキャンプ用の
マットと遭難用シートにくるまり、
旅人たちの寝息に混ざって眠っていた。
昨日の晩はよく眠れた。
耳栓とノイズキャンセリングヘッドホン、
アイマスク、首枕クッションまで使って、しっかりとゆっくり眠りに落ちた。
もちろん、そのブルーの絨毯の上で。
周りを見渡すと、
多くの旅行者が私のように
搭乗ゲートの近くで眠っている。
巨大な空港の朝は、ホテルの
ロビーのようでもあり、
どこか避難所のようでもある。


まず初めに確認するのは、
搭乗ゲートだ。 昨晩の時点では、
まだゲート番号が決まっていないから。
香港国際空港の搭乗ゲートは
1から520まである。
実際にすべて使われているのかは
わからないが、とにかく巨大だ。

過去には、搭乗ゲートへたどり着くまでに
地下へ降り、空港内の地下鉄で2駅移動し、再び地上へ上がって
40分ほどかかったこともある。
今回は229番。
1番ゲートからメインの分岐点まで戻り、
地上フロアへ長いエスカレーターで
降りていく。
201〜230の看板を目指して進むと、
ここからは送迎のバスに乗る流れだった。

入口でパスポートと搭乗券をチェックされ、巨大な平たいバスに乗り込む。
空港の滑走路内は一方通行と
ロータリーになっているらしく、
同じような景色の中を勢いよく
ぐるぐると回っていく。
若い女の子のグループは、
カーブのたびに右へ左へと傾き、
まるでアトラクションのように
はしゃいでいた。

しばらくして、私のMountain Laurel Designsのリュックが気になったのか、
白人の男性が話しかけてきた。
「登山に行くのか?」
登山は好きだけれど、今回は行かない。
ただ、軽いからこれを使っているだけだ。
彼の行き先は私と同じタイだった。
彼の奥さんは香港人で、
仕事の関係でタイに移住しているらしい。
今回は用事があって
一時帰国していたそうだ。
彼は、香港はイメージに合わず
ハイキングが楽しめる街だと教えてくれた。
私も、Sir Cecil's Ride Viewing Pointに
今年、夜景を見に登った話をした。

彼はアメリカ出身とのことで、
話題はいつしか、トレイルの話へと
移っていった。
熱心にアパラチアントレイルのことを
話してくれたけれど、私の英語の
ヒアリングの問題か、アメリカの
地理感覚の問題か、どうしても
鮮明なイメージがつかめない。
話がひと段落したところで、私が
以前から行ってみたかった
ジョン・ミューア・トレイルの話を
してみた。 すると彼はまた
身を乗り出すように、ルートや
風景について熱心に説明してくれた、
その時だった。
バスは飛行機の搭乗タラップの前に着き、
プシューという空気の抜ける音とともに、
大きな両開きの扉が開いた。
彼はお別れの挨拶もなく、
奥さんと一緒に
タラップを駆け上がっていった。
欧米人あるある、なのかもしれない。
彼の名前を聞くこともなかったし、
私の名前を伝えることもなかった。
ただ、巨大な香港国際空港のバスの中で、
同じリュックを見つめ、
同じ山の話をした十数分間だけ、
私たちは確かに同じ旅の温度を
共有していたのだと思う。
旅では、こういう一瞬が時々ある。
長い説明も、きちんとした
別れの言葉もないまま、
気づけば人はそれぞれの目的地へ
散っていく。
香港は通り過ぎるだけの
街だったはずなのに、 あの朝の
ブルーの絨毯と、229番フライトへ
向かうバスの揺れだけは、なぜか
旅の記憶の中に残っている。
街に降り立たなくても、
その土地の気配は、人の会話や空気の温度、
すれ違いざまのわずかな隙間に
ふっと宿ることがある。
飛行機のタラップを上がりながら、
私の頭のどこかには、
彼が語っていたアメリカの
長く雄大なトレイルの稜線が、
まだぼんやりと残っていた。
旅はいつも、今いる場所だけでは
終わらない。
次の土地の熱気の向こうに、
まだ歩いたことのない別の道が、
静かに続いているのかもしれない。
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