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それでも山に行く理由vol.80 拝啓、10歳の君へ

8:01
The Rocksの街へ飛び出した。

古いレンガ造りの建物。
その向こうにそびえる近代的な高層ビル。

新しいものと古いものが
同じ景色の中にある。
そのコントラストが、この街独特の
雰囲気をつくっている。

そして、Sydney Harbour Bridgeへ。

初秋の朝の風が気持ちいい。
50歳になって、仕方なく始めたマラソン。
それが私にもたらしたものは、
思っていた以上に大きかった。

今でも、走ること自体は好きではない。

だけど私は、車でも地下鉄でも
自転車でもない、自分の身体だけで、
そこそこのスピードで自由自在に
移動できる手段を手に入れた。

旅先では、これがものすごく便利だ。

おまけに、どこへ行って何を食べても、
以前ほど体型を気にしなくなった。
走ることが好きになったわけではない。
走れる自分が、便利なのだ。

Sydney Harbour Bridgeを走りながら、
ふと思い出した。

昭和の時代。
まだ私が子供だった頃、
誰かの海外旅行のお土産で、
この橋の形をした鉛筆削りを
もらったことがある。

小さなSydney Harbour Bridge。
あの頃の私にとって、
オーストラリアなんて、とてつもなく
遠い外国だった。

その手のひらに乗る橋を眺めていた少年が、40年後、本物の橋の上を自分の足で
走っている。

人生とは、不思議なものだ。
拝啓、10歳の君へ。

君が今、手に持っているその小さな橋。
40年後、本物のその上を走っているよ。
たぶん、君には信じられないだろうけど。

橋の上から港を眺める。
YHAから見えていた港の大きなホテル。
橋の上から見て、ようやく気づいた。

ホテルではない。
豪華客船だった。
デカい。
オペラハウスよりもデカいんじゃないかと
思うほどだ。
世界一周でもしているのだろうか。
 
そのまま走る。
教会
芝生の公園
犬を散歩させる人
芝生でヨガやストレッチをする人
海にはシーカヤック
工事現場には、オレンジ色の
蛍光ジャケットを着た、まるで
モデルのような女性が働いている。

どれも観光名所ではない。

でも、走っていると、そんな普通の街の
日常が次々と目に入ってくる。

2時間半ほど走ったり歩いたりして、 Kirribilliのフェリーターミナルまで来た。

おそらく、ここからフェリーに乗れば 湾の反対側、オペラハウスのある方へ
戻れるのだろう。

路線図もある。
だけど、乗り方もよくわからない。
どこへ行くのかもよくわからない。
土地勘がないから、路線図を見ても
いまひとつ頭に入ってこない。

しばらく眺めて――やめた。
そうだ。やっぱり走ろう。

途中、Lady Gowrie Lookoutへ。
特に何かがあるわけではない。
海へ下りる階段と、緑色のベンチ。

それだけ。
それにしても、この国の人は
ベンチが好きだ。

少し先には、Australian Federal Policeの
ワインレッドのRVが停まっていた。

メーカーを見ると、ISUZU。
懐かしい。

若い人は知らないかもしれないが、
いすゞは日本でもかつて乗用車や
トラックを販売していた。

今の日本では大型トラックやバスの
イメージが圧倒的に強いけれど、
海外では今もピックアップやSUVで
存在感がある。

タイでも生産され、世界各地を走っている。
まさかシドニーで、こんな形で日本の ISUZUに出会うとは思わなかった。

さらに走って、Beulah Street Wharfへ。
子供たちが釣りをしている。

右を見るとSydney Harbour Bridge。
正面にはSydney Opera House。
観光客も少ない。
これは、抜群のビューポイントだ。
有名な場所だけが、いい場所とは限らない。

さて。
また橋を渡る。
今度はオペラハウスへ向かった。

近づくにつれて、一気に人が増えてくる。
観光客でいっぱいだ。
早々に走り抜け、
Royal Botanic Garden Sydneyへ。

また芝生。
そして、またベンチ。
やっぱり、この国の人は芝生とベンチが
大好きなのだろう。

それにしても、ここを単なる「公園」と
呼んでいいのだろうか。

街のど真ん中に、これほど広々とした 
自然を感じられる場所が、誰にでも
開かれている。
走りながら、その豊かさに感心する。

そして、Art Gallery of New South Walesへ。
巨大な美術館だ。
全部をまともに見ようとしたら、
一日かかりそうだ。

さすがの私も、美術館の中までは
走らなかった。

数え切れないほどの作品を眺めながら
歩いていると、一枚の絵の前で 足が止まった。

ゴッホ。
たくさんの絵の中に、
特別扱いされるでもなく、
その自画像はあった。

それでも、一目見ただけで ゴッホだとわかった。
約150年前に描かれた一枚の絵。

色なのか。
筆の跡なのか。
表情なのか。
理由はうまく説明できない。

でも、そこには時間を超えて
伝わってくるような、強烈なエネルギーが
封じ込められているように感じた。

何十年経っても残るものがある。
そして、何百年経っても、
人を立ち止まらせるものもある。

美術館を出て、また街へ。
St Mary’s Cathedral
Australian Museum
Surry Hillsの古着屋
さらにスーパーへ寄り、
豚肉と明日の食材を買う。

山では、一本の道を歩けばいい。
だけど都会は違う。
右を見ても左を見ても何かある。

建物、人、店、歴史、食べ物、アート。
情報量が多すぎて、見る場所に困る。

タスマニアでは「何もないこと」に 
感動していたのに、シドニーでは
「ありすぎること」に圧倒されている。

同じオーストラリアなのに、
まるで別の国を旅しているようだった。

18:35
日が落ちてくる。

街角のレストランやテラス席は、
夕食を楽しむ人たちで
さらに賑わい始めた。

朝8時にThe Rocksを飛び出してから、
ずいぶん長い一日になった。

橋を渡り、港を走り、公園を抜け、
美術館に入り、また街を歩いた。

車でもない。
地下鉄でもない。
自分の足だけで見て回ったシドニー。

50歳の時には、こんなことのために
走り始めたわけではなかった。

人生では、嫌々始めたことが、
何年か後に思いもしなかった場所へ 
連れて行ってくれることがある。

さてと。
私も夕食にするか。


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この感覚を形にした服がGENIEです。
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https://genienature.official.ec/


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