みんな、老いる前に「オッサン」になる。 ― アラフィフ人生で、僕が絶対に手放したくないもの ―
「オッサン」と聞くと、
何歳くらいの人を想像するだろう。
40代?
50代?
60代?
それとも、会社で偉そうにしている
年配の男性だろうか。
オッサンの僕も以前なら、
そんなイメージを持っていたと思う。
でも最近、「オッサンになることと、
歳を取ることは違うのかもしれない」と
思うようになった。
きっかけになったのが、山口周さんの
『劣化するオッサン社会の処方箋
なぜ一流は三流に牛耳られるのか』
という本だった。
ただ、ここでこの本の感想を
書きたいわけではない。
この本に書かれていることをきっかけに、
これから自分は、どう生きていきたいのか。
それを考えてみたい。
「オッサン」は年齢でも性別でもない
この本でいう「オッサン」は、
中年男性という意味ではない。
年齢も性別も関係ない。
大きく分けると、
こんな人のことを指している。
古い価値観に凝り固まり、
新しい価値観を受け入れない。
過去の成功体験に執着し、
自分の立場や既得権益を手放さない。
上下関係を強く意識して、
上の人には媚びるのに、
下の人には偉そうにする。
そして、
自分とは違う考え方や、
外から来た人を受け入れない。
そう考えると、
20代にも「オッサン」はいる。
逆に70代になっても、
新しいことを面白がり、
若い人の話を聞き、
知らない世界に飛び込んでいく人もいる。
そんな人を僕は、
あまり「オッサン」とは感じない。
つまり、人は歳を取ったから
オッサンになるのではない。
変わることをやめたときに、
オッサンになっていくのだと思う。
なぜ組織は少しずつ劣化していくのか
この本には、
少し怖い話が出てくる。
なぜ会社や組織では、ときどき
「どうしてこの人が一番偉いんだろう?」
と思うような人が、大きな権限を持つのか。
優秀な人は、
自分より優秀な人を認めることができる。
でも、
すべての人がそうとは限らない。
自分より優秀な人を脅威に感じ、
自分の言うことを聞く人。
自分に反対しない人。
自分を持ち上げてくれる人。
そんな人を周囲に置き始める。
すると、二流、三流の管理職が、
自分にとって都合のいい人を引き上げる。
異論を言う人が遠ざけられる。
さらに同じような人が上に行く。
そして組織全体が、
少しずつ考えなくなっていく。
誰か一人の悪人が、
会社を壊しているわけではない。
こういうことが何年も積み重なって、
組織そのものが劣化していく。
これは会社だけの話ではないと思う。
国でも、
学校でも、
地域でも、
小さなグループでも起こり得る。
「経験があるから偉い」が通用しなくなった
昔は、
歳を重ねることそのものに価値があった。
世の中の変化が、
今よりずっと遅かったからだ。
30年仕事をしてきた人には、
30年分の知識と経験があった。
若い人が知らないことを、
年長者は知っていた。
だから、年齢 ≒ 経験 ≒ 知識
という関係が、
ある程度成立していたのだと思う。
でも今は違う。
社会も、
技術も、
仕事も、
価値観も、
ものすごい速さで変わっている。
昨日までの正解が、
今日には通用しないこともある。
そうなると、
「俺はこの仕事を30年やってきた」
という言葉だけでは、
価値にならない。
むしろ怖いのは、
過去の成功体験が、新しいことを考える邪魔をすることだ。
「昔はこうだった」
「俺たちの頃はこうした」
「今までこれでうまくいった」
この言葉を使い始めたときこそ、
気をつけなければならない。
「20年の経験と、1年を20回は違う」
これは自分自身にも、
かなり刺さる。
「私は20年、この仕事をしています」
と言ったとしても、
本当に20年分、成長してきたのだろうか。
もしかしたら、1年間で覚えたことを、
20年間繰り返していただけ。
かもしれない。
同じ会社。
同じ仕事。
同じ取引先。
同じ人間関係。
同じ考え方。
それでも年数だけは増えていく。
経験の価値は、
長さだけでは決まらない。
大切なのは、どれだけ違う経験をしたか。
そして、その経験によって、
自分の考え方がどれだけ変わったか。
なのだと思う。
おかしいと思ったら「Opinion」
ここで僕が、これから特に
大切にしたいと思った考え方がある。
Opinion(オピニオン)とExit(エグジット)
Opinionは、意見を言うこと。
会社や組織で、「これはおかしい」
と思ったときに、黙らずに声を上げる。
ただし、
誰かと喧嘩するという意味ではない。
「あなたは間違っている」ではなく、
「この方法には、こういう問題があると思います」
「従来はAでしたが、今回はBを試してみませんか」
「私はこの判断には賛成できません。理由はこうです」と伝える。
人を攻撃するのではなく、
問題について意見を言う。
これならできる。
そして、やらなければいけないと思う。
黙っていることは、本当に中立なのか
これは考えさせられた。
会社でおかしなことが起きている。
でも、
「俺には関係ない」
「上が決めたことだから」
「言っても仕方がない」
そうやって黙っている。
一見すると、
何も悪いことをしていないように思える。
でも本当にそうだろうか。
おかしいことに対して、
Opinionもしない。
Exitもしない。
その場所に残り続ける。
結果として、
その仕組みを支えてしまう。
つまり、
沈黙は必ずしも中立ではない。
僕はこの考え方を、
忘れないようにしたい。
そして、もう一つの選択肢が「Exit」
Opinionを言っても、
どうしても変わらないこともある。
そのときには、
Exitする。
つまり、
そこから離れる。
会社なら転職する。
取引先なら、
取引をやめる。
コミュニティなら、
抜ける。
人間関係なら、
距離を置く。
我慢し続けることだけが、
正解ではない。
でも、
ここで一つ大きな問題がある。
誰でも簡単にExitできるわけではない。
「辞めればいい」は簡単だけれど
会社が嫌なら辞めればいい。
よく聞く言葉だ。
でも現実は、
そんなに簡単ではない。
家族がいる。
住宅ローンがある。
生活費が必要だ。
子どもの教育費もある。
年齢の問題もある。
次の仕事が見つかる保証もない。
だから、
「嫌なら辞めればいい」
だけでは、
少し乱暴だと思う。
大事なのは、今すぐExitすることではない。
いつでもExitできる自分を
作っておくことだ。
僕はこちらのほうが、
ずっと大切だと思う。
会社に依存すると、Opinionも言えなくなる
もし、この会社を辞めたら生きていけない。
と思っていたら、
上司に反対意見を言えるだろうか。
かなり難しい。
だから、会社への依存度が高くなる。
↓Exitできなくなる。
↓Opinionも言えなくなる。
↓おかしいと思っても黙る。
↓組織はますます変わらなくなる。
こんな循環が生まれる。
だから必要になるのが、
人的資本と社会資本なのだと思う。
人的資本+社会資本=モビリティ
少し難しい言葉だけれど、
考え方は簡単だ。
人的資本とは、
自分の知識。
技術。
専門性。
経験。
問題を解決する力。
つまり、自分自身が持っている力。
一方の社会資本は、
人とのつながり。
信用。
評判。
社外の仲間。
「この人と仕事をしたい」
と思ってもらえる関係。
つまり、自分と社会とのつながり。
この二つを増やしていく。
すると、「この会社でしか生きられない」
から、「ここでなくても生きられる」
に変わっていく。
これが、モビリティ。
動ける力だ。
Exitするためではなく、自由でいるために
ここを間違えたくない。
モビリティを高める目的は、
会社を辞めることではない。
むしろ、辞めなくてもいい。
ただ、「いつでも辞められる」
という状態を作る。
すると不思議なことが起きる。
怖くなくなる。
Opinionを言えるようになる。
つまり、
人的資本を作る。
社会資本を作る。
モビリティが高くなる。
Exitという選択肢を持てる。
だからOpinionが言える。
僕にとってこれは、
単なる転職論ではない。
自由に生きるための準備
なのだと思う。
会社の看板を外したとき、僕は誰なのか
これは、
自分自身にも問い続けたい。
会社名を言わない。
役職も言わない。
名刺も持たない。
その状態で、
「あなたは何ができる人ですか?」
と聞かれたとき、
何と答えるだろう。
会社の肩書が、
自分の価値だと思い始めると危ない。
会社の信用と、
自分自身の信用は違う。
会社を離れた瞬間に、すべてが
なくなるような生き方はしたくない。
だから、会社の外でも通用する能力を持つ。
会社の外の人と仕事をする。
社外の人に会う。
違う世界の人と話す。
自分の名前で仕事を頼まれるようになる。
会社とは関係のない仲間を持つ。
そして、
小さくてもいいから、
自分の力でお金を生み出す経験をする。
それが、
自分の人生の選択肢を
増やしてくれると思う。
年齢を重ねるほど「アウェー」へ行く
歳を取るほど、
人はホームにいたくなる。
知っている会社。
知っている業界。
知っている人。
自分を評価してくれる場所。
そこにいれば楽だ。
でも、
だからこそ僕は、
年齢を重ねるほど、アウェーへ行きたい。
知らない業界。
知らない国。
知らない仕事。
自分より若い人たち。
自分の常識が通用しない場所。
そこでは、
昔の肩書なんて関係ない。
「俺は昔こんな仕事をしていた」
と言ったところで、
誰も気にしてくれないかもしれない。
それでいい。
知らない場所へ行けば、
また初心者になれる。
また失敗できる。
また人に教えてもらえる。
僕は、これがオッサン化を防ぐ
一番いい方法の一つだと思う。
若い人に勝とうとしない
これも、
これから大切にしたい。
年齢を重ねてまで、
若い人と同じ土俵で勝とうとしなくていい。
体力。
新しい技術。
情報を吸収する速度。
時代感覚。
若い人のほうが優れていることは、
たくさんある。
そこで、
「俺のほうが経験がある」
と張り合うのではなく、
若い人が勝てるようにする側へ回る。
それでいいと思う。
「俺についてこい」から「君がやれ」へ
サーバントリーダーシップという
考え方がある。
簡単に言えば、
支配するリーダーではなく、
支えるリーダーになることだ。
自分が持っている経験。
人脈。
信用。
知識。
そして、
ある程度の権限。
それを使って、
若い人に挑戦してもらう。
「俺についてこい」
ではなく、
「君がやってみたらいい」
そして、
「失敗したら、そのときは一緒に考えよう」
と言える人になりたい。
自分が主役であり続ける必要はない。
誰かが挑戦するための土台になる。
それも、
年齢を重ねた人間だからこそできる
仕事なのだと思う。
だから、教養を持ちたい
ここで必要になるのが、
教養なのだと思う。
でも、
物知りになりたいわけではない。
哲学者の名前を覚えることでもない。
難しい本を100冊読んで、
知識を自慢することでもない。
僕が欲しい教養は、
自分の常識を疑う力。
「本当にそうなのか?」
と考える力だ。
昔はこうだった。
↓なぜそうだったのか?
↓その理由は今も存在するのか?
↓別の考え方はないのか?
そうやって、
自分自身の思考を更新していきたい。
ビジネス書だけを読まない
だから、
これからは仕事に役立つ本だけではなく、
哲学。
歴史。
文学。
郷土史。
社会学。
芸術。
科学。
量子力学。
いろいろな世界に触れてみたい。
明日の仕事に使えなくてもいい。
むしろ、すぐに役立たないものを読む。
その中に、今まで自分が当たり前だと
思っていたことを、
ひっくり返してくれる
何かがあるかもしれない。
自分と反対の本も読む、これは
意識してやりたい。
自分の考えと同じ本を読むのは、
気持ちがいい。
「やっぱり俺は正しかった」
と思えるからだ。
でも、
それだけを繰り返していると危ない。
例えば、「日本企業はもうダメだ」
と思っているなら、
日本型経営の良さを書いた本も読む。
「若い人に任せるべきだ」
と思うなら、経験や熟練の
価値について書いた本も読む。
そして、この山口周さんの本を読んで、
「その通りだ!」
と100%信じて終わってしまったら、
今度は、山口周さんの考え方に
凝り固まった「オッサン」に
なるかもしれない。
それでは意味がない。
読んだだけでは、何も変わっていない
本を読んで、
「勉強になった」
「面白かった」
と言って終わる。
僕もよくやる。
でも、
本当に分かったということは、
その前と後で自分が少し
変わることなのだと思う。
だったら本を一冊読んだら、
「この本を読んで、何をやめる?」
「何を始める?」
と自分に聞いてみる。
例えば、次の会議では一度、
自分の意見を言ってみる。
毎月一人、
今まで知らなかった世界の人と会ってみる。
会社の以外の副業で、
自分の力で1円を稼いでみる。
20歳年下の人から、
何かを教えてもらう。
そんな小さなことでいい。
読むだけではなく、
一つ行動を変える。
教養そのものが「オッサン化」
することもある
これも忘れたくない。
たくさん本を読む。
郷土史を学ぶ。
美術を知る。
歴史を語れる。
そして、「俺は教養がある」
と思い始める。
これもまた、
危ない。
教養が新しい権威になった瞬間に、
「知らない人より自分のほうが上だ」
という、
別の上下関係を作ってしまう。
だから、
教養を身につける。
↓自分の常識を疑う。
↓考えが変わる。
↓行動が変わる。
ここまでいって、
初めて意味があるのだと思う。
「辞める」のは最後でいい
僕なら、
OpinionとExitをこう使いたい。
まず学ぶ。
↓自分の能力を高める。
↓会社の外へ出る。
↓いろいろな人とつながる。
↓小さなOpinionを始める。
↓いつでもExitできる状態を作る。
↓それでもどうしても変わらなければ
Exitする。
いきなり逃げる必要はない。
でも、逃げ道のない人生にはしない。
これは、かなり大切なことだと思っている。
自分自身への「オッサン化チェック」
これから時々、
自分にこんな質問をしてみようと思う。
「昔はこうだった」とよく言っていないか。
年下から教えてもらうことを嫌がっていないか。
自分に反対する人を遠ざけていないか。
会社の外に友人や仕事仲間がいるか。
肩書がなくなることを怖がっていないか。
この1年間、何か新しいことに挑戦したか。
優秀な若い人を見たとき、嫉妬より先に
「面白い」と思えるか。
最近、仕事とは関係のない本を読んだか。
自分の常識を疑ったことがあるか。
「俺の経験では」が口癖になっていないか。
失敗しそうなことを、避けていないか。
何でも自分で決めようとしていないか。
若い人に、本当の決定権を渡しているか。
もしYESが増えてきたら、
年齢の問題ではなく、
自分の中でオッサン化が始まっている。
そう考えようと思う。
劣化する人生と、成長し続ける人生
こうして考えてみると、
二つの道が見えてくる。
一つは、過去に成功する。
↓その経験に頼る。
↓新しいことを学ばなくなる。
↓自分の世界だけで生きる。
↓会社や肩書に依存する。
↓Exitできなくなる。
↓Opinionも言えなくなる。
↓権力に従う。
↓やがて自分が権力を持つ。
↓自分に反対する人を遠ざける。
↓気づいたら、自分自身が
「劣化したオッサン」になっている。
もう一つの道は、好奇心を持つ。
↓本を読む。
↓自分の常識を疑う。
↓知らないことを経験する。
↓アウェーへ行く。
↓自分の能力を増やす。
↓会社の外にも仲間を作る。
↓モビリティを高める。
↓いつでもExitできる。
↓だからOpinionが言える。
↓歳を重ねたら、
自分の経験や人脈を若い人のために使う。
↓そして、また知らない世界へ行く。
僕は、
こっちの人生を歩いていきたい。
歳を取ることは、悪いことではない
みんな必ず歳を取る。
それは止められない。
髪も白くなる。
体力も落ちる。
若い頃のようには、
できなくなることも増える。
でも、歳を取ることと、
劣化することは違う。
経験を積みながら、
考え方は柔らかくする。
知っていることが増えても、
「知らない」と言える。
年下の人にも、「それ、教えて」と言える。
自分の間違いに気づいたら、
「俺が間違っていた」
と言える。
そして、何歳になっても、
知らない場所へ行き、
知らない人に会い、
知らないことを面白がる。
そんな人でいたい。
これからの人生で、僕が手放したくないもの
結局、
僕が一番怖いのは、歳を取ることではない。
好奇心を失うことだ。
知らないものを、
面倒くさいと思う。
違う意見を、
うっとおしいと思う。
若い人を見て、「最近の若いやつは」
と言い始める。
そして、過去の自分の成功だけを、
何度も語る。
そんな人には、なりたくない。
だから、
学ぶ。
人に会う。
旅をする。
知らない世界へ行く。
失敗する。
Opinionを言う。
Exitできる力を持つ。
そして、
誰かが挑戦するときには支える。
会社や肩書ではなく、
自分自身の名前で生きられる人間になる。
これから歳を重ねていく中で、
成功するかどうかよりも、
お金をどれだけ持つかよりも、
偉くなるかどうかよりも、
僕はそちらを大切にしたい。
*
ここまで書いてきたことの多くは、山口周さんの『劣化するオッサン社会の処方箋』を読んだことがきっかけになっている。
ただ、このnoteでは本の内容を、そのまま紹介したかったわけではない。本を読みながら、何度も自分自身に問いかけた。
「じゃあ、自分はこれからどう生きるんだろう。」
「自分自身が、いつか“劣化するオッサン”にならないために、何をしていけばいいんだろう。」そして僕なりに考えた答えを、この投稿に書きました。
山口周さんが投げかけてくれた問いがなければ、ここまで自分のこれからについて考えることはなかったかもしれない。
素晴らしい問いを与えてくれた著者に、まず感謝したいです。
そして、ここまで読んでくれた人にも、一度だけ自分自身に問いかけてみてほしい。
「自分は歳を重ねているだけなのか。それとも、少しずつ“オッサン”になっているのか。」
答えは、年齢ではなく、これからの私たちの生き方の中にあるのだと思う。
*
そして最後に、
僕の友人が誕生日に送ってくれた言葉を、
シェアしたい。
“Age is just a number.”
年齢は、ただの数字にすぎない。
本当に大切なのは、何歳かではなく
その年齢で、
何を面白がり、
何を学び、
誰と出会い、
どこへ向かおうとしているのか。
歳を重ねることは、
止められない。
でも、
好奇心まで歳を取らせる必要はない。
過去の成功にしがみつかず、
知らないことを恐れず、
何歳になっても新しい世界へ
踏み出していく。
そして、
若い人からも素直に学び、
自分とは違う考え方にも耳を傾ける。
そんなふうに生きていけたら、
歳を取ることは、
きっと悪いことではない。
むしろ、
これまで積み重ねてきた経験を持ったまま、
また新しい人生を始められるということなのかもしれない。
“Age is just a number.”
だから僕は、
これからも歳を重ねていく。
でも、「オッサン」にはならない。
何歳になっても、「それ、面白そうやな。」
そう言える自分にワクワクしたい。
この山の自然の空気を、
服として纏える場所があります。
北タイの手仕事から生まれた
ナチュラル・ハンドメイド
快適ウェア
この感覚を形にした服がGENIEです。
→ プロフィールから
https://genienature.official.ec/
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