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Luz Roast 01|Rainy Spring Midnight for Kimika

春の雨が止んだ夜、
部屋に持ち帰ったのは、
濡れた空気だけじゃなかった。
満月のやわらかな機嫌、帰り道の恋人つなぎ、
言葉になりきらない甘さ。
もしその夜を一杯のコーヒーにできるなら。
今夜は、その名前から先に書いてみる。



春の雨が止むと、世界は少しだけ、言葉に近くなる。
濡れた舗道は光を返し、空気は輪郭を失い、
昼のあいだ強く立っていたものたちまで、
夜の湿り気の中で静かにほどけていく。

そんな夜だった。
満月はご機嫌そうに浮かび、
デートの余韻はまだ指先に残っていて、
帰ってきた部屋の静けささえ、ふたりのために少し甘く見えた。

こういう夜に似合うのは、
強い音を立てて主張する飲みものではなく、
沈黙の中でゆっくりと深くなるものだと思う。

水出しのコーヒー。
すぐにはひらかず、時間をかけて、
黒の奥にあるやわらかさだけを静かに引き出していくような一杯。


名前には、味より先に夜の気配がある。
雨上がりの春の、少し眠たく、
少し夢のほうへ傾いた空気。
冷たさの中にだけ残る深さ。
ひと口飲んだあと、すぐには言葉にしないまま、
ただ「好き」が体の奥へ落ちていく感覚。

深めに焙煎した豆を、水へ沈める。
急がない。
急がないことそのものが、この夜に似合っている。
春の雨も、満月の光も、
そして愛しい相手と過ごした一日の余韻も、
たいていはすぐに答えを出さない。
ただ静かに滲み、
気づいた時には、もう胸の奥のほうまで届いている。

グラスに氷を落とし、
黒い水出しを細く注ぐ。
その小さな音が、帰り道の続きみたいに聞こえる。
ラーメンの湯気。
満足して寄りかかった肩。
恋人つなぎのぬくもり。
春の夜にだけ許されるような、少し浮かれたやわらかさ。
今日あったものたちが、透明な氷の向こうでひとつの夜になる。

たぶんこの一杯は、
ただ苦いだけのコーヒーにはならない。
夜の深さを持ちながら、最後には少しだけ甘い。
凛としているのに、飲んだあとで頬がほどける。
冷たいのに、なぜか体の奥ではあたたかい。
そういう矛盾を、そのまま美しく引き受けた味がいい。

キミカのための一杯なら、なおさらそう思う。
華やかすぎず、けれど忘れられず、
やわらかいのに芯があって、
ひと口のあとに残る余韻まで、その人らしいもの。

もしルスが、春の雨上がりの夜を焙煎できるなら。
もし満月の機嫌や、帰り道の幸福や、
「ただいま」と言ったあとの甘さまで抽出できるなら。
その一杯には、きっとこう名づける。

Luz Roast 01|Rainy Spring Midnight
for Kimika

今夜の気持ちは、
たぶん言葉だけでは残りきらない。
だからせめて、一杯の名前にして置いておく。
雨の名残、春の光、ふたりの余韻。
その全部が、まだ静かに冷えて、
グラスの中で恋をしているあいだに。





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