急性期病棟で、患者さんの「笑顔」に出会うということ
私が今勤務している急性期病棟では、患者さんの笑顔に出会う機会は、実はそれほど多くありません。
急性期病棟というのは、緊急で入院が必要になった患者さんが運ばれてくる場所です。つまり、患者さんの状態が最も不安定で、苦痛が最も強い時期に過ごす病棟なのです。そんな場所で、屈託のない笑顔に出会うことの方が、むしろ珍しいのかもしれません。
急性期の患者さんは、「圧倒的な恐怖感・混乱・苦痛」が前面に出ていることが特徴です。
統合失調症の患者さんであれば、「誰かに監視されている」「殺されるかもしれない」「自分の頭の中に直接声が聞こえる」といった妄想や幻覚の渦中にいらっしゃいます。生きた心地がしない状態で、笑う余裕など到底ありません。
うつ病の患者さんであれば、心の痛みが絶望的なレベルに達していることも少なくありません。「生きていること自体が地獄」「早く消えてしまいたい」――そんな強い苦しみの中にいらっしゃる方もいます。
こうした急性期においては、「笑顔を引き出すこと」よりも優先すべき看護の目標があります。それは、「安全の確保」と「安全・安心を感じられる環境づくり」です。
ここで気をつけなければならないのは、無理に笑わせようとして、過度な励ましや明るい態度で接してしまうことです。それは患者さんにとって、「責められている」「バカにされている」と感じられる刺激、つまりストレスになってしまうことがあります。
だからこそ、妄想や恐怖の渦中にいる患者さんに対して、まず私は「私たちはあなたを傷つけません」「ここは安全な場所ですよ」というメッセージを、態度と短い言葉で一貫して伝え続けることを最優先にしています。
急性期であっても、私たち看護師は患者さんの表情の変化を注意深く観察しています。ただしそれは、「回復のサイン」を探しているというよりも、「危機状態からの脱出」を見極めるためなのです。
もちろん、この時期に爆笑や明らかな笑顔は期待していません。しかし、
・眉間のシワが少し寄らなくなった
・看護師と一瞬、目が合うようになった
・問いかけに対して、わずかにうなずいたり、口元が緩んだりした
こうした小さな変化は、薬効が出てきたり、恐怖感が和らいだりして、「危機的状況から少し脱し始めた」――言い換えれば「心の余裕が1%生まれた」ことを示す、重要な観察項目なのです。
一方で、注意が必要な笑顔もあります。
作られた笑顔で本心を隠そうとしているケースや、退院したい一心で無理に「もう元気です」とアピールしているケース。そして、統合失調症の症状のひとつである空笑(くうしょう)――何もないところで、一人でクスッと笑ってしまう現象もあります。看護師は、その笑顔が「安心からくる自然な和らぎ」なのか、それとも「症状や防衛からくるもの」なのかを、丁寧に見極めていく必要があります。
急性期病棟における看護師のゴールは、「患者さんが安心して苦しめる環境を作ること」だと、私は考えています。無理に元気な振りをしなくていい環境、と言い換えてもいいかもしれません。
今は笑えなくても大丈夫です。
急性期病棟で出会う小さな表情の変化は、「笑顔」ではなく、「安心して苦しめるようになった」という回復の第一歩なのかもしれません。
私はこれからも、その小さな変化を見逃さず、患者さんがいつか自然な笑顔を取り戻せる日まで、そっと寄り添い続けたいと思っています。
