「子どもを信じる」の呪い。大切な絵本にハサミを入れた、私の断腸の思い
始まりは、大好きな絵本の「型紙」から
ある日の朝、娘が1冊の絵本を持ってきた。
林明子さんの名作『こんとあき』。
娘が指さしたのは、物語の最初にある「こんの型紙」が描かれたページだった。
「これを切りたい!」
娘の目はキラキラ輝いていた。
きっと、これを切り抜けば大好きな「こん」が作れる、本物のこんに会える!と思ったんだろう。
でも、私にとってはハッと息を呑む瞬間だった。
絵本は切るものじゃない。それに、その絵本は私にとっても大切な宝物だったから。
「絵本は切るものじゃないんだよ。これはママの大事なものだから」
そう伝えると、娘は大泣き。
「ページをコピーして、それを切ろう?」と提案しても、納得しない。
朝の忙しい時間。
叱りはしなかったものの、私は長々と説得を続けた。だけど娘の涙は止まらない。 最後は私が根負けする形で、胸を痛めながら、
「……いいよ」
と言った。
すると、娘が急にピタッと泣き止み、「切らない……」と言い出した。
「いいよ、いいよ!こんな風に切りな!」
私はもう、勢いでハサミを入れ、じょきじょきとページを切り抜いた。
ハサミを動かすたびに胸がしめつけられる。
でも、子どもの好奇心をつぶすようなことはなるべくしたくない――。
だけど、それを見た娘は、結局自分ではハサミを握らなかった。
そのまま興味を失くしてしまったように、テレビをつけてしまった。
手元に残ったのは、丸く穴の空いてしまった大切な絵本と、なんとも言えない切なさ。
そして、 「私の長い説得がいけなかったのかな……」という後悔だけだった。
「子どもの好きにさせる」と「私の考え」の衝突
実はその少し前にも、似たような「事件」があった。 フリマアプリで購入した、こどもちゃれんじのDVDだ。
以前、「娘の好きにさせよう」と娘の好きな順番で見せたら、
急に内容のレベルが上がってしまって娘が混乱し、
後から大変な思いをしたことがあった。
その反省から、私は「6月には6月のDVDを」と月ごとに見せたくて、先の分のDVDは隠していた。
ところが、それが娘に見つかってしまい……。
「これが観たい!」と大泣き。
そのときは私にも心の余裕がなく、去年の大変さを思い出して、思わず「ダメ!」と強く突っぱねてしまい→自己嫌悪。
最近、こんなことがよく起こる。
育児書を開けば、決まって書いてある言葉。
「子どもの好きにさせましょう」
「子どもを信じて」
最近では、この言葉が呪いのように感じる。
私の側にも「こうしたい」という心情や都合はある。
この二つがぶつかり合うたび、私は自分の子育てに自信が持てなくなっていた。
「私が我が儘なのか」 「もっと子どもの言う通りに、広い心で受け止めてあげるべきなのか」って。
渦中にいるときは見えなかった、子どもの心理
後から少し冷静になって振り返ってみて、なんとなく、娘の心の中で何が起きていたのかが見えてきた。
絵本のページを「切らない」と言った娘。
彼女は、大好きなママから「これはママの大事なもの」と何度も説得される中で、子どもながらに激しく葛藤していたんだと思う。
「こんに会いたい」というワクワクと、 「ママを悲しませたくない、悪いことをしちゃいけない」という罪悪感。
そして私が折れてハサミを入れた瞬間、そこに現れたのは「大好きなこん」ではなく、「ママの大事なものに穴が空いてしまった」という気まずい現実。
娘は、私の無理した空気を感じ取って、現実に引き戻されてしまったのだと気づいた。
DVDのときもそうだ。 先を見通せない子どもにとっては「今、目の前にある楽しそうなもの」がすべて。
でも、その後に待っている「難しくて分からない!」という癇癪の尻拭いをするのは、育児書の著者ではなく、私自身なのだ。
育児書の正論よりも、目の前の私たちの笑顔を
真面目に、真剣に子どもに向き合おうとすればするほど、育児書の「正論」はナイフのように自分を突き刺してくる。
でも、家事や仕事、育児に追われるリアルな日常の中で、100%子どもの好きにさせるなんて、絶対に不可能だ。
子どもの言いなりになることだけが、正しい育児ではないはず。
親が「これはダメ」「我が家はこうするよ」という境界線を示すことは、長い目で見れば、子どもにとっても安心感に繋がるのかもしれない(やりすぎはダメだと思うけど)
今はそう思えるようになった。
もしまた同じようなことが起きたら、今度は「こんに会いたかったんだね!」と、やりたい気持ちだけを100%抱きしめてから、私の「ダメ」を一貫して伝えてみよう。
あるいは、ママ主導でもっと楽しい「作戦会議」にすり替えてしまうか。
切り抜かれてしまった『こんとあき』のページを見るたび、今も少し胸がチクッとする。 でもこの穴は、あの朝、私が娘を想って、不器用ながらも全力で葛藤した「愛の跡」だ。
今度のお休みに、この空いてしまったページの型紙を使って、娘と一緒に画用紙や折り紙で、本物の「こん」を組み立ててみようか。 あの切ない朝の失敗を、いつか「ママが体を張ってこんを作ってくれた、最高の思い出」に塗り替えられるように。
完璧じゃなくていい。育児書通りにいかなくたっていい。
今日も、目の前の我が子と私が、トータルで笑顔でいられる選択をしていきたい。
追記
その後、なんと福音館書店の公式ホームページに、あの型紙がダウンロードできるページを発見してしまった。
裁縫は世界で一番苦手なので、
この型紙で本物のこんを作ろう!ということにはならないけど、
「あの朝の、私の断腸の思いは何だったんだ……!」と盛大にズッコケつつ、いつでも「工作の遊び」として登場させようと気楽な気持ちになった。
おしまい。
値段を見て震えた…
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