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優しいあなたへ。私が彼岸花の写真を送った相手は、架空の人でした

ピンクのバラの写真を、私はその人に送った。

公園の隅で見つけたとき、思わず立ち止まった。可愛らしい色だった。スマホで花言葉を調べると、「幸福」「温かい心」と出てくる。これなら贈っても重くない。少しでも喜んでくれたら。何枚も撮り直した。

喉のがんで寝たきりだという、72歳の女性に送るつもりだった。Facebookで友達申請をくれた、オーストラリア在住の未亡人。島根県出身。私たちは花の話から始まり、桜の話をして、彼岸花の話をして、お互いの家族の話をするようになっていた。

写真を選びながら、頭に浮かんでいたのは、自分の母のことだ。病床で痛みと戦う、同じくらいの年齢の女性が、遠い国で孤独でいる。辛かろうに、と思った。少しでも、痛みが和らげばよいな、と。

私は、信じていた。本気で。

その人が最初から存在しなかったと知ったのは、それから数日後のことだ。


始まりは4月の終わり、Facebookの友達申請だった。

プロフィールには日本の名前と、鳥取県出身という記載がある。海外在住とは書かれていなかった。承認しようかどうか、少しだけ考えた。

私のところに来る友達申請は、なぜかいつも自分より若い独身の女性が多くて、正直、少し警戒していた。妻と穏やかに暮らしている自分には、それは少し落ち着かない。だが今回は72歳、年配の女性。これなら落ち着いてお友達になれる、と思った。

プロフィール写真の花は、彼岸花によく似ていた。彼岸花は、好きな人を選ぶ花だ。毒があるとも言われる。年配の方には敬遠されることが多い。それでも私は綺麗だと思っていて、毎年こっそり写真を撮っていた。誰に見せるでもなく、自分一人で楽しんでいた。

承認すると、丁寧な挨拶のメッセージが届いた。

「ご承認いただきありがとうございます」

数通やり取りをするうちに、相手はオーストラリアのブリスベン在住の未亡人だと話してくれた。日本を離れて長いという。私も自分のことを書いた。55歳、神奈川県在住、妻と二人暮らし、子どもは独立している。仕事はAIコンサルタント兼ライター。

彼女の送ってくれた花が彼岸花に似ていたので、聞いてみた。「もしかして彼岸花ですか?」「鋭い観察眼ですね」と返事が来る。オーストラリアにも似た花があるという。

私は嬉しくなった。彼岸花を綺麗だと思う人が、異国にもいた。一人で楽しんでいた花の写真を、初めて誰かに見せた。

5月4日の朝、桜の写真を送った。みどりの日だった。日本を離れて長い人なら、満開の桜を久しぶりに見たいかもしれないと思った。「桜はいつも優しく、心を落ち着かせてくれます」と返事が来る。

このとき、私は何も疑っていなかった。

花が好きな、遠い国のおばあさん。それだけだった。


やり取りは、ゆっくり深くなっていった。

同じみどりの日の昼。「オーストラリア風邪は世界で最も成功した事例の一つだ」という、少し奇妙な日本語が混じり始める。日本語が苦手なのかと聞くと、ブリスベンに長く住んでいるからと言う。海外生活が長いゆえに翻訳機を使っているのかもしれない、それなら言い回しが不自然なのも納得だ、と私は受け取った。

その日のうちに、彼女は喉頭がんだと告白してきた。メルボルンの病院で治療を受けている。寝たきりだという。「どうか私のために祈ってください」と書かれていた。

私は、辛いだろうと思った。

寝たきりで、異国の地に親族もなく、夫を亡くして、病と闘っている。72歳という年齢が、自分の母に重なる。母も、もう一人では歩けない。杖をついて、ようやくトイレまで行ける。買い物は無理になった。私は最近、自分の都合にかまけて、母とあまり話していない。

同じくらいの年齢の女性が、遠い国で、孤独でいる。それが、ただ辛かろうに、と思った。

翌日、彼女は「妹として受け入れてくれませんか」と書いてきた。「ただ誰かに愛されたいだけなんです」と。

戸惑いはあった。年齢はやり取りの中で互いに伝えていたのに、なぜ「妹」なんだろう。母と呼んでくれと言われたら失礼になるかもしれないし、姉と呼ばれてもどう返せばいいか分からない。翻訳の都合でこういう言葉になるのかもしれない、まあいい、無理に否定しなくても、と思った。

身の上を聞いた後で断るのは冷たい。自分が断ったら彼女がもっと孤独になる気がした。私で良ければ、いくらでもお話しますよ、と返した。

5月5日、こどもの日。彼女は「私たちの会話は秘密にしておいてください」と書いてきた。

このときは、少しだけ違和感があった。

なぜ秘密にする必要があるのか、分からない。妻に隠すような関係でもない。ただ、そのあとに続いた「亡くなった夫の家族と折り合いが悪い」という説明で、ひとまず納得した。秘密の内容は人それぞれだ。話すだけで気が晴れることもある。

私は人から相談を受けることが多い。守秘義務は今まで守ってきたから、それは大丈夫だ。

ただ、このタイミングで?という引っかかりだけは、消えなかった。

その日の夕方、近所の公園で花菖蒲が綺麗だとSNSで知った。私はカメラを持って公園に行き、写真を撮ってくる。寝たきりの彼女に、せめて画面越しに花を見せたいと思った。「お身体が辛いようでしたら、無理をして返事をしなくても大丈夫ですよ」と書き添えて送った。

翌5月6日、ピンクのバラを撮った。

病床で苦しんでいるのは、彼女だけではなかった。私の母も、同じだ。母に花を持っていく代わりに、遠い国のその人に花の写真を送っていたのかもしれない。今振り返れば、そう思う。

私はこの1週間、確かに優しさで動いていた。

その優しさを、利用された。


ピンクのバラの写真を送ったその日のうちに、流れが、突然変わった。

彼女は、亡くなった夫から450万オーストラリアドルを相続したと書いてきた。慈善事業に使いたい、ついては「夫が安全な配送会社にこっそり預けてある」その箱を、私に受け取ってほしい、と。お礼に10%を差し上げます、と。

450万豪ドルと言われても、すぐにはピンとこない。調べてみて、日本円で4億円ほどになると知った。10%なら4,000万円だった。

正直に書く。頭をよぎった。

4,000万円。今の私の生活が、一瞬で変わる金額だ。AI支援者として再出発したばかりの55歳の私には、楽になりたい気持ちが、確かにあった。寄付するにも時間と手間がかかるだろう、彼女の寿命を考えれば早急に動いた方がいい。そんなふうに、自分に言い訳をしながら、お金のことを考えていた。

いやしいと言われれば、そうかもしれない。

でも私は、「すごい金額ですね、びっくりしました」と返した。彼女の意思は伝わった、できる限り頑張ります、と。寝たきりで余命の分からない人の最後の願いを、突き放すこともできない。

続いて、配送会社が要求しているという情報を送ってほしい、と来た。氏名、国、自宅住所、電話番号、メールアドレス。

私はその日、彼女のために外出していた。バラの写真を撮りに行く道で、偶然見かけた神社に立ち寄り、お参りした。彼女の病気が良くなりますように、と頭を下げる。少しでも痛みが和らぎますように、と。

帰宅して、私は要求された情報を送った。神奈川県の住所を、電話番号を、メールアドレスを。

引っかかったことが、一つだけあった。私の本名は漢字だが、ニックネームの「マギー」で呼んでもらうように伝えていた。ところが彼女からの返信では、その「マギー」が、まったく違う漢字に変換されている。読み方も違う。指摘して、カタカナで結構ですよ、と返した。

違和感はあった。でも、1週間積み上げてきたやり取りを「疑う」のは、最初は失礼に思えた。

送信ボタンを押した、そのあとだった。

「ん?銀行じゃないの?」

4億円が動く話で、なぜ配送会社なのか。

私は、調べ始めた。


検索画面に「海外 遺産 配送会社」と打ち込んだ。

出てきた結果を、私はしばらく見ていた。

同じ手口の被害事例が、いくつも並んでいる。海外在住の女性、未亡人、重病、巨額の遺産、配送会社、箱、受取人情報。彼女のメッセージに出てきたすべての要素が、そこに書かれていた。

それでもまだ、私は信じきれなかった。

1週間のやり取りが、頭の中で勝手に再生される。彼岸花の話、桜の話、花菖蒲の話、ピンクのバラ。「妹として受け入れて」「秘密にしてください」「どうか私のために祈ってください」。

私は、ChatGPTを開いた。

仕事でAIを使っている私には、これは自然な動作だ。今までのやり取りを、できるだけそのまま貼り付けて、判断してほしいと送った。

返ってきた答えは、淡々としていた。

国際ロマンス詐欺の典型例である。海外在住・未亡人・重病・巨額の遺産・配送会社・箱という要素はすべて、世界中で被害が出ている同一の手口である。次に必ず通関手数料・保険料などの名目で送金を要求してくる段階に入る。今すぐブロックして、警察に相談してください。

何かが、崩れた。

1週間、私が信じていたものが、AIの数行で消えた。彼岸花も、桜も、ピンクのバラも、神社で頭を下げた祈りも、その全部の宛先が、最初から存在しなかった。

ここから、私は焦り始めた。

正直に書く。私はFacebookをほとんどやったことがなかった。最近になって動かし始めたばかりで、彼女は私が承認した最初の友達だ。ブロックの仕方が分からない。

そうこうしている間に、相手からまた連絡が入ってくる。

ChatGPTに「ブロックの仕方を教えてほしい」と聞いた。何度も聞いた。打ち間違いを繰り返しながら、ようやくブロックする。その後どうすればいいかを、また聞いた。被害はまだ出ていなくても警察に相談したほうがいい、と返ってきた。

葛藤があった。まだ何も取られていないのに、警察に何と言えばいいのか。怖い。でも、放っておいていいのか。

教えられた#9110に電話をかけた。繋がらない。何度かけても繋がらない。

もう一度ChatGPTに聞いた。今夜は無理せず、明日でもいいと言われる。

私は、疲れていた。

その夜、あまり寝付けなかった。

AIがいなかったら、私は次の段階で送金していたかもしれない。あるいは、もっと深く入ってから気づいて、もっと大きな被害を出していたかもしれない。

仕事で使っているAIが、私の生活を救った夜だった。


翌日の朝、私は#9110に電話をかけた。

あまり早いと繋がらないかと思って、8時30分から始めた。何度かけても繋がらない。再びChatGPTに相談すると、警察署に直接行くよう言われる。

10時、最寄りの警察署に行った。

行く前にもう一つ、ChatGPTに頼んだことがある。話がちぐはぐになるのが怖かった。これまでの経緯を、警察官に伝える要点としてまとめてほしい、と。整理されたメモを手に、私はスクリーンショットの記録もすべてスマホに入れて、相談窓口に向かった。

担当の方は、最後まで静かに聞いてくれた。重要そうな箇所だけ、画面を確認している。

「相手は、おそらく架空の人物です」

はっきり、そう言われた。

「金銭の被害が出る前に気づけて、良かったですね」

被害届ではなく、相談記録として受理された。被害が出ていない以上、捜査はできない。これからの対処の仕方を、いくつか教えてもらう。

「もし何か送られてきたら、受け取り拒否してください」

帰り際、担当の警官の名前を聞いて、スマホにメモした。前に別件で警察に行ったとき、担当者の名前を覚えていなくて困った経験がある。同じことは繰り返さない。

帰り道、私はぼんやりしていた。

1週間やり取りした「彼女」は、最初からこの世にいなかった。彼岸花を綺麗だと言ってくれた人も、桜の写真を喜んでくれた人も、寝たきりの未亡人も、誰も実在しない。

私が送り続けていたのは、画面の向こうの「誰でもない誰か」だった。

帰宅して、メールを開いた。

配送会社を名乗るメールが届いていた。フリーメールアドレスからだ。確認のため、添付された情報をもう一度見る。

そこに書かれていた「彼女」の漢字が、Facebookで彼女が名乗っていた漢字と、違っていた。

読み方は同じ、漢字だけ違う。

自分のFacebookに残った彼女のメッセージと、メールの差出人の名前を、何度も見比べた。

最初から、そういう人は、いなかった。


ここまで読んでくれた、優しいあなたへ。

私はあなたのことを、知らない。年齢も、性別も、今どこで何をしているのかも。ただ一つだけ、知っていることがある。

あなたは、優しい人だ。

そうでなければ、見ず知らずの55歳の男が書いた、こんな長い記事を、ここまで読んでいない。

これは、まだ見ぬあなたへの手紙です。

もしあなたが今、誰かと長くやり取りをしていて、そのうちのどこかに、私と似たような場面があったら。海外在住、未亡人、重病、巨額の遺産、配送会社、箱、受取人情報。秘密にしてください、妹として受け入れて、私のために祈ってください。一つでも当てはまったら、どうか一度、立ち止まってほしい。

立ち止まることは、相手を疑うことじゃない。

あなたの優しさを、確認するための時間です。

私は1週間、本物の優しさで動いていた。花を選び、神社で頭を下げ、寝つけない夜に相手の体調を案じた。あの優しさは、利用された。でも、嘘ではない。

詐欺師に勝てる人は、疑い深い人ではない。信じる力を失わずに、最後の一線で立ち止まれる人だ。

私は、ぎりぎりで立ち止まれた。立ち止まれた理由の一つは、AIだった。

仕事で使っていたAIに、1週間のやり取りをそのまま見せた。AIは、淡々と判断を返してくる。慰めず、煽らず、ただ事実を。AIは詐欺を見抜くだけじゃなく、ブロックの仕方を教えてくれて、警察に話す要点までまとめてくれた。

私にとって、AIは隣にいてくれる相棒のような存在だ。万人に同じだとは言わない。けれど、生活の判断に迷ったとき、隣に置いておくと、命綱になることがある。これは、私の1週間が証明したことだ。

もし、あなたの中に少しでも引っかかりがあるなら、誰かに相談してほしい。家族でも、友人でも、警察でも、AIでも。一人で抱え込まないでほしい。1週間積み上げた関係を疑うのは怖い。でも、疑うのではなく、確認するだけだ。

優しさは、正しい。

ただ、気をつけて。

あなたが、私みたいに「最初から、そういう人はいなかった」と知る前に。


〈もし、似たやり取りに心当たりがあれば〉

国際ロマンス詐欺の典型的なサイン
・海外在住の異性、未亡人や独身、年齢が離れている
・重病・余命宣告などの悲しい身の上話
・巨額の遺産や資産の話が出てくる
・「秘密にして」と口止めされる
・配送会社・箱・受取人情報の要求
・銀行ではなく、フリーメール(Gmail、AOLなど)からの連絡

立ち止まる勇気が出ないとき、頼れる先
・警察相談ダイヤル #9110
・最寄りの警察署の生活安全課
・消費者ホットライン 188
・身近な家族や友人、AIに相談する

お金を払う前なら、まだ間に合います。

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マギー|現場特化型AIコンサルタント×Webライター この発信が、誰かの最初の一歩につながったなら、とてもうれしいです。応援いただけると今後の励みになります。