なんだ、ちみは。見えない父、娘の友達を“触診”する
最近、家に帰ると、知らない声がする。
「おかえりなさい」
息子の声に似ている。でも、息子じゃない。
玄関で靴を脱ぎながら、耳をすます。低めの、それでいてまだあどけない男の子の声。我が家に、こんな声の人間はいなかったはずだ。
しかも、一度きりじゃない。二週間に一回くらいのペースで、私はこの声に出くわす。玄関を開けるたび、私の中の志村けんが顔を出す。
——なんだ、ちみは。
よく確かめたら、なんと、娘の友達だった。しかも、男の子。
笑って、しゃべって、家族みたいにふつうにいる。ある時は夕ご飯まで食べていく。気づけば容疑者が、わが家の食卓で箸を進めている。
もちろん娘もいる。そのうえ、なぜか息子とも仲がいい。つまり彼は、家族のほとんどをもう手なずけ済みなのだ。わが家でただ一人、警戒を解いていないのは、私だけである。
両家はもともと顔見知りだから、彼がいること自体はおかしくない。おかしくないのだが、その二人の「関係」が、気になって、気になって、しょうがない。
というわけで、私の極秘捜査が始まる。
📈 娘の機嫌は、正直な「相場」だ
まず手がかりにしたのは、彼が来ている日の、娘の機嫌だ。友達が来ている日の娘は、声のトーンが半音上がる。笑い声も軽い。株でいうなら、寄りつきからいきなりストップ高だ。
よしよし。父はまず、娘の上機嫌という「相場」を確認して、ひとまず安心する。
次は、容疑者本人をどう分析するか、である。どうやらスポーツをやっているらしい。ふむふむ。ここで私の経験がものを言う。私は、体のことを少しばかり知っている人間だ。
「ねえ、ちょっと体さわってもいい? どこか痛いとこない?」
我ながら、じつに自然な職務質問である。スポーツをやる子は、たいてい体のどこかに不満を抱えている。案の定、彼は食いついてきた。
肩を触る。背中を触る。「ここ張ってるね」「左右でちょっと差があるよ」。触診という名のコミュニケーション。そして、ついでの身辺調査。パフォーマンスの話をしながら、私は彼の人となりを手のひらから読み取ろうとする。
🤲 体さわってもいい?という職務質問
……と、ここまでやって、はたと気づく。
冷静に考えてほしい。よその家の、目の見えない父親が、遊びに来た男の子の肩や背中を、いきなりもみだすのだ。「どこか痛いとこない?」などと言いながら。不審者は、どう見ても私のほうである。
「なんだ、ちみは」。そう思っているのは、たぶん彼のほうだ。
それでも、作戦は成功した。彼は心を開き、娘はますます上機嫌になった。
そして後日、娘からこんな連絡が来る。「お父さん、あの子がまた体みてほしいって」。
……指名が、入った。容疑者から、まさかのリピート予約である。私はいつのまにか、彼のかかりつけになっていた。
🔍 家じゅうが「友達」と言う。それでも
彼のそばで空気を探りながら、私はずっと一つのことを自問していた。この二人は、本当にただの「友達」なのか。
これまで何度も、私は率直に聞いてきた。「あなたたち、どういう関係なの?」。返ってくる答えはいつも同じだ。「すっごく仲のいい、友達」。
念のため家内にも聞いた。彼女はその子をよく知っている。「えっ、仲のいいお友達じゃないの?」。
……つまり、容疑者も、娘も、家内も。家じゅうが口をそろえて「友達」だと言う。全員シロだと証言している。それなのに、見えない父の勘だけが、どうにも晴れない。
最近は『シチュエーションシップ』なんて言葉もあるらしい。恋人とも友達とも、はっきり名前をつけない関係のことだそうだ。なるほど、世間は関係に名前をつけない方向へ進んでいる。
だが、こちとら容疑者に「シロかクロか」をつけたい父である。時代と、まるで逆を向いている。
そして今日もまた、私は家に帰る。玄関のドアを開ければ、たぶん今日も聞こえてくるのだろう。あの、知らない男の子の「おかえりなさい」が。
——なんだ、ちみは。
さて。次は、どこから探りを入れようか。見えない父の捜査は、どうやら当分、終わりそうにない。
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全盲の父の朝は、玄関の攻防から始まる|思春期の息子と暮らすということ
見えない映像クリエイターが作った動画
我が家の「見えない父」が巻き起こすドタバタは、これが初めてではありません。家族の天然ミスでパパがひとりぼっちになった、笑える実話も動画にしています。
