何も悪いことは起きていないのに苦しい──気持ちが張りついたまま戻らない日に
今日は大きな失敗もしていない。
誰かに怒られたわけでもない。
取り返しのつかない何かが起きたわけでもない。
なのに、なぜか苦しい日がある。
胸の奥だけが、ずっと少しかたい。
息はできているのに、深く吸えていない気がする。
座っていても落ち着かない。
何かをしたほうがいい気がするのに、何をすれば戻るのか分からない。
こういう日は、理由が見えないぶんだけつらい。
原因がはっきりしていれば、まだ対処のしようがある。
でも、何も悪いことは起きていない。
だから自分でも、この苦しさをうまく扱えない。
僕は、こういう苦しさは気のせいではないと思っています。
むしろやっかいなのは、はっきりした出来事がないせいで、自分のしんどさを軽く見積もってしまうことです。
大したことじゃない。
考えすぎだ。
もっとちゃんとしなきゃ。
そうやって片づけるほど、気持ちの張りつきは長引いていく。
苦しい理由が分からない日は、心より先に体が警戒を続けていることがあります。
人は、強い緊張や気遣いのあとに、すぐ元に戻れるとは限りません。
その場ではちゃんと受け答えができる。
笑顔も作れる。
やるべきことも終えられる。
でも、終わったあとに緊張だけが体に残ることがある。
頭では もう大丈夫 と分かっているのに、体はまだ大丈夫だと思っていない。
だから、何も起きていないのに苦しい。
これは矛盾ではなく、時間差です。
特に、ちゃんとしている人ほど、この時間差が起きやすい気がします。
たとえば、相手の反応をよく見ている人。
空気の変化にすぐ気づく人。
頼まれたことに素早く応じる人。
その場を乱さないように、自分の感じ方を少し後ろに置ける人。
こういう人は、日中をうまく乗り切る力が高い。
だから周りから見ると、あまり困っていないように見えます。
でも実際には、その場で処理しきれなかった緊張や感情が、あとから静かに残ることがある。
その残り方は、とても分かりにくいです。
はっきり落ち込んでいるわけではない。
怒っているわけでもない。
泣きたいわけでもない。
ただ、ずっと気持ちが張っている。
少し触れられるだけで、余計にしんどくなりそうな感じがする。
それでいて、ひとりでいると余白がつらい。
この状態のしんどさは、疲れているのに疲れとして認識されにくいところにあります。
僕たちは、疲れというと、分かりやすいものを想像しがちです。
眠い。
だるい。
やる気が出ない。
何もしたくない。
でも、実際には、疲れはかたさとして出ることもある。
力が抜けない。
ずっと少し急いでいる感じがする。
休んでいるのに休まらない。
楽しいことをしても、どこかで完全には緩めない。
それは、心が弱いからでも、気合いが足りないからでもありません。
ただ、戻るまでに時間がかかる疲れがある、というだけです。
ここで無理に原因を突き止めようとすると、かえって苦しくなることがあります。
何が悪かったんだろう。
どの出来事のせいだろう。
自分は何を気にしすぎているんだろう。
そうやって正解探しを始めると、頭はますます働き続けてしまう。
もちろん、あとで振り返ることは大事です。
でも、張りついたままのときに最初にやるべきなのは、説明ではなく認識だと思うのです。
ああ、僕はいま、戻りきっていないんだな。
まだ少し力が入ったままなんだな。
今日の苦しさには、ちゃんと理由がなくてもいいんだな。
それを認めるだけで、少しだけ自分への圧が下がります。
そして、こういう日は、思考より先に体をゆるめるほうが合っていることが多いです。
難しいことを考えない。
前向きになろうとしない。
気持ちを整えようと急がない。
その代わりに、肩に入っている力に気づく。
歯を食いしばっていないか見る。
呼吸が浅くなっていないか確かめる。
温かい飲み物をゆっくり飲む。
予定のない数分を、ちゃんと予定として扱う。
小さすぎて意味がないように見えるかもしれません。
でも、張りつきが強い日は、大きな解決より小さな安全のほうが効くことがあります。
もうひとつ大事なのは、この苦しさを性格のせいにしすぎないことです。
すぐ気にする自分が悪い。
考えすぎる自分が悪い。
弱いからこうなる。
そう結論づけてしまうと、苦しさの上に自己否定まで積み上がってしまう。
でも実際には、反応が速い人ほど、あとから疲れが来ることがある。
周りを見られる人ほど、自分の緊張に気づくのが遅れることがある。
頑張れる人ほど、限界が分かりにくいことがある。
つまりこれは、欠点というより、今まで自分を守るために使ってきた反応の名残なのかもしれません。
だから、責めるより先に、扱い方を覚えるほうがいい。
今日は戻りが遅い日なんだな。
今は判断しないほうがいいな。
元気がないというより、張っているんだな。
そうやって状態に名前をつけられるだけでも、苦しさは少し輪郭を持ちます。
輪郭が持てると、人は少しだけ抱えやすくなる。
逆に、正体不明のままだと、必要以上に自分を怖がってしまう。
何も悪いことは起きていないのに苦しい日。
それは、あなたが大げさだからでも、面倒な人だからでもありません。
見えないところで踏ん張っていたものが、少し遅れて表に出てきただけかもしれない。
ちゃんと平気に見えるように過ごしたぶん、あとから緩む場所を失っているだけかもしれない。
その苦しさに、今すぐきれいな理由がつかなくても大丈夫です。
理由が見えない苦しさほど、見えないまま抱えなくていい。
まずは、戻れていない自分を雑に扱わないこと。
そこからしか、ほんとうの意味での回復は始まらないのだと思います。
あなたの心は最近、どこでずっと力が入っていますか。
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