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ライオンキングの世界で、なぜ私は「ずっとここにいたい」と思ったのか|タンザニア・サファリ


まぶしいほど、生きていた


ゾウの群れ


ライオン、ゾウ、キリン、シマウマ、バッファロー、サイ・・・

タンザニアのサファリで一番驚いたのは、
動物達が「生きている」こと。

ライオンの力強さ
ゾウのどっしりとした穏やかさ
キリンの優雅さ
シマウマのお尻とあの模様
バッファローの巨大な群れ

動物園でみたこともある動物もいたけど、
「同じ動物だっけ?」というくらい、印象がちがった。

ゾウの耳ってこんなに大きかったんだ
キリンの首ってこんなに長かったんだ
シマウマのお尻ってこんなにプリプリだったんだ

草原を颯爽と歩くキリン
シマウマの模様は1頭ずつ違うらしい


「かわいい」とはまた違う。
私が感じたのは、かわいさよりも、偉大さや、尊さだった。

どの動物たちも、本当に「のびのび」と、
「今ここ」を生きているように見えた。

それが、ただただ美しかった。

そして、そんな世界は、おどろくほど居心地がよくて、安心して、
「ずっとここにいたい」と思った。


泥浴びをするゾウ


なぜ、こんなに美しくみえたのだろう


単に自然の中にいるから、珍しいから、ではないと思った。

サファリでは、

ライオンはライオンだし、
ゾウはゾウ。

だれも、他のだれかになろうとしていない。
「あるがまま」の命を全うしようとしている。

そんな状態で、
同じ大地を他の生命と分かち合う。

キリンとインパラ


もちろん弱肉強食の世界。
群れもある。ボスもいる。
食べるものと食べられるものもいる。

決して「みんな仲良し」な世界ではないし、
生き残りをかけて、それぞれ必死に生きている。

それでも、異なる存在が「それぞれの生命を生きながら」
ひとつの生態系に存在する


その姿は、とてつもなく美しくて、おだやかで、
心震える瞬間だった。


サイとバッファローの群れ


そして、その中に人間もいた


景色の中には、人間もいた。

タンザニアのサファリの一つに向かう途中、
マサイ族の人たちを見かけた。

「彼らは野生動物に危害を加えない暮らし方をしているので、先住民の中でも唯一、保全地域内で暮らすことが認められているんだ」とガイドさん。


家畜の世話をするマサイ族の人


動物たちだけじゃなかった。
人間も、ここではこの広大な生態系の一部として存在しているんだ、
となんだか不思議な気持ちになった。


※ガイドさん曰く、そうはいっても(おそらくマサイ族以外による)密猟などの問題はあるとのこと。また後日調べたところ、マサイ族の人口増加や過放牧などの課題もあるそう。そのため、人間と動物の共生が全てにおいてうまくいっている訳ではない点、記載しておきます。


街にでると、今度は「人と人」のつながりに出会った


サファリの拠点となるアルーシャの街。

キリマンジャロ山の麓のコーヒー農園に向かっている途中、ドライバーさんが危うく、飛び出してきた人を轢きそうになった!

「XXXX!!!」「~~~!!」
お互いに険悪ムードで何回か言葉を発したあと、

「わっはっはーーー!!」
と笑い合う二人。
私には、なんでここで笑いが生まれたのか、最初は分からなかった。

ドライバーさん曰く、
「タンザニア人は、知らない人でも声をかけあうし、助けあう。
WE are ALL brothers みたいな感じなんだ」と。
きっとすぐに打ち解けて、アクシデントが笑いに変わったんだろう。

日本の地方でも、お互いに助け合う文化はあると思う。
でもここでは、たとえ相手が「全く知らない人」でも助け合う。そういう意味で、よりフラットな気がして。
みんな同じ「人間だから」みたいな感覚が、とても素敵だと思った。

アルーシャからキリマンジャロに向かう道


コーヒー農園では、豆の粉砕や焙煎体験をした。

振るいにかけながら「ズンチャズンチャ~~~♪」
焙煎しながら「ズンチャズンチャ~ポ~レポレ~♪」
挽きながら「ズンチャズンチャ~~~♪」


人々は歌い、踊りながら、豆をコーヒーに変えていった。


なんて軽やかで楽しい時間なんだろう・・・!
温かいエネルギーが1つになって、消え、また生まれる・・・

体験は観光客向けだったかもしれないけれど、
そこでは確かに、彼らの文化のもつ、明るさや、強さを見た気がした。


焙煎したコーヒーをみんなでいただいた


ザンジバル島では、歩いていたら、
Jambo!! 」※スワヒリ語のあいさつ
「What's up? 」
みたいに、道行く人が声をかけてきた。

すごくフレンドリーだなと思う一方で、
私は明らかに観光客。
話しかけてくれる人はみな、商売目的だった。

だから、彼らと純粋な人間関係を築けないことが、
少し寂しかった。

そのときだけは、
私も彼らと同じ見た目だったらよかったのに」と思った。笑


ザンジバル島の旧市街


ザンジバル島で「自然には抗えない」と思った


ビーチでのんびりしよう、と思って訪れたザンジバル島。

着いた初日から、まさかの停電。
30度の中、シャワーも浴びれず、電気もクーラーもつかず、水もでない。

ネコも暑さでヘロヘロ


仕方ないので、外に出て風にあたって涼む。

時折吹く風がまだしもの救いだった


夜まで待ってみたけど、復旧しなさそうなので、
諦めて寝ることに。

日が落ちて気温が下がったことが、心底ありがたい…
とか思いながら、ウトウト。

結局、3日間の滞在中、2日間は半日停電。
現地の人に聞いたら、いつ起きるかも、いつ復旧するかも、分からない。と。

文明の力がなくなると、
暑い時は暑い。
暗い時は暗い。
自然は私たちの都合に合わせてくれない

諦めて、従うしかない。

それでも、ふつうに生きているし、別にそれで世界が終わるわけじゃない

ハクナマタタ~!(※スワヒリ語で「どうにかなるさ」という意味)
と現地の人に言われ、えーー、と思っていたけど、だんだんそのメンタリティが自分の中にも育まれていった気がする。笑


そして、人間は人間に何をしてきたのか


ザンジバル島は、昔奴隷貿易の拠点だった場所。
奴隷市場の跡地が、いまはミュージアムになっている。

旧奴隷市場跡

当時の奴隷が受けてきた非人道的な扱い
そこからの、解放への歴史
そして、スワヒリ人としてのアイデンティティ確立…

「タンザニアでよく見るカラフルな模様やデザインは、
スワヒリ人としてのアイデンティティを確立する上で生まれてきたもの」
ということを知って、

スワヒリ文化や、色鮮やかな衣装を見る目が変わった。

お土産やさんには、色鮮やかな雑貨や衣類がならぶ


社会には、いろいろな「つながり方」がある


日本にいた時は、仕事や肩書きが、人とつながる方法だった。

フォルケでは、対話を通して相手を知り、共に暮らそうとした。

タンザニアでは、知らない人同士でも「同じ仲間」という感覚が、文化の中に息づいているようにみえた。

そしてサファリでは、人間も動物も、それぞれの生命として同じ世界にいた。

木の上で眠るライオン


タンザニアから帰ってきて、私は「どんな社会に暮らしたいのだろうか」と考えるようになった。

でも、今の私にはまだ答えは分からない。

対話を重ねる社会も、人と人との距離が近い社会も、自然の摂理の中でそれぞれの命が生きる世界も、それぞれに違う美しさがある。

ただ、あのサファリで感じた安心感だけは、今でも覚えている。

サバンナは、決して優しい世界ではない。
食べるものと食べられるものがいて、群れがあり、競争があり、強さも弱さもある。

それでも、ゾウはゾウとして、キリンはキリンとして、シマウマはシマウマとして生きていた。

生きるために競争することはあっても、その競争の結果が、
存在そのものの価値を決めているようには見えなかった。

それぞれに、生きるための厳しさがあり、それぞれに、生き方がある。

そんな無数の生命が、奪い合いながら、支え合いながら、ひとつの世界をつくっている。

私が感じた安心感は、
「自分の生命として生きていい」という感覚だったのかもしれない。


そんな世界が、本当にあるんだと思った。

そして私は、あの世界にもう一度会いに行きたい。


まるで、ライオンキングの世界


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

私の中で、確実に人生を変えた体験のひとつ。
あの時感じた世界を、忘れたくないと思う。


もしサファリやタンザニア、一人旅について質問などあれば、
お気軽にご連絡ください。














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