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詩『夜の底で、名前を呼ぶ』作 澤檸檬

夜はいつも
何かを隠している。

昼間には見えていたものが
ひとつずつ暗闇に沈んでいく。

街灯も
窓の明かりも
遠くを走る車の音も

やがて夜の静けさに
飲み込まれてしまう。

それでも僕は
眠らずにいる。

眠ってしまえば
今日という日が終わってしまう気がして。

終わってしまえば
もう二度と戻ってこないことを
知っているから。

机の上には
書きかけの紙が一枚。

そこには
たった一行だけ残されている。

『明日になれば、きっと』

その先を書けないまま
時間だけが過ぎていく。

きっと、という言葉は
なんて便利なのだろう。

未来を信じるふりをしながら
今を先送りにできる。

窓を開ける。

冷たい風が
部屋の中へ入り込んでくる。

夜空には
星がいくつか浮かんでいた。

あれほど遠い場所にあるのに
どうして人は
星を見つけると安心するのだろう。

届かないものだからこそ
美しいのだろうか。

それとも、

届かないと分かっていても
そこに光があるからだろうか。

僕は空を見上げたまま
小さく名前を呼んだ。

誰の名前だったのか
自分でも分からない。

ただ、

もう会えない誰かだった気がする。

風が吹いた。

名前は夜へ溶けていった。

返事はなかった。

それでも不思議と
少しだけ嬉しかった。

呼ぶことができた。

忘れてしまうより
ずっとよかった。

夜は何も答えてくれない。

けれど、

答えないからこそ
僕たちは何度でも
問いかけることができる。

明日も生きているかなんて
分からない。

明日、何を書くのかも
分からない。

それでも、

朝は来る。

暗闇の向こうから
誰にも許可を求めることなく
静かにやってくる。

だから僕も、

もう一度だけ
紙に向かう。

書きかけの一行の続きを
今度こそ書いてみる。

『明日になれば、きっと――』

その先にある言葉を
まだ知らないまま。

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