人生は、生きる「前提」が決め手~どんな「証拠集め」で(生き)行きますか?
苦労して、苦しい思いを我慢して、頑張るからこそ、明るい未来がやってくる。
とにかく根性で、やり抜くからこそ、自分の夢(願っていたこと)を手にできる。
自分が我慢すれば、何とかなる。
そんな、価値観で生きていました。
それは、時代の空気に染まって、教育による刷り込みで、親の価値観を受け入れて・・・
いろんな言い方はできると思います。
そして、初めの頃は、それを信じて、明るい未来を夢見て、突きすすめました。
少しは、叶うこと、手にできるものもあって、「よ~し、今が我慢のしどころ、もっと頑張れば、今の何倍も良くなる!」と思って、めちゃくちゃ努力しました。
でも、ある時~ふと気づいてしまいました。
いつまで我慢し続ければいいのか?
苦労をして、耐え忍んで頑張れば、いつか幸せになる。
・・・って、その「いつか」はいつ来るんだろう。
我慢、我慢の先に幸せや成功があるわけではなく、
我慢、我慢の先にはやっぱり、我慢ばかりになる。
(我慢を苦労、努力と言い換えても同じです)。
そんな経験をしてきました。
どうしてだろう、何か間違っていたのかな?と思っていた時、アドラー心理学に出会いました。
アドラー心理学では、これまでの人生でつくりあげてきた性格(=アドラー心理学では「ライフスタイル」というそうです)は、ちょっとのことでは変えられないくらい「固定化」されているといいます。
人は変化を嫌い、安心のために、たとえ「不幸」と思えるような状態でも現状維持を望む傾向もあります。そのため、「死ぬほど」のところを潜り抜けないと劇的な変化が望めないところがあります。
なので、性格として固定化された信念(固定観念)は、自分にとって「当たり前」「自分が信じている世界観の前提」になっているので、自分で気づいていないところがあり、そのため、その固定観念にすら気づかず、かえようと思えない特徴があります。
しかし、だからこそ、この固定観念が変われば、自分の持っている世界観も変わり、世界の見え方も変わるため、人生がガラリと変わります(変わったと感じます)。
そんな「性格(固定観念・人生の前提)」」の根っこにある価値観には次の3つがあると言われています。
一つ目が「私は〇〇である」という自己概念。
二つ目が「世の中の人々は〇〇である」という世界像。
三つ目が「私は~であらねばならない」という自己理想。
これらの前提にあった「現実」が引き寄せられてくる(自分にはそう見える、経験する)ので、ある意味、人生は「証拠集めの旅」ともいえます。
何の証拠か?
それは、自分が決めた「人生の前提(自分が持つ世界観)」です。
歯が痛くなると歯科医院を発見しやすくなります。
妊娠すると、案外と町中に妊婦が多いことに気づきます。
「鬼滅の刃」の映画を見に行きたいと思うと、「鬼滅」の情報ばかり目にします。
全部同じです。意識したとたん、それが前提になって、見える「現実」がかわります。その情報(証拠)ばかりが、集まってきます。
脳は、意識(前提)にフォーカスする仕組みを持っています。
脳は、毎瞬、たくさんの情報処理をしているので、すべての情報を取り入れていてはすぐにパンクしてしまいます。なので、自分が意識したこと、「見たいと思ったこと」、心が探していることが、「見えてくる」ようにできているようです。
逆に言うと、自分が今、どんな意識(前提)をもっているかで、見えてくる景色が全く違ってきます。
別の言い方をすると、幸せを感じるためには、「嬉しいなあ」「楽しいなあ」大好き!」という意識(前提)に変える必要があります。
この前提を変える、証拠集めに関連して次の話が思い出されます。
SNS関連のフォロワーは100万人以上。
合計再生回数も500万回を超える投稿している悪役俳優ユニットの「純悪」。
メンバーはテレビドラマや映画、最近では大河ドラマ「べらぼう」にも出演している山根和馬さん、阿部亮平さんらです。
これまで、暴力団や殺人犯など、100を超える作品で悪役を演じてきたお二人ですが、自分達の違った一面を見せたいとの思いで2019年に「純悪」を結成しました。
動画では、ヘルプマークの役割を伝える内容や日常生活で感じる違和感やマナー、ルールに関するものまで、強面な見た目とのギャップが何とも魅力な内容ばかりです。
そんなお二人が、先日、NHKの「超越ハピネス」という番組にゲスト出演しているところを視聴しました。
二人は、「ウォーターボーイズ2」で共演。
俳優の道に進みますが、オーディションに落ちるたびに自己否定。
実力が伴わない自分と向き合い、ストレスと葛藤の日々だったそうです。
自分(たち)は、商品と同じ。
仕事がない=俺って魅力がない(役者として認められていない)、なんです。
営業で商品があれば商品のせいにもできますが、役者は自分たちが商品なので、どうしても厳しいメンタルになる・・・・
そんなとき、自分達で映像を作れば、普段は台本が用意されて、悪役として人を殴ったり、追いかけたりしていますが、それ以外のアプローチ、自分達流の表現ができるのではないかとという思いから始めたそうです。
そして、この動画の成功の中で、「役者としての力は変わっていないのに、アプローチの仕方を変えただけで、人からの評価が変わる」経験をし、自分の価値を「自分で」認められるようになったそうです。
今風の言葉でいえば、他人軸から自分軸に変わったということかと思いました。
なぜなら、お二人の話の中に自分軸の「しあわせ」に関連する話(言葉)が、たくさん出てきたからです。
例えば、山根さんは、次のように話します。
「苦労して勉強すれば、将来、笑ってられるから」と言われる社会ですが・・・。
でも、本当にそうか?とずっと疑問でした。
「将来の不安のために 大切な今を犠牲にしない。」
今を楽しめていない人間が、1日、1ヵ月、1年後を楽しめているのか?
今、苦しいんだったら、先ず、今を変えて、笑っていられる状態にしたほうがいい。
今やれないことで悩むより、今やれることをやる。
これは、「目の前の事を準備にして、仮の人生を生きないこと」ではないかと思いました。別の言い方をしたら「もしも~ならば・・・」と可能性にかけるような生き方をしないということになります。よく、幸せに関して、
幸せに「なる」のではなく、幸せで「ある」、今の幸せに気づくこと
と言われます。
「幸せになろう」という思い、思考は、往々にして、今、目の前の現実が「足りない」「できない」「悪い」というような状態を想定(前提に)してしまっています。
お金がたくさん手に入ったら幸せになれる
友人が増えたら、幸せになれる
この仕事が成功したら幸せになれる
結婚したら幸せになれる
・・・
でも、この思考は、未来の幸せを目指していて、今、ここの幸せを感じられない状態になってしまいます。
そして、未来の幸せを手に入れられるように頑張る期間は、未来の幸せのための「準備期間」「仮の人生」になってしまいます。
だからこそだからこそ、目の前のこと、「今、ここ」を生きる中に「幸せを見つける(感じる)」という視点が必要になります。まさに、山根さんの
「将来の不安のために 大切な今を犠牲にしない。」
になります。
一度きりの人生。
どうせなら、我慢や苦労、努力ばかりの「証拠集め」を続けるのではなく、嬉しい、楽しい、大好きという幸せの証拠集めを生きたいですね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです
