日本の封建的な地方社会と資本主義の限界:トランプ口座の日本版に期待

こんにちは。4度目の鬱回復期のKinnyです。

もう閉鎖になってしまったが、昔持っていたGooのブログでの人気記事が熊本的価値観という記事で、結構な反響をもらった。要するに、封建的で人と比べ、個人の尊厳を踏みにじっているような価値観である、という指摘をしたのだが…ブログサービスがついに閉鎖されて、巨大ブログだったので移行もしなかったので、記録はなくなったんだが。

熊本で苦労した人のブログがNOTEにあったので、これは気の毒な人がここにも一人いたのかな?と思ったが、どうも違うらしかった。

人生の逆境期にいた土地については、人はオカルト思考が働き、良い印象を持てないものなのかもしれない。

私の18歳までの生い立ちは、科学的視点で見ても、幼少期逆境体験(ACEs)というもので、間違いなく逆境である。そうなると、心が未発達の脆弱な時期に大変厳しい環境に置かれるわけで、オカルト思考やスピリチュアル思考に傾いても、なんらの不思議もないのである。

妹が、『ザ・シークレット』にはまっていたのを思い出したのだが…その時の姉の私の反応は、”妹は大丈夫だろうか…”というものだった。まっとうだと思う。

心の弱さ…それは、注がれた愛情の量で決まるのであろうが…。その人が心を強く持てるような、なんらかの良い思い出を持つのが大事である。

大人になって、地方都市へ行くと、子供の時ほど、封建的な社会の悪影響を受けないことが多い。特に、地方の男女感覚は、男尊女卑に偏っており、優秀な女性は生きづらいため、能力を生かすとなると、東京大阪の大都市圏に偏ることになるだろう。

逆に、定年退職後の老後であれば、むしろ男尊女卑の土地柄で、女性に男性並みの貢献を求めない土地柄のほうが生きやすいということはあるかもしれない。

女性の都市福岡にいると、単身世帯では、男性よりも女性の高齢者のほうが幸せそうだ。男性高齢者で生き生きしている人を見かけることは、かなり少ない。女性は、80歳のおばあちゃんになっても、ちょっとしたプチプラおしゃれなどをしていて、なんとなく少女を感じさせる人が多い。

若い間はジジババの世話に、子供の世話とこき使われて、収入なしで愚痴をこぼしている女性が多いように思う。

これらは部外者だから冷静に観察できるのであり、地方都市の現実としてどこも似たり寄ったりの状況であろう。私は山梨に7年暮らしたのだが、ほとんど情弱と言っていい地方都市の在り方に、最初の数年はびっくりしどうしだった。例えば、大阪では、携帯を使えない老人はいなかったが、山梨では携帯どころかまだ、ファックスが現役だった。

福岡にいると、やはり支店経済の弱点を感じる。しかし、大きな視点で見ると、イギリスが作った資本主義の賃金労働で、労働している限り一生搾取され、資本がたまらない仕組みに、アメリカが覇権を取ったことでペトロダラーを握り、貧富の格差を広げるだけの経済政策を取ってきたことが、世界の隅々まで広がり、その隅々、に日本の地方都市も含まれている、ということであるようである。

資本主義というからには、資本がないと豊かになれないって意味なのです。

ということで、日本政府も新NISAやイデコで頑張ってはいるが、もう少し根本的な解決案として、トランプ口座みたいな、生まれたら一律10万円を年金原資として子供に支給し、イデコのように国が支援しつつ、個人の年金資金=資産をサポートすべきなのである。

そもそも、資本主義、って資本がないと貧乏って意味ですよ?

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