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「嫌われてもいいんだ」という言葉が、すこんと落ちたんだ。

その女性は、屈託なく笑う女性だった。ショートカットで、金髪メッシュ。目がまん丸くて、小柄な女性。20代のころ、私はその女性に憧れていた。彼女はとても面白くて、誰にも好かれた。いつも彼女のまわりは笑いに包まれていたし、みんな彼女が大好きだった。

「Iさん、Iさん」と言っては、そばでお酒を飲んだ。Iさんは私をかわいがってくれ、数人で旅行に行ったこともある。そのときも、Iさんは大きな口を開けて笑っていた。今でもその笑顔を思い出すと、こちらまで元気になる。

私は彼女が書く小説が大好きだった。しとしととしていて、陰湿な感じがするのだ。太陽のような彼女とは真逆なエネルギーに満ちていた。だからもっと彼女のことが知りたいと思ったのかもしれない。いや、今でも思っている。

そんなある日、彼女はとても怖い顔をしていた。同じ歳くらいの女性と「話し込んでいる」ためだった。大勢いる中でふたりが話しているだけなのに、周囲には壁がぴったりと見えたくらい、近づいてはいけない雰囲気だった。

彼女は、ちいとも笑っていなかった。ああ、そうだよね。そういう顔もするよね。人間って、だから面白いのよね、とホッとしつつも「何があったんだろう?」と心配になった。でもズカズカとふたりの仲に入って聞けるほど、私は図々しくなれなかった。

……なんて出来事を、ふと思い出し、我にかえる。
なぜ、彼女の笑顔が今になって脳裏に蘇ったのだろう。

きっとあれだ。

SNSでライター仲間の方が編集者さんの

まあ、別に嫌われてもいいや。そう思えるようになってから、人と会うことにあまり緊張しなくなりました。

Xより引用(https://x.com/takuma_miyadera/status/2064710582201409872


という投稿に対して、「私も最近そう思えるようになり、好き勝手発信するようになってきました」

と返信していたのを見かけたためだ。

「嫌われたくない」は、人を窮屈にする檻

人に嫌われるのは、やっぱり怖い。居場所がなくなるし、必要とされていないのかなと哀しくなる。だからつい、当たり障りのない「いい人」になろうとする。

だからかな。最近私は「静かな人」と言われることが多い。そう思われるように、にこやかで穏やかな自分であろうとしてきたから、まあ正解なのかもしれない。

でもよく言うよね、誰にとっても「いい人」は、「どうでもいい人」になりやすいって。そりゃ、かなしいぜ。

それに、嫌われることを怖れて何か言えずに生きるのも、もう終わりにしてもいいよね……と、このSNSを見ていたら、すとんとそんな気がした。なんていうのかな、言葉が私の中に入ってきた。
「別に嫌われても、いいんだ」って。

そういえばIさんは言っていたっけ。
「人生は、一度きりしかないんだから、楽しまなくちゃ」と。

そうだよね。全方位に愛されようとしたって、どうせ無理な話。嫌われないように、変な人だと思われないように、静かにしていようと思っていたけれど、それは重たい鎧だったみたい。
とっとと脱いで、のびのび生きようぜ!

そう思わない?


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